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第4章:冷たい政略結婚の行方 ~誓いとざまぁの果てに~
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1.新たな脅威の足音と、王宮を覆う波紋
ハーヴェル王国の王宮には、少しずつだが確かな変化が生まれていた。
慈善祭で露呈した汚職や陰謀は徹底的に洗い出され、腐敗貴族たちは次々と処罰されていく。どこかよどんでいた空気は薄れ、ようやく「まっとうな政治」に近づきつつあった。
だが――大掃除をすれば、その“飛び散った埃”もまたどこかで蠢き出す。
「ラヴィーナ殿下、最近……以前にも増して警備が物々しいですよね。何か、よくない噂でも?」
朝の書類整理のさなか。
侍女リディアが盆を抱えたまま、心配そうに身をかがめる。
ラヴィーナは、机の上に広げた報告書から目を離し、静かに頷いた。
「ええ。先の一件で処罰された貴族たちの縁者、あるいは商会と癒着していた人々の一部が、国外へ逃げたそうです。
その者たちが国境付近で妙な動きを見せている――と、グレン様の部下から報告があったわ」
「こ、国外に逃げたのに、まだ何か企んでるんですか……?」
「まだ“確証”とまではいかないけれどね。だからこそ、偵察と警備の強化が続いているの」
ラヴィーナの視線が、机上の地図へと落ちる。
北部――つい先日、グレンが反乱軍を鎮圧したばかりの地域。そして東方の辺境にも、数日前から“不自然な騎馬の移動”が見られるという印がつけられている。
王城内で、彼女にここまで具体的な軍事情報が伝えられるようになったのは、ごく最近のことだ。
第二王子妃。
名ばかりの政略結婚の駒だった立場は、もはや形だけのものではない。
慈善祭での働きをきっかけに、行政や軍部の一部とも自然に連携が生まれ、ラヴィーナを「頼れる王族の一人」と見る者が確実に増えていた。
(だからこそ、反発も強くなる……というわけね)
汚職で甘い汁を吸っていた者たちにとって、ラヴィーナとグレンはまさに「邪魔者」だ。
旧来の利権構造を取り戻そうと、まだ諦めきれない勢力が水面下で蠢いている――そう考えるほうが自然だろう。
(わたしはもう、ここから退くつもりはない。
たとえ政略結婚でも、今はグレン様と同じ方向を見て歩いている。そう簡単に、負けてあげる気はないわ)
ラヴィーナは小さく息を吐き、再び書類に視線を落とした。
---
2.すれ違う二人と、宮廷での“新たな役目”
腐敗一掃の余波がおさまらないなか、日々は容赦なく過ぎていく。
ラヴィーナは王宮での執務と慈善関連の整理に追われ、グレンは国境警備のための出立と帰還を繰り返す。
ようやく心が通じ合い始めた――そう思った矢先に、また忙しさが二人の距離を引き離していくのは、なんとも皮肉だった。
けれど、以前とは決定的に違う点がひとつある。
(寂しい……けれど、もう不安ではないわ)
政略結婚の当初、グレンの冷たい態度は、ラヴィーナにとって“自分の居場所のなさ”を突き付けるものだった。
だが今は、彼がどれほど忙しくても――その背中には「王国を守るために戦う人」の覚悟が宿っていることを、ラヴィーナは知っている。
ある朝。
第一王女アーデルが、いつもの優雅な足取りでラヴィーナの部屋を訪れた。
「ラヴィーナ、おはよう。少し、あなたにお願いがあって来たの」
「王女殿下。おはようございます。……わたしにできることであれば、なんでも」
ラヴィーナが席を勧めると、アーデルはふわりとスカートを揺らして腰を下ろす。その瞳には、冗談ではない真剣さが宿っていた。
「近々、王母――王妃様を中心にした〈国際文化交流〉を行うの。隣国との大規模な交流行事よ。
そこに、第二王子妃としてのあなたにも参加してほしいの」
「わたしが……ですか?」
思わず姿勢を正すラヴィーナに、アーデルは頷く。
「あなたには、“ヴァイルロード公国”と“ハーヴェル王国”をつなぐ架け橋になってほしいの。
公国で学んだ知識や経験を生かして、文化展示や学問発表の企画を手伝ってもらいたい。工芸品の紹介でも、交流シンポジウムの構成でも、どれでもいいわ」
「……そんな大役、わたしに務まるでしょうか」
「ラヴィーナ。慈善祭のとき、あなたがどれだけ頼りにされていたか、自覚している?
あの時点で、あなたはもう“ただの政略結婚の妃”ではなかったのよ」
おっとりした口調のまま、アーデルはきっぱりと言い切る。
胸の奥で、嬉しさと緊張が同時に膨らむ。
ハーヴェル王国と、かつて敵対していた時代さえあるヴァイルロード公国。その二つをつなぐ“橋”になれるのなら――ラヴィーナにとって、これ以上の役目はない。
「……わかりました。全力でお手伝いさせていただきます。
王女殿下やカトレア様のお考えも伺いながら、企画案をまとめてみますね」
「ええ。カトレアも、あなたの起用に大賛成よ。三人で、楽しい行事にしましょう」
こうしてラヴィーナは、新たに「国際文化交流の実務担当」という役割を得た。
彼女にとって、それは“第二王子妃として、ようやく胸を張れる場所”でもあった。
(グレン様がどれほど戦場に立っていても――
わたしはこの宮廷で、別の形でこの国を支える。いつか、胸を張ってあなたの隣に並ぶために)
---
3.ざまぁの前触れ――裏切り者の暴走と、忍び寄る影
文化交流の準備が進む一方で、王宮には別種の報せも舞い込んでいた。
襲撃事件の取り調べが進むなか、ある人物の名が再び浮上したのだ。
リューク伯爵。
かつてグレンに取り入りながら、裏では商会と癒着して利権をむさぼっていた領主。
慈善祭の帳簿にも強硬に反対し、ラヴィーナのことを「公国上がりの外様」と嘲っていた男だ。
「伯爵は、王都での直接的な関与が証明できなかったため処罰を免れましたが……。
いま、自領で兵を集め、国境近くの不穏分子と手を結んでいる疑いがあります」
近衛騎士が、執務室でラヴィーナに低く告げる。
ラヴィーナは眉根を寄せた。
「グレン様は、今どちらに?」
「数日前から東方の国境地帯をご視察中です。別の領でも盗賊騒ぎがあり、そちらの鎮圧に……」
「そう……」
胸の奥に、ちくりとした寂しさが走る。
だが同時に、ラヴィーナは静かに拳を握った。
(グレン様が戦場でこの国を守っているなら、わたしは宮廷でできることをするだけ。
伯爵がどれだけわたしを敵視していても、“第二王子妃”としてなすべきことは変わらないわ)
とはいえ、王宮から伯爵領へ直接手を伸ばすのは簡単ではない。
“明確な反逆”の証拠がない状態で軍を送り込めば、それこそ王家への批判を招く。
だからこそ、ラヴィーナはアーデルやカトレアと相談しながら、法と外交を通じて間接的に圧力をかける道を探ることにした。
そんな暗雲を胸に抱えつつも、国際文化交流の準備は着々と進む。
王宮の廊下には各国の旗が掲げられ、庭園には特設ステージや展示テントが並び始めた。
---
4.国際行事の幕開けと、再燃する裏切り
そして、国際文化交流当日。
王宮は、まるで別世界のような賑わいを見せていた。
各国の使節団、学者、工芸職人、音楽家……。
さまざまな衣装や言語が飛び交い、華やかな音楽がホールと庭園を満たしている。
ラヴィーナは、自らが準備した公国紹介の展示ブースに立っていた。
「こちらは、ヴァイルロード公国の特産である金属細工です。
鉱山から採れる鉱石を、高度な技術で加工しているのですよ。
ハーヴェル王国の木工技術と組み合わせれば、より優れた道具や装飾品が作れるかもしれませんね」
「なるほど……。これは、商人たちにも聞かせたい話だ」
来賓の一人が目を輝かせる。
質問が飛ぶたびに、ラヴィーナは穏やかに、しかし誇りをもって答えていく。
政略結婚の花嫁としてではなく、「一人の学び手」として公国の文化を語れることが嬉しかった。
「ラヴィーナ、こちらもずいぶん賑わっているわね」
そこへ、アーデルが軽やかに姿を現す。
ラヴィーナがほっと微笑むと、王女は満足げに頷いた。
「あなたの展示、評判よ。“第二王子妃は知性深く、国のことをよく考えている”って。
この行事で、ハーヴェルとヴァイルロードの絆はさらに強くなるでしょうね」
「……そうなれば、本望です」
本当に望んでいた未来に、指先が届きかけた――そう感じた、そのとき。
アーデルが周囲をさりげなく見回し、声を落とした。
「ところで、少しよくない知らせがあるの。
先ほど、リューク伯爵の使いの者が来ていたわ。
“王家の行事には参加しない”と。
ついでに“第二王子妃によろしく”という、意味深な言葉つきでね」
「……やはり、わたしたちを正面から無視するつもりなのですね」
ラヴィーナは、苦笑ともため息ともつかない息を吐く。
「伯爵領で兵を集めているという噂と、関係がないとは思えません。
文化交流が一段落した頃合いを狙って、何か仕掛けてくるかもしれませんね」
「わたしも、そう感じているわ。
だから――今日くらいは祭りを楽しみながらも、心のどこかで備えておきましょう」
ラヴィーナは真剣な表情で頷き、再び来賓へと笑顔を向けた。
---
5.疾風の帰還と、夫婦の背中合わせ
文化交流も佳境に入ると、メインホールで舞踏会が始まった。
軽やかな旋律に合わせて、貴族や外交官たちが優雅にステップを踏む。
ラヴィーナは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
(わたしがあの輪の中で踊る日が来るのかしら……。
もし、グレン様と一緒に――なんて言ったら、笑われてしまうかしらね)
そんなことを考えていると、ホールの入り口付近がざわめき始めた。
「グレン殿下だ……!」
「殿下がご帰還なさった!」
ざわめきが波のように広がっていく。
視線を向ければ、そこには鎧姿の男――青い炎と称される第二王子、グレン・オルディス。
戦場から戻ったばかりなのだろう。
マントには埃が付き、鎧には細かな傷が刻まれている。
それでも姿勢は崩さず、その瞳は冴え渡っていた。
そして、その視線は真っ直ぐに――ラヴィーナを捉える。
「グレン様……」
息を呑むラヴィーナを前に、グレンはためらうことなく歩み寄る。
甲冑の擦れる音が、なぜか胸の鼓動よりも静かに感じられた。
「ラヴィーナ。少し時間をくれ。……話がある」
差し出された手。
堂々たる第二王子の仕草でありながら、その声にはどこか焦りが滲んでいた。
ラヴィーナは一瞬だけ戸惑い――すぐに、その手を取る。
「はい。グレン様」
二人は視線を交わし、ホールをあとにした。
辿り着いたのは、中庭に面したテラス。
夜風がひんやりと頬を撫で、遠くからはまだ舞踏会の音楽が微かに聞こえてくる。
「……先ほど東方の警備から戻った。
リューク伯爵が、本格的に反乱の姿勢を見せ始めている」
グレンの声は低く、それでいて明瞭だった。
「やはり……」
「この文化交流が終わる頃合いを見計らって動くつもりだろう。
“王家は外聞ばかりを気にして、民を顧みない”と触れ回っているらしい」
「いつもどおり、事実をねじ曲げていますわね」
ラヴィーナは肩をすくめつつも、その目は真剣だ。
グレンは苦い笑みを浮かべる。
「伯爵の言い分はさておき――俺が気にしているのは、お前への影響だ。
お前は、汚職を暴いた第二王子妃として目をつけられている。
伯爵にとって、お前は“自分の腐敗を炙り出した張本人”だ。何をしてくるか分からん」
「……グレン様」
「できることなら、お前を安全な場所へ閉じ込めておきたい。
だが、それではお前のやってきたことが無意味になる。
お前は宮廷で戦っている。俺は戦場で戦っている。どちらも、この国のためだ」
どこか不器用な言い回しに、ラヴィーナの胸がじんわりと熱くなる。
「わたしは逃げません。
危険があるのは承知の上です。
……あなたが剣を握るように、わたしもわたしのやり方で、この国の未来を守りたいのです」
「……お前は、本当に怖い女だな」
冗談めかした言葉とは裏腹に、グレンの瞳は優しかった。
「昔の俺なら、“剣で全部片付ける”ことしか考えなかった。
だが、お前を見ていると――戦場以外で救えるものがあると、認めざるを得ない。
だからこそ、伯爵のような愚か者にも、“正しい手順”で向き合うべきだと思い始めている」
そう言って、グレンはふっと視線を逸らす。
「……それに、最近はお前がそばにいないと落ち着かん。
どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと、妙にそわそわする」
「……グレン様?」
さっきまで冷静に策を語っていた男が、不意にこぼした本音。
ラヴィーナは一瞬言葉を失い、それからそっと微笑んだ。
「わたしもですわ。
あなたが戦場に向かうとき、いつも心臓が落ち着きません。
だから、せめて――あなたの帰る場所を、わたしが守りたい」
「……ラヴィーナ」
名を呼ぶ声が、夜風に溶ける。
グレンはそっと彼女の手を取り、その体を自分の胸元へと引き寄せた。
「お前がくれた信頼に、俺は応えたい。
もう二度と、大切なものを失わないために」
その呟きは、誓いの言葉のように響いた。
ラヴィーナは目を閉じ、小さく頷く。
(この人は、もう“冷たいだけの王子”じゃない。
わたしの夫として、こんなにも不器用に、真っ直ぐに――)
胸の奥に灯った温もりは、冷たい夜気にも消されることはなかった。
---
6.決戦の火ぶた――伯爵領への進軍と宮廷の攻防
グレンの帰還から数日後――リューク伯爵はついに露骨な反乱の姿勢を見せ始めた。
「王家は腐った! 我こそが真の正義である!」
そんな声明めいた噂が、伯爵領周辺でばらまかれている。
兵の招集、武具の買い占め、物資の備蓄。
どの報告を見ても「はい、完全に謀反です」と言わんばかりの動きだ。
「これでは放置できませんね」
王族と重臣たちが集まる会議室で、第一王子が静かに口を開く。
カトレア王子妃やアーデルも、険しい表情で地図を見つめていた。
グレンは、その中央で伯爵領の位置を指し示す。
「天然の要害に囲まれているとはいえ、長期戦になれば民が疲弊する。
できることなら、短期で終わらせたい。血を流すとしても、最小限に」
「陛下は……?」
誰かの問いに、第一王子が首を振る。
「父上の体調は芳しくない。ここは、わたしとグレンで対処する。
……ラヴィーナ、あなたの意見も聞かせてほしい」
名指しされ、ラヴィーナは一瞬だけ緊張したあと、手元の資料を開く。
「伯爵領の経済状況と、周辺領との関係を調べました。
ここにまとめたのは、“補給路の遮断”と“周辺小領主との分断策”です。
伯爵に従っている小領主の中には、心から賛同しているのではなく、単に利得目当てで仕方なく従っている者も多いようですわ」
指先で地図の一点を示しながら、続ける。
「王家側が直接交渉し、“伯爵と共に沈むか、それとも今ここで手を引いて王家と取引するか”を選ばせる。
補給路を押さえられれば、伯爵は兵を動かすにも限界が出ます。
民衆を巻き込む前に、伯爵自身が音を上げる可能性もあります」
「……なるほど。血を流す前に包囲だけ固め、伯爵の足元から崩すわけね」
カトレアが感心したように頷く。
グレンもまた、地図と資料をじっと見つめたあと、低く言った。
「悪くない。攻め込むより“降伏せざるを得ない状況”を作るほうが、民衆の被害は少ない。
ただし、説得が失敗した場合に備え、軍の準備は万全に整える」
「もちろんですわ。
もし許されるなら、わたしも現地に赴き、交渉役としてお役に立ちたいと思っています」
会議室の空気がぴたりと止まる。
グレンの視線が、鋭くラヴィーナを射抜いた。
「お前が行くのか? 危険だぞ」
「覚悟はできています。
あなたが剣で守ってきたものを、わたしも言葉や仕組みで守りたい。
それが、政略結婚でこの国に嫁いだ者の務めだと思うのです」
短い沈黙のあと――グレンは、ふっと小さく笑った。
「……分かった。お前を連れていく以上、命に代えても守る。
二度と、俺の前で血まみれで倒れるような真似はするな」
「はい、グレン様」
こうして、ハーヴェル王国軍は伯爵領へ進軍することになった。
目的はただの“反乱討伐”ではない。
伯爵の野望を砕き、その腐敗の象徴に“きっちりざまぁ”を下すこと――そして何より、民衆を守ることだ。
---
7.ざまぁの結末――伯爵の野望と崩れゆく砦
王国軍は複数の部隊に分かれ、伯爵領を包囲するように進軍した。
ラヴィーナは後方本陣に待機しつつ、各地の小領主との交渉を担当する。
伯爵に従うメリットより、王家と手を組むメリットを丁寧に示し、補給路と協力関係を“少しずつ、静かに”伯爵から引き剥がしていく。
「正直、伯爵様には畏れもありますが……。
王族直々に話を聞いてくださるなら、そちらに従ったほうが安全かもしれませんな」
そんな答えが返ってくるたび、伯爵の足場は確実に削られていく。
一方、砦に籠もるリューク伯爵は、その変化に気づかないまま憤怒に燃えていた。
「王家は腐敗している! 余こそがこの国の未来を正すのだ!」
側近たちが青ざめて諫める。
「伯爵様、補給が……。このままでは兵糧も尽きますぞ」
「黙れ! すべてはあの女だ、ラヴィーナだ!
外様の女ごときが、余よりも民に慕われるなど許されん!」
怒りの矛先は、もはや現実から完全に逸れていた。
砦を包囲したグレンは、何度か使者を送り、無血開城を勧告する。
『今ならまだ遅くない。門を開けろ。
罪は重いが、民を巻き込まず降伏するなら、その分の情状酌量は望める』
だが、伯爵はそれを無視し、逆に夜襲を仕掛けてきた。
しかし王国軍の布陣は万全で、伯爵側の奇襲はあっさりと退けられる。
(……もう勝負はついているわね)
本陣で報告を聞いたラヴィーナは、苦い思いと同時に、どこか冷静な感情を抱いていた。
彼女がしたことは、ただ「事実を明らかにし、正しい仕組みを提案しただけ」だ。
伯爵が自滅の道を選んだのは、自らの腐敗とプライドのせいだ。
最終通告ののち、伯爵の砦ではついに側近たちが折れた。
兵糧は底をつき、兵の士気は下がり、小領主たちの協力も途絶えている。
「伯爵様、これ以上は……。門を開けて降伏なさるべきです!」
「うるさい! 余はまだ――」
それでも、もはや伯爵に選択肢はなかった。
白旗が掲げられ、砦の門が軋んだ音を立てて開く。
拘束されたリューク伯爵は、縄で縛られたまま、グレンとラヴィーナの前へ引き出される。
「くっ……こんな、はずでは……」
土に膝をついた伯爵は、苦悶の表情で顔を上げた。
その視線は、まっすぐラヴィーナを射抜く。
「お前が……お前が、余をここまで追い詰めたのだ……!
政略結婚で王家に取り入り、余の領地を踏みにじった、外様の女め……!」
ラヴィーナは、静かに首を振った。
「違いますわ、伯爵。
わたしは、あなたの領地を取り潰そうとしたことは一度もありません。
わたしが望んだのは、ただ“正しい寄付の流れ”と“民を助ける仕組み”だけです」
「戯言を……!」
「もしあなたが、クリーンに領地を運営していたのなら――
わたしの帳簿ごときで追い詰められることはなかったでしょう。
あなたの腐敗と欲望が、自分自身の首を絞めただけですわ」
「……っ!」
言い返そうとして、伯爵は言葉に詰まる。
グレンが一歩前に出た。
「これまで散々、王家と民を裏切っておいて、まだ責任を他人に擦り付けるつもりか。
……ここまで愚かでいてくれたおかげで、証拠集めは容易かったがな」
冷ややかな声に、伯爵は震え上がる。
そのまま兵たちに引き立てられ、砦から連れ出されていった。
――これが、リューク伯爵の“ざまぁ”だった。
ラヴィーナを軽んじ、足を引っ張ろうとした結果、最も深い奈落へと落ちたのである。
---
8.真実の愛と、政略結婚の行方
伯爵の反乱が鎮圧され、周辺領地の混乱も次第におさまっていった。
被害は最小限。民衆の生活も、ほどなく平穏を取り戻すだろう。
凱旋の日。
王宮の正門では、アーデルやカトレア、第一王子が二人を出迎えた。
「よく戻ってきてくれたね、グレン。そしてラヴィーナも。
二人のおかげで、無用な流血を最小限にできた」
「ありがとうございます。
わたしも……ようやく、王族として少しは役目を果たせたでしょうか」
ラヴィーナが控えめに言うと、アーデルが楽しそうに笑った。
「“少し”なんて言っていたら、周りに怒られるわよ。
今や誰もが、あなたを“ハーヴェル王国の第二王子妃”として認めているわ」
グレンも、照れ隠しのように視線を逸らしながら口を開く。
「……もう誰も、お前を侮らないだろう。
俺の名を冠する妻として、胸を張っていればいい」
その言葉に、ラヴィーナの胸がじんわりと温かくなる。
その日は、重臣たちへの報告や書類仕事で目が回るほど忙しかった。
ようやく全てが終わり、自室へ戻ったとき――ラヴィーナは思わず足を止めた。
「グレン様……?」
部屋の窓辺に、彼がいた。
いつもの鎧ではなく、王族としての礼装に身を包み、夜空を背に佇んでいる。
「お前の部屋に入るのは……考えてみれば初めてだな」
振り向いたグレンは、少しだけ照れくさそうだった。
「本当ですね。てっきり、今後も遠慮なさるのだと思っていました」
「……今日は、どうしても話しておきたいことがある」
グレンはゆっくりとラヴィーナに歩み寄り、テーブルに飾られた一輪の花へ視線を落とす。
「最初に言っておくが――俺たちの結婚は政略結婚だ。
互いに感情などなく、国と公国のためだけに結ばれた」
「はい」
「だが、お前は自分の足で王宮に立ち、俺を理解しようとした。
俺が見ないふりをしていた政治や改革に向き合い、この国の歪みと戦ってくれた。
……気づけば、俺はお前の存在に頼っていた」
ラヴィーナの喉が、かすかに鳴る。
グレンの言葉は、いつになく率直だった。
「ラヴィーナ。
俺はお前を“王子妃だから守るべき存在”だと思っていた。
だが今は、それ以上だ。
一人の女として守りたいと思っている。
これが“愛”なのかどうか、正直よく分からん。
だが――お前のいない未来など、想像したくない」
「……グレン様……」
ずっと聞きたかった言葉が、胸に落ちてくる。
込み上げるものを抑えきれず、ラヴィーナの目に涙が滲んだ。
「わたしも、あなたを愛しています。
最初は、怖くて冷たい人だと思っていましたわ。
でも、あなたが背負っている痛みや、守ろうとしているものを知るうちに……。
あなたという人が、とても大きくて、優しいと分かりました」
震える声で、続ける。
「政略結婚でも構いません。
けれど、今のわたしにとって、あなたは“ただの夫”ではありません。
この国で生きていくうえで、いちばん大切な人です」
グレンは、ゆっくりと手を伸ばし、ラヴィーナの頬をそっと拭う。
「……俺は冷血な王子で通っている。
それはこれからも変わらないだろう。
だが、お前一人にだけは、違う顔を見せよう。
怒りも迷いも、弱さも――全部お前に預ける。
それでも、お前は俺のそばにいるか?」
「もちろんです。
あなたの全部を受け止めたい。
わたしの全部も、あなたに預けたい」
言葉を交わした次の瞬間。
グレンはラヴィーナの肩をそっと抱き寄せ、唇を重ねた。
冷たいはずの政略結婚は、静かに――確かに、真実の愛へと姿を変えていく。
---
9.エピローグ:明日への希望と、ざまぁの果て
翌日。
ラヴィーナのもとには、一連の騒動の最終報告書が届いていた。
――リューク伯爵は反逆罪により厳罰。領地は王家の管理下へ。
――伯爵に与していた小領主や商会は、公正な審査ののち、汚職に関わった者のみ処罰。
――慈善祭をきっかけに始まった“寄付と支援の透明化”は、今後も王国内で広く採用予定。
ラヴィーナを見下し、邪魔者扱いしてきた面々の多くは失脚し、ある者は財産没収、ある者は国外追放となった。
結果だけ見れば、見事な“ざまぁ”である。
けれど、ラヴィーナは復讐したとは思っていない。
(わたしはただ、“当たり前のことを当たり前にした”だけ。
それを恐れて自滅したのは、あの人たち自身……)
静かな満足と、少しの寂しさ。
それでも、王宮に染みついていた腐敗の空気は確かに薄れつつある。
その日の午後。
王宮の中庭では、新しい支援制度の説明会が開かれていた。
そこには――並んで歩く、二つの影。
「殿下、ラヴィーナ殿下。本日はお二人でご視察を?」
「ええ。新しい支援システムの説明も兼ねていますの。
少しでも不安があれば、直接ご意見を伺いたくて」
朗らかに答えるラヴィーナの隣で、グレンがわずかに視線を逸らす。
使用人や貴族たちは、そんな二人を微笑ましそうに見守っていた。
かつて“冷たい政略結婚”と噂された二人は、今や王国の希望の象徴となっている。
「ラヴィーナ、行くぞ」
「はい、グレン様」
呼び合う声には、もう棘はない。
あるのは、互いを信じる温度だけだ。
――こうして、冷たく始まった政略結婚は、“愛とざまぁ”の果てに、新たな形へと辿り着いた。
ラヴィーナを侮り、踏みつけようとした者たちは、自らの腐敗に足を取られて奈落へ落ちていった。
残ったのは、互いを支え合いながら、王国の明日を見つめる二人の姿。
氷の仮面を剥がしたのは、ラヴィーナの揺るがぬ意志。
そして――その仮面の奥に隠されていた、誰よりも熱い想いだった。
政略結婚の夜に感じた孤独は、もうどこにもない。
ハーヴェル王国の第二王子妃として、グレンの妻として。
ラヴィーナの物語は、ここからさらに続いていく。
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