『魔女狩り?魔女裁判?狩られるのも裁かれるのもお前らだ!』

鍛高譚

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2-3. 若き神官との邂逅

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2-3. 若き神官との邂逅

湿気を帯びた地下牢の通路を抜け、審問廷の影響力を示す重厚な木製の扉が開かれた。その先には、薄暗い礼拝堂の小部屋のような一角があり、壁には十字架と聖人の肖像画が飾られている。ここは拷問場でもあり、処刑が決定した者の魂を「救済」せんとする聖職者が控える場所でもあった。

『神の御心に背く者』を裁く聖職者の中でも、最年少にして優れた評判を得ているのが、レオン神官だった。二十歳そこそこの若さなのに、祈りの声は透き通り、教義を説く瞳は慈愛と厳格さを併せ持っている。通常なら、魔女として捕らわれた者には冷酷無比に振る舞うはずのレオンだったが、この日は違った。彼の瞳には、深い困惑が浮かんでいた。

「……神よ、私は正しい道を歩んでいるのでしょうか」
レオンは小さく呟きながら、ろうそくの炎を見つめる。その隣には、リリスが縛られたまま座らされていた。彼女は淡い紫紺の瞳を閉じ、微かな祈りの声でも発しているかのように静かだった。ローブや縄の跡は痛々しいにもかかわらず、その佇まいは凛とした気品を失っていない。

レオンは手に持った聖書を胸元に引き寄せ、震える声で言った。
「リリス・オルナティス……君の罪を赦すことはできない。だが、君の苦しみをただ見過ごすこともできぬ」

リリスはゆっくりと目を開け、淡い光に反射する瞳でレオンを見た。その眼差しは傷ついた夜の湖のように深く、決して冷酷ではない。まるで自らの運命を受け入れたかのような静謐(せいひつ)が、両者の間にほんの一瞬、言葉を超えた理解を生んだ。

「あなたは……なぜ、私に近づくのです?」
リリスの声はか細く、それでいて確かな響きを含んでいた。通常なら、獄吏や拷問官すら近づくことを恐れる相手に、敢えて手を差し伸べようとする理由を問う声だった。

レオンは口元を引き締め、聖書を軽く掲げた。
「君を裁く立場にあるのは私ではない。しかし、神の慈悲を説く者として、君の魂を少しでも慰める義務がある。君が魔女かどうかは、審問廷が決めることだ。それでも私は、君に『救い』を送る――それが私の信仰だ」

その言葉を聞いた瞬間、リリスの表情にわずかな動揺が走った。暗闇の中、レオンの唇が震えながらも真っ直ぐに彼女を見つめる様子は、彼女がこれまで体験したことのない温かさを伴っていた。

「……『救い』ですか?」
リリスはそっと顔を上げ、細い指先で自らの縄を撫でる。刹那、彼女の瞳に一筋の涙が滲んだ。それは、数百年もの間、誰にも許しを願うことなく、ただ助けを求められる存在であった彼女が、初めて経験する“人間の慈悲”だった。

レオンは静かに膝をつき、リリスのすぐ背後に置かれた椅子を引き寄せた。
「拷問や処刑の前に、君の苦痛を和らげる祈りを捧げさせてほしい。神に許しを請う時間を与えられぬまま魂を失うのは、あまりにも酷ではないか」

その申し出に、牢の奥からエミリアたち少女が小さく息を呑む。彼女たちは震える手を握り合いながら、レオンがリリスに手を伸ばすのを見守っている。誰一人として、審問官の命令や民衆の憎悪を恐れずにこの場に留まる者はいなかった。だが、レオンだけは違った。

「いいでしょう」
リリスはゆっくりと頷き、闇に滲む蝋燭の灯の下で目を閉じた。レオンは聖書を胸に当て、低く祈りの言葉を唱え始める。古代語と聖歌が混じり合い、静謐な旋律が地下牢に広がる。その祈りの響きは、重い石壁にも優しく反響し、まるで絶望の牢獄を一瞬だけ浄化するかのようだった。

兵士たちは後ろに下がり、声を潜めてその祈りを聞き入る。いつもなら見せしめの拷問や嘲笑に興じる彼らだが、その場には微かな敬虔(けいけん)ささえ漂っていた。レオンの祈りが終わると、彼はそっとリリスの肩に手を置き、低い声で囁いた。

「暗い夜を越え、必ず朝が来る。君にも、君を待つ者たちにも」

その言葉は、牢に閉ざされた者たちの心に、一縷(いちる)の希望を灯した。若き神官と百年の歳月を生きる魔女との邂逅(かいこう)は、瞬く間にこの地下牢の伝説となり――やがて大審問廷をも揺るがす夜明けの予兆として籠中に囁かれることになるのだった。


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