婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚

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第六話 母の支え

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第六話 母の支え

 ヴェルナは、母マティルダに促されるまま応接室へ向かった。

 柔らかな日差しが差し込む部屋は、穏やかな空気に包まれている。
 けれど、ヴェルナの胸の奥には、昨夜の舞踏会の冷たい余韻がまだ残っていた。

 婚約破棄の宣告。
 セザールの無情な言葉。
 そして――父アルヴィス侯爵の、あまりにも冷たい態度。

(思い出すだけで、胸が痛む……)

「ヴェルナ、こちらに座ってちょうだい」

 母の優しい声に導かれ、ヴェルナはソファに腰を下ろした。
 マティルダは娘の手をそっと包み込み、まっすぐに目を見つめる。

「……辛かったわね」

 たった一言。
 それだけで、ヴェルナの心の奥に張り詰めていたものが、静かに揺らいだ。


---

「母様……」

 声が震える。
 必死に冷静を保とうとしていたのに、母の温もりに触れた瞬間、涙がこぼれそうになった。

「昨夜の舞踏会で……婚約破棄を告げられました」 「それだけではありません。セザール様は、リリアン・ハーヴィー嬢との婚約を公表したのです」

「……リリアン嬢と?」

 マティルダは息を呑み、すぐに娘を気遣うような表情になった。

「それは……あまりにも酷い話ね」

「父様も……冷たくて……」  ヴェルナは俯き、静かに言葉を続ける。

「私は、もっと支えてもらえると思っていました。でも父様は、まるで他人事のようでした」

 マティルダは、黙って話を聞いていたが、やがて小さく息を吐いた。


---

「……お父様はね、不器用な人なのよ」

「不器用……ですか?」

 思いがけない言葉に、ヴェルナは顔を上げる。

「ええ。感情を言葉にするのが、とても下手なの」 「特に……家族のこととなるとね」

 マティルダは、ヴェルナの手をぎゅっと握った。

「あなたを愛していないわけじゃないのよ」

「でも……あんな言い方……」  ヴェルナの声には、抑えきれない怒りが混じる。

「私を、見下しているようにしか思えませんでした」

 マティルダは真剣な眼差しで、はっきりと答えた。

「それはね、あなたが“自分の力で立ち上がれる”と信じているからよ」 「アルヴィス侯爵家の娘として、誰にも頼らず道を切り開けると……あの人なりに、そう思っているの」


---

 すぐには、納得できなかった。
 けれど、母が父を庇おうとする理由も、少しだけ理解できる気がした。

「……それでも」  ヴェルナは小さく呟く。

「私は一人では、無理かもしれません」 「昨夜の屈辱を乗り越えるには……誰かの助けが必要です」

 マティルダは迷いなく、娘を抱き寄せた。

「そのために、私がいるのよ」

 穏やかな声が、胸に染み込んでいく。

「あなたは一人じゃない。私が、あなたの力になるわ」

 その言葉に、ヴェルナの心は確かに軽くなった。


---

「母様……」  ヴェルナは、静かに問いかける。

「どうして、セザール様はリリアン嬢を選んだのでしょう?」 「リリアン家は借金を抱えているはずです。それなのに……」

「確かに、不自然ね」  マティルダは顎に手を当て、考え込む。

「きっと、表には出せない理由があるのでしょう」 「家同士の利害……あるいは、もっと別の何か」

「……情報、ですね」

 ヴェルナがそう言うと、マティルダは微笑んだ。

「ええ。私の友人には、社交界の裏事情に詳しい人もいるわ」 「話を聞いてみましょう」


---

 その提案に、ヴェルナの瞳に久しぶりの光が戻った。

「本当に……頼ってもいいんですか?」

「もちろんよ」  マティルダは力強く頷く。

「ヴェルナ、あなたは一人じゃない」 「まずは、リリアン家の状況を調べましょう。そして、セザール様の本当の狙いを突き止めるの」

「ありがとうございます、母様」

 ヴェルナは、はっきりと頷いた。

「必ず、真実を明らかにします」 「そして……私の誇りを、取り戻します」


---

 その日の午後、ヴェルナは母とともに調査の計画を立てた。

 母の人脈。
 信頼できる使用人たち。
 集められる情報は、すべて集める。

「私にできることは、全部やるわ」

 その瞳には、迷いはない。

「彼らに……私が“ただの被害者”じゃないことを、思い知らせてやる」

 母の支えを得て、ヴェルナは確信していた。

 ――自分は、もう泣いて終わる令嬢ではない。

 未来を切り開くための、確かな一歩を踏み出したのだと。


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