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2話
しおりを挟む森の中で目覚めたルーシュエは、記憶の断片もなく、ただただ無垢な不安と孤独の中で歩み始めた。あの衝撃の瞬間――自らの拳から放たれた力で巨大な熊型モンスターを一撃で吹き飛ばした出来事は、彼女の中に不思議な余韻を残していたが、何故か自分が何者であるかという答えは、まったく得られなかった。果たして自分は誰なのか、どこから来たのか――その問いは、森の奥深くへと彼女を駆り立てるだけであった。
しばらく歩き続けた後、ルーシュエは、やがて足元の柔らかな苔の上を歩む感触や、遠くから聞こえる風の音、そして鳥のさえずりに気づく。森は生きている。だが、そこには人の気配は皆無で、ただ大地と樹々だけが、長い年月の中で静かに存在しているようだった。彼女は自分の足でこの森を彷徨いながら、内に秘めた力の正体を知ろうと、ひとりで答えを探し求めた。
あるとき、日が傾き始め、薄暗い光が森の隅々まで広がった頃、ふとした拍子に、ルーシュエは誰かの足音を耳にした。最初は風に乗る葉の音かと思ったが、どうも規則正しい足音が近づいてくるのが感じられた。胸の奥に不安が走る。これまで一人で歩いてきた孤独な旅路に、人の気配が加わったのだ。
静かに身を潜めながら、ルーシュエは木々の陰に隠れて様子を伺った。やがて、薄暗い森の中に、一行の人影がゆっくりと現れた。彼らは、色とりどりの革鎧に身を包み、剣や盾を携えていた。どうやら、冒険者と思しき一団のようだった。彼らは談笑しながらも、時折周囲を警戒する眼差しを向け、慎重に進んでいる様子だった。
ルーシュエは心の中で一瞬戸惑いながらも、「もしもこの一団が助けてくれるのなら……」 という希望を抱いた。しかし、彼女はまだ自分の状態に戸惑っていたため、すぐに一歩を踏み出すことはできなかった。しばらくの間、彼女は木々の陰でじっとしていた。だが、次第に、冒険者たちの一行は、近くの小道に沿って進むようになり、その姿は明らかに彼女の隠れている場所に向かっていた。
ルーシュエの心臓は早鐘のように鳴り、彼女は自分の存在が露見してしまうかもしれないという恐怖と、同時に、誰かに助けを求めるべきだという確信にかられた。決意を新たに、彼女は静かに、しかし着実に隠れていた場所から姿を現すことにした。
その瞬間、一行の冒険者たちのリーダーらしき男が、ふと立ち止まり、辺りを見回した。「……誰かいるのでは?」と低い声で呟いた。彼は鋭い眼差しを向け、ゆっくりと辺りを見渡す。その視線は、まるで森の中の微かな動きをも見逃さないかのようだった。しばらくして、リーダーは一行に向かって合図を送った。
「気配がする。皆、気を付けろ。」
他の仲間たちも武器に手をかけ、警戒態勢を整え始めた。その合図に、ルーシュエは心の中で小さく息を整え、ゆっくりと一歩を踏み出した。彼女は決して威圧的ではなく、むしろどこか儚げで、しかし確固たる決意を持った表情で、その場に現れた。
冒険者たちは一瞬驚いた様子を見せたが、リーダーの男はすぐに落ち着きを取り戻し、彼女に近づいた。「お嬢さん、こんなところで何をしているのかね?」と、優しく尋ねた。その口調には、敵意はなく、ただ親切心が滲んでいた。
ルーシュエは、自分の言葉が見つからず、ただ黙って彼の瞳を見つめた。記憶が失われたため、名前も出身も分からない彼女にとって、これ以上の質問は苦痛だった。しかし、彼女の瞳には、何かを求める切実な光があった。リーダーはその様子を察し、優しく微笑んだ。
「大丈夫かい?もしよければ、私たちの拠点で少し休んでいかないか?」
彼の言葉は、まるで暖かな灯火のように、ルーシュエの心に届いた。
彼女は少し戸惑いながらも、無言のうちに頷いた。冒険者たちは、彼女を安全な場所へと導くため、ゆっくりとその一行に加わった。森の奥深くを抜けると、やがて彼らは小さな集落にたどり着いた。そこには、冒険者ギルドの建物があり、外壁にはしっかりとした看板が掲げられていた。
「ここが、我々の拠点だ。」
とリーダーは案内しながら、温かい声で語った。
集落の住人たちは、冒険者たちに敬意を払いながらも、どこか親しみやすい雰囲気を漂わせていた。ルーシュエは、その光景に初めて、少しだけ安心感を覚えた。
ギルドの扉を開けると、内部は広々としており、多くの冒険者たちが情報交換や休息に勤しんでいた。柔らかなランプの灯りが、壁に描かれた古い地図や武器の写真を温かく照らしていた。
「お嬢さん、こちらへどうぞ。」
受付嬢と思われる女性が、優雅な笑顔で彼女に近づいてきた。ルーシュエはその親切な態度に、自然と心を開き、かすかな希望を抱いた。
受付嬢は、彼女の見た目と微かな雰囲気から、何か特別な存在であることを察し、すぐに彼女の身元調査の手続きを始めた。しばらくして、ギルド内の人々が集まり、驚きの声が上がった。
「この子……実は公爵家の孫である可能性があるわ!」
「本当に? こんなところで?」
ルーシュエは、驚きと戸惑いで目を見開いた。
「私が……公爵家の人間だなんて、信じられない……」
彼女自身もその事実を受け入れ難い様子で、ただ静かに耳を傾けるしかなかった。
調査の結果、彼女が実は高貴な血筋を持つ存在であることが明らかになると、ギルド内には歓喜と共に、やや警戒心も漂った。誰もが、ルーシュエの存在がどのような運命をもたらすのか、興味深く見守っていた。
リーダーの男は、彼女の肩に優しく手を置き、「お嬢さん、これからは我々の仲間として、どうか安心して休んでくれ」と語った。
ルーシュエは、初めて人々に受け入れられる温かさを感じ、涙が頬を伝いそうになるのを堪えながらも、内心で小さな希望の光を見出した。記憶がなくても、こうして誰かに助けられ、守られるという事実は、彼女にとって何よりも大きな救いであった。
その夜、ギルドの一角で温かい食事が振る舞われ、冒険者たちと共に語られる中、ルーシュエは自分の生い立ちや過去について何も知らぬまま、ただ新たな未来への扉が開かれたような感覚に包まれた。
「私がこれまで歩んできた道は、全くの闇の中だった。でも、今ここで、新たな仲間と出会い、少しずつ自分自身を取り戻すことができるかもしれない。」
そう、彼女は心の奥底で決意していた。
翌朝、ルーシュエはギルドの書斎で、冒険者たちが残した日記や地図、記録をじっくりと読み漁った。そこには、彼女が知らなかった世界の広がりや、数々の冒険者たちの奮闘の記録が綴られていた。
「この世界は広い……そして、素晴らしい。もし私が自分の力で何かを成し遂げることができるなら、どんな困難も乗り越えられるかもしれない。」
ルーシュエは、ページをめくるたびに、自分の中に眠る可能性を感じ、胸を高鳴らせた。
一方で、仲間たちは彼女に対して温かく接し、これから共に冒険する日々に対する期待感を隠さなかった。ギルドの中では、彼女の存在が次第に「光」として注目されるようになり、様々な依頼やクエストが、自然と彼女のもとに集まってくる兆しがあった。
「お嬢さん、今日のクエストは近くの廃墟を調査するものだ。もしよければ、君にも参加してほしい。」
リーダーの男は、柔らかな微笑みを浮かべながら申し出た。
ルーシュエは少し戸惑いながらも、その誘いに頷いた。
「はい……私、頑張ります。」
その瞬間、彼女は自分自身がただの迷える子羊ではなく、何か大きな運命を背負った存在であるかのような感覚に捉えられた。
こうして、ルーシュエは冒険者たちとの出会いによって、新たな世界の一端を垣間見ることとなる。
森の中で一人で目覚めたあの日から、全く異なる運命が彼女を待っていた。
彼女の物語は、まだ始まったばかりである。
記憶を失い、何も知らなかった少女が、仲間たちとともに歩む道は、決して平坦ではない。
だが、その先に待つ未知なる世界への扉は、今、静かに、しかし確実に開かれようとしていた。
ルーシュエは、自らの新たな旅路に胸を躍らせながら、未来への希望を胸に秘め、冒険者としての一歩を踏み出すのであった。
こうして、偶然の出会いが彼女に新たな光をもたらし、記憶を失った孤高の少女が冒険者としての道を歩む決意を固める瞬間が描かれた。
この出会いは、ルーシュエにとって自らの運命を変える重要な転機となり、これから始まる数多の冒険と試練の第一歩となるのである。
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