41 / 60
第41話 静かに紡がれる愛
しおりを挟む
第41話 静かに紡がれる愛
収穫祭から数日が過ぎ、領地は再び穏やかな日常を取り戻していた。
だが、ヴェルナの胸の内では、確かに何かが変わり始めていた。
エリオットが伝えてくれた真摯な想いは、強く主張するものではなく、それでいて確かに彼女の心に灯をともしていた。
(気づかないふりは……もうできないわね)
執務室で書類に目を通しながらも、ヴェルナの意識はふと彼の姿へと向かってしまう。
感謝。
尊敬。
信頼。
そして――それだけでは説明できない感情。
---
軽いノックの音とともに、扉が開いた。
「ヴェルナ嬢。先日の供給路に関する報告書がまとまりました」
いつもと変わらぬ落ち着いた声。
エリオットは書類を差し出し、淡々と要点を説明する。
「ありがとう」 ヴェルナは微笑みながら受け取った。 「あなたがいてくれると、本当に助かるわ」
「恐縮です」
彼は一礼し、踵を返そうとした――その時。
「エリオット」
思わず呼び止めていた。
「……少しだけ、時間をもらえる?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
---
庭園のベンチに並んで座る二人を、初夏の柔らかな風が包み込む。
葉擦れの音と、遠くの鳥のさえずりだけが聞こえていた。
ヴェルナはしばらく沈黙し、それから意を決して口を開いた。
「私は……」 一瞬だけ、言葉を探す。 「あなたに、ただ感謝しているだけじゃないみたいなの」
横顔を盗み見ると、エリオットは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「そう感じていただけるだけで、十分です」
その声には、焦りも期待もなかった。
ただ、受け止める優しさだけがあった。
「でも……」 ヴェルナは視線を落とす。 「まだ、自分の気持ちに確信が持てなくて」 「だから、あなたを困らせたくないの」
「困ることなどありません」 エリオットは静かに言った。 「大切なのは、あなたが自分の心と向き合うことです」
そして、少しだけ柔らかく続ける。
「私は、急ぎません」 「あなたが答えを見つけるまで、そばにいます」
その言葉に、ヴェルナの胸の奥がすっと軽くなった。
(……この人は、本当に)
求めず、縛らず、ただ寄り添う。
それがどれほど尊いことなのか、彼女はようやく理解し始めていた。
---
その夜。
ヴェルナは自室で、灯りを落としたままベッドに腰掛け、昼の会話を思い返していた。
「……エリオット」
名前を呼ぶだけで、心が落ち着く。
彼の存在は、知らぬ間に支えではなく、安心そのものになっていた。
(あなたとなら……)
その続きを、彼女はまだ言葉にしなかった。
だが、感情は確実に形を持ち始めていた。
---
翌朝。
ヴェルナはいつも以上に澄んだ表情で執務に臨んでいた。
迷いが消えたわけではない。
だが、迷いを抱えたまま前に進める強さを、彼女は手に入れていた。
エリオットもまた、彼女の背中を見つめながら、自身の心を静かに整えていた。
(彼女は……本当に強い)
だからこそ、支える側であり続けたい。
並び立つその日が来るまで。
---
「新しい商業ルートの件ですが」 エリオットは地図を広げる。 「このルートが確立すれば、収益は安定します。ただ、初期の調整には慎重さが必要です」
ヴェルナはしばらく考え、静かに頷いた。
「ええ。住民の負担を最優先に考えましょう」 「でも……あなたの提案に賛成よ」
「ありがとうございます」 エリオットは微笑んだ。 「必ず、成功させましょう」
---
夜。
それぞれの部屋で、二人は同じ星空を見上げていた。
(私は、一人で戦ってきたつもりだった) ヴェルナはバルコニーで呟く。 (でも……違ったのね)
隣に立つ人がいる。
声をかけなくても、想いが通じる人がいる。
それは、まだ恋と呼ぶには静かすぎるかもしれない。
けれど確かに――愛へと向かう道だった。
こうして、二人の想いは急がず、騒がず、
静かに、しかし確実に紡がれていくのだった。
---
収穫祭から数日が過ぎ、領地は再び穏やかな日常を取り戻していた。
だが、ヴェルナの胸の内では、確かに何かが変わり始めていた。
エリオットが伝えてくれた真摯な想いは、強く主張するものではなく、それでいて確かに彼女の心に灯をともしていた。
(気づかないふりは……もうできないわね)
執務室で書類に目を通しながらも、ヴェルナの意識はふと彼の姿へと向かってしまう。
感謝。
尊敬。
信頼。
そして――それだけでは説明できない感情。
---
軽いノックの音とともに、扉が開いた。
「ヴェルナ嬢。先日の供給路に関する報告書がまとまりました」
いつもと変わらぬ落ち着いた声。
エリオットは書類を差し出し、淡々と要点を説明する。
「ありがとう」 ヴェルナは微笑みながら受け取った。 「あなたがいてくれると、本当に助かるわ」
「恐縮です」
彼は一礼し、踵を返そうとした――その時。
「エリオット」
思わず呼び止めていた。
「……少しだけ、時間をもらえる?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
---
庭園のベンチに並んで座る二人を、初夏の柔らかな風が包み込む。
葉擦れの音と、遠くの鳥のさえずりだけが聞こえていた。
ヴェルナはしばらく沈黙し、それから意を決して口を開いた。
「私は……」 一瞬だけ、言葉を探す。 「あなたに、ただ感謝しているだけじゃないみたいなの」
横顔を盗み見ると、エリオットは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「そう感じていただけるだけで、十分です」
その声には、焦りも期待もなかった。
ただ、受け止める優しさだけがあった。
「でも……」 ヴェルナは視線を落とす。 「まだ、自分の気持ちに確信が持てなくて」 「だから、あなたを困らせたくないの」
「困ることなどありません」 エリオットは静かに言った。 「大切なのは、あなたが自分の心と向き合うことです」
そして、少しだけ柔らかく続ける。
「私は、急ぎません」 「あなたが答えを見つけるまで、そばにいます」
その言葉に、ヴェルナの胸の奥がすっと軽くなった。
(……この人は、本当に)
求めず、縛らず、ただ寄り添う。
それがどれほど尊いことなのか、彼女はようやく理解し始めていた。
---
その夜。
ヴェルナは自室で、灯りを落としたままベッドに腰掛け、昼の会話を思い返していた。
「……エリオット」
名前を呼ぶだけで、心が落ち着く。
彼の存在は、知らぬ間に支えではなく、安心そのものになっていた。
(あなたとなら……)
その続きを、彼女はまだ言葉にしなかった。
だが、感情は確実に形を持ち始めていた。
---
翌朝。
ヴェルナはいつも以上に澄んだ表情で執務に臨んでいた。
迷いが消えたわけではない。
だが、迷いを抱えたまま前に進める強さを、彼女は手に入れていた。
エリオットもまた、彼女の背中を見つめながら、自身の心を静かに整えていた。
(彼女は……本当に強い)
だからこそ、支える側であり続けたい。
並び立つその日が来るまで。
---
「新しい商業ルートの件ですが」 エリオットは地図を広げる。 「このルートが確立すれば、収益は安定します。ただ、初期の調整には慎重さが必要です」
ヴェルナはしばらく考え、静かに頷いた。
「ええ。住民の負担を最優先に考えましょう」 「でも……あなたの提案に賛成よ」
「ありがとうございます」 エリオットは微笑んだ。 「必ず、成功させましょう」
---
夜。
それぞれの部屋で、二人は同じ星空を見上げていた。
(私は、一人で戦ってきたつもりだった) ヴェルナはバルコニーで呟く。 (でも……違ったのね)
隣に立つ人がいる。
声をかけなくても、想いが通じる人がいる。
それは、まだ恋と呼ぶには静かすぎるかもしれない。
けれど確かに――愛へと向かう道だった。
こうして、二人の想いは急がず、騒がず、
静かに、しかし確実に紡がれていくのだった。
---
0
あなたにおすすめの小説
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あなたの絶望のカウントダウン
nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。
王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。
しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。
ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。
「本当にいいのですね?」
クラウディアは暗い目で王太子に告げる。
「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる