婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚

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第41話 静かに紡がれる愛

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第41話 静かに紡がれる愛

 収穫祭から数日が過ぎ、領地は再び穏やかな日常を取り戻していた。

 だが、ヴェルナの胸の内では、確かに何かが変わり始めていた。
 エリオットが伝えてくれた真摯な想いは、強く主張するものではなく、それでいて確かに彼女の心に灯をともしていた。

(気づかないふりは……もうできないわね)

 執務室で書類に目を通しながらも、ヴェルナの意識はふと彼の姿へと向かってしまう。

 感謝。
 尊敬。
 信頼。

 そして――それだけでは説明できない感情。


---

 軽いノックの音とともに、扉が開いた。

「ヴェルナ嬢。先日の供給路に関する報告書がまとまりました」

 いつもと変わらぬ落ち着いた声。
 エリオットは書類を差し出し、淡々と要点を説明する。

「ありがとう」  ヴェルナは微笑みながら受け取った。 「あなたがいてくれると、本当に助かるわ」

「恐縮です」

 彼は一礼し、踵を返そうとした――その時。

「エリオット」

 思わず呼び止めていた。

「……少しだけ、時間をもらえる?」

 自分でも驚くほど、声は静かだった。


---

 庭園のベンチに並んで座る二人を、初夏の柔らかな風が包み込む。
 葉擦れの音と、遠くの鳥のさえずりだけが聞こえていた。

 ヴェルナはしばらく沈黙し、それから意を決して口を開いた。

「私は……」  一瞬だけ、言葉を探す。 「あなたに、ただ感謝しているだけじゃないみたいなの」

 横顔を盗み見ると、エリオットは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「そう感じていただけるだけで、十分です」

 その声には、焦りも期待もなかった。
 ただ、受け止める優しさだけがあった。

「でも……」  ヴェルナは視線を落とす。 「まだ、自分の気持ちに確信が持てなくて」 「だから、あなたを困らせたくないの」

「困ることなどありません」  エリオットは静かに言った。 「大切なのは、あなたが自分の心と向き合うことです」

 そして、少しだけ柔らかく続ける。

「私は、急ぎません」 「あなたが答えを見つけるまで、そばにいます」

 その言葉に、ヴェルナの胸の奥がすっと軽くなった。

(……この人は、本当に)

 求めず、縛らず、ただ寄り添う。
 それがどれほど尊いことなのか、彼女はようやく理解し始めていた。


---

 その夜。

 ヴェルナは自室で、灯りを落としたままベッドに腰掛け、昼の会話を思い返していた。

「……エリオット」

 名前を呼ぶだけで、心が落ち着く。

 彼の存在は、知らぬ間に支えではなく、安心そのものになっていた。

(あなたとなら……)

 その続きを、彼女はまだ言葉にしなかった。
 だが、感情は確実に形を持ち始めていた。


---

 翌朝。

 ヴェルナはいつも以上に澄んだ表情で執務に臨んでいた。
 迷いが消えたわけではない。
 だが、迷いを抱えたまま前に進める強さを、彼女は手に入れていた。

 エリオットもまた、彼女の背中を見つめながら、自身の心を静かに整えていた。

(彼女は……本当に強い)

 だからこそ、支える側であり続けたい。
 並び立つその日が来るまで。


---

「新しい商業ルートの件ですが」  エリオットは地図を広げる。 「このルートが確立すれば、収益は安定します。ただ、初期の調整には慎重さが必要です」

 ヴェルナはしばらく考え、静かに頷いた。

「ええ。住民の負担を最優先に考えましょう」 「でも……あなたの提案に賛成よ」

「ありがとうございます」  エリオットは微笑んだ。 「必ず、成功させましょう」


---

 夜。

 それぞれの部屋で、二人は同じ星空を見上げていた。

(私は、一人で戦ってきたつもりだった)  ヴェルナはバルコニーで呟く。 (でも……違ったのね)

 隣に立つ人がいる。
 声をかけなくても、想いが通じる人がいる。

 それは、まだ恋と呼ぶには静かすぎるかもしれない。
 けれど確かに――愛へと向かう道だった。

 こうして、二人の想いは急がず、騒がず、
 静かに、しかし確実に紡がれていくのだった。


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