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第八話 反撃の糸口
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第八話 反撃の糸口
翌朝――ヴェルナは、まだ人影のない屋敷の庭を歩いていた。
ほとんど眠れないまま迎えた朝だったが、頭は不思議なほど冴えている。
昨夜、老執事アンドレから得た情報が、何度も脳裏を巡っていた。
(リリアン家の借金……大口の貸し手……セザール家との関係……)
どれも単独では決定打にならない。
けれど、組み合わせれば――一つの形が見えてくる。
庭園に咲く花々の間を歩きながら、ヴェルナは深く息を吸い込んだ。
冷たい朝の空気が肺を満たし、思考を研ぎ澄ませていく。
「……時間は、あまり残されていないわ」
静かに、自分に言い聞かせる。
「これ以上、セザールとリリアンに好き勝手させるわけにはいかない」
---
朝食を簡単に済ませた後、ヴェルナは母マティルダのもとを訪れた。
応接室では、すでに温かい紅茶が用意されている。
その気遣いに、胸がわずかに緩んだ。
「おはようございます、ヴェルナ」 「おはようございます、母様」
向かい合って腰を下ろし、ヴェルナは切り出した。
「昨日、アンドレに調査を頼みました。リリアン家の借金について、詳しく調べてもらっています」
マティルダは、娘の真剣な表情を見て、ゆっくり頷いた。
「良い判断ね。アンドレなら信頼できるわ。それで……何か分かったの?」
「まだ断片的ですが……」 ヴェルナは声を落とす。
「最近、リリアン家に“大口の貸し手”が現れたそうです」 「そして、その貸し手がセザール家と関係している可能性があります」
その言葉に、マティルダの表情がわずかに曇った。
「……それが事実なら」 「二人の婚約は、恋愛だけでは説明できないわね」
---
「それだけではありません」
ヴェルナは続ける。
「リリアン家は、借金を抱えているにも関わらず、舞踏会では非常に派手でした」 「資金の出所が、不自然です」
「確かに……」 マティルダは考え込むように指を組んだ。
「でも、証拠がなければ、ただの疑いで終わってしまう」
「分かっています」 ヴェルナははっきりと答える。
「だからこそ、母様のご友人の力をお借りしたいんです」 「社交界の裏事情に詳しい方々なら、何か掴めるはずです」
マティルダは、迷うことなく頷いた。
「ええ。すぐに連絡を取るわ」
---
その日の午後、マティルダは早速行動に移した。
手紙を送った相手は、バースリー侯爵夫人。
社交界でも屈指の情報通であり、リリアン家とも交流のある人物だ。
「彼女なら、何か知っているかもしれないわ」
封を閉じ、印章を押す母の横で、ヴェルナは静かに頷いた。
(母様の人脈……本当に心強い)
一方で、ヴェルナ自身も手を止めてはいない。
アンドレには引き続き調査を依頼し、屋敷の使用人たちの間でも、さりげなく情報を集め始めていた。
---
翌日。
バースリー侯爵夫人からの返書が届いた。
ヴェルナは慎重に封を切り、その内容に目を通す。
「……やはり」
そこには、興味深い情報が記されていた。
『リリアン家の借金は、最近減少しているように見える。 だが、その理由は明らかではない。 ただし、近頃、セザール家の執事と頻繁に接触しているとの噂がある』
胸が静かに高鳴る。
(やっぱり……繋がっている)
---
「セザール家が借金を肩代わりし、その見返りとしてリリアンを利用している……」
ヴェルナは、机の上で情報を整理しながら呟いた。
もしこの仮説が正しければ――
これは、単なる婚約破棄ではない。
もっと大きな取引。
もっと深い思惑。
「……糸口は、掴んだわ」
ヴェルナは、手紙を丁寧に保管した。
胸の奥で、確かな炎が燃え上がる。
「セザール……リリアン……」
静かに、しかしはっきりと呟く。
「あなたたちが私にしたこと」 「必ず――後悔させてあげる」
反撃は、もう始まっている。
あとは、この糸を――確実に、手繰り寄せるだけだ。
---
翌朝――ヴェルナは、まだ人影のない屋敷の庭を歩いていた。
ほとんど眠れないまま迎えた朝だったが、頭は不思議なほど冴えている。
昨夜、老執事アンドレから得た情報が、何度も脳裏を巡っていた。
(リリアン家の借金……大口の貸し手……セザール家との関係……)
どれも単独では決定打にならない。
けれど、組み合わせれば――一つの形が見えてくる。
庭園に咲く花々の間を歩きながら、ヴェルナは深く息を吸い込んだ。
冷たい朝の空気が肺を満たし、思考を研ぎ澄ませていく。
「……時間は、あまり残されていないわ」
静かに、自分に言い聞かせる。
「これ以上、セザールとリリアンに好き勝手させるわけにはいかない」
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朝食を簡単に済ませた後、ヴェルナは母マティルダのもとを訪れた。
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その気遣いに、胸がわずかに緩んだ。
「おはようございます、ヴェルナ」 「おはようございます、母様」
向かい合って腰を下ろし、ヴェルナは切り出した。
「昨日、アンドレに調査を頼みました。リリアン家の借金について、詳しく調べてもらっています」
マティルダは、娘の真剣な表情を見て、ゆっくり頷いた。
「良い判断ね。アンドレなら信頼できるわ。それで……何か分かったの?」
「まだ断片的ですが……」 ヴェルナは声を落とす。
「最近、リリアン家に“大口の貸し手”が現れたそうです」 「そして、その貸し手がセザール家と関係している可能性があります」
その言葉に、マティルダの表情がわずかに曇った。
「……それが事実なら」 「二人の婚約は、恋愛だけでは説明できないわね」
---
「それだけではありません」
ヴェルナは続ける。
「リリアン家は、借金を抱えているにも関わらず、舞踏会では非常に派手でした」 「資金の出所が、不自然です」
「確かに……」 マティルダは考え込むように指を組んだ。
「でも、証拠がなければ、ただの疑いで終わってしまう」
「分かっています」 ヴェルナははっきりと答える。
「だからこそ、母様のご友人の力をお借りしたいんです」 「社交界の裏事情に詳しい方々なら、何か掴めるはずです」
マティルダは、迷うことなく頷いた。
「ええ。すぐに連絡を取るわ」
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その日の午後、マティルダは早速行動に移した。
手紙を送った相手は、バースリー侯爵夫人。
社交界でも屈指の情報通であり、リリアン家とも交流のある人物だ。
「彼女なら、何か知っているかもしれないわ」
封を閉じ、印章を押す母の横で、ヴェルナは静かに頷いた。
(母様の人脈……本当に心強い)
一方で、ヴェルナ自身も手を止めてはいない。
アンドレには引き続き調査を依頼し、屋敷の使用人たちの間でも、さりげなく情報を集め始めていた。
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翌日。
バースリー侯爵夫人からの返書が届いた。
ヴェルナは慎重に封を切り、その内容に目を通す。
「……やはり」
そこには、興味深い情報が記されていた。
『リリアン家の借金は、最近減少しているように見える。 だが、その理由は明らかではない。 ただし、近頃、セザール家の執事と頻繁に接触しているとの噂がある』
胸が静かに高鳴る。
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ヴェルナは、机の上で情報を整理しながら呟いた。
もしこの仮説が正しければ――
これは、単なる婚約破棄ではない。
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静かに、しかしはっきりと呟く。
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あとは、この糸を――確実に、手繰り寄せるだけだ。
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