完璧すぎた令嬢ですが、婚約破棄のおかげで幸せを掴みました

鍛高譚

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1-5 婚約破棄の夜

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婚約破棄の夜

 舞踏会が佳境に差し掛かろうとする頃、アレンが再びミアータの前に姿を現した。だが、どこか沈んだ様子は変わらず、むしろ先ほどより顔色が悪い。彼はちらりと周囲を見回してから、低い声で言う。
 「ミアータ……少し、外に出ないか?」
 「ええ、かまいませんわ。」

 ミアータは彼の腕を取り、広間を出る。王宮の裏手にある庭園は夜の風が少し冷たく、舞踏会の喧騒からは遠い静けさがあった。かすかに風が吹き抜け、花々が揺れている。時おり聞こえる夜鳥の鳴き声が、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 アレンはミアータを連れて、小さなガゼボへと向かう。そこは灯火も少なく、ほとんど二人きりになれる空間だ。ミアータは心の準備をするかのように、ひとつ息を整えた。アレンの真剣な表情を目にして、何か大きな決意を感じ取ったからである。

 「ミアータ……。」
 彼は一度口を開きかけて、言葉を飲み込む。そして、もう一度深呼吸をしてから、ようやく言葉を紡ぎ出した。

 「俺は……この婚約を解消したいんだ。」

 その瞬間、まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。ミアータの頭の中でアレンの言葉が反響する。「婚約を解消したい」――それはこの王国では重大な意味を持つ言葉だ。公爵家と侯爵家という、大きな家同士の結びつきを反故にすることになるのだから。
 ミアータは目を見開いたまま、しかし完璧な令嬢としての理性が彼女を支え、取り乱すことなく問いかける。

 「……理由を、聞かせていただけますか?」

 ほんの少し震え混じりの声ではあったが、彼女は懸命に平静を装おうとしていた。アレンはそれに対して眉を歪め、苦しそうに視線を伏せる。

 「お前は……完璧なんだよ、いつも。公爵令嬢らしく、微笑みを絶やさず、礼儀正しく、誰からも好かれている。でも……それが俺には息苦しかった。自分が小さく見えてしまうんだ。お前は、俺なんかよりもずっと立派で……本当に、何ひとつ欠点がない。」
 「……私が、息苦しかった? それは私の落ち度でしょうか……?」

 ミアータはゆっくりと言葉を返す。アレンの声には責めるような調子はなく、むしろ自分の小ささを嘆くような響きがあった。けれども、それが結果として婚約破棄へと繋がるとなれば、ミアータにとっては納得のいかない話でもあった。

 「それに……俺には、もう心に決めた人がいる。」
 決定的な告白だった。ミアータは「やっぱり」という思いをかすかに抱く。噂で聞いた『リリー』の名前が脳裏をよぎる。
 「彼女は……平民出身だが、とても明るくて、自由なんだ。俺のことをありのまま受け入れてくれる。彼女と一緒にいるときの方が、心が軽いんだ。」
 アレンはそう言うと、強く拳を握りしめ、「すまない」と最後に付け足した。

 ここで怒りを爆発させることも、悲嘆に暮れて泣き崩れることもできただろう。しかし、ミアータはそれをしなかった。むしろ、身体の芯が冷えていくように、静かな思考の渦へと沈んでいく。そして、目を閉じてゆっくりと息を整えると、瞳を開き、アレンを正面から見つめた。

 「……わかりました。アレン様のお気持ちはよく理解いたしましたわ。」
 低く穏やかな声で、しかしはっきりとした口調で応じるミアータ。その様子に、アレンは明らかに驚いた表情を浮かべる。まさか、こんなにも冷静に受け止められるとは思っていなかったのだろう。
 「ミアータ、お前……。」
 彼が言葉をつなごうとすると、ミアータはかぶりを振り、微笑みを浮かべる。

 「いいえ、お気になさらず。完璧であることが、かえってアレン様を苦しめていたのなら、それは私の不徳の致すところです。私は……私の至らない面が原因だと受け止めましょう。もし、平民出身のリリー様に本当の幸せを見いだせるのなら、どうかお二人で幸せになってください。」
 まるで感情の波がそっと引いていくように、ミアータの心は静寂に満たされていた。自分でも、この反応が本当に自分の本心なのか、それとも公爵令嬢としての“義務感”からのものなのか、判然としない。それでも、泣きたいはずなのに涙は出なかった。

 アレンは明らかに動揺していた。もしかしたら、ミアータが取り乱し、泣きすがることを想像していたのかもしれない。あるいは、怒りを爆発させて非難されることを覚悟していたのだろう。だが、ミアータはただ穏やかに微笑み、言葉を続ける。

 「ただひとつだけ、今まで一緒に過ごした時間には感謝しています。ありがとうございました、アレン様。」
 そう言って静かに一礼すると、ひるがえるドレスの裾を夜風がそっと揺らす。ミアータは振り返ることなく、その場から去ろうと足を進めた。
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