『魔女狩り?魔女裁判?狩られるのも裁かれるのもお前らだ!』

鍛高譚

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3-4. 阿鼻叫喚と崩壊

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3-4. 阿鼻叫喚と崩壊

炎が完全に沈黙したあと、広場には耳をつんざくほどの絶叫と悲鳴が渦巻いていた。倒れ伏した者、炎に焼かれた跡を恐る恐る指でなぞる者、慟哭に身をよじる者――すべてが、この日初めて「本物の魔女」の恐怖と怒りに晒された人間だった。

兵士たちは動転して武器を乱れ持ち、見境なく群衆を威嚇する。審問官は呆然と立ち尽くし、杖を地に突いて指揮を取り戻さんとするも、その声は激昂した市民の怒号にかき消される。貴族や聖職者は慌てて護送車へ逃げ込み、逃走の狼狽(ろうばい)を隠せなかった。

「魔女狩りなど、もはや誰も信じない!」
「裁きは偽善だ! 真実はこの目で見た!」
広場を取り巻く市民たちの口々に吐き捨てられた言葉は、長年蓄積された恐怖と偽りへの憤りそのものだった。リリスが十字架に吊るされ、嘲笑や嫉妬に満ちた罵詈雑言を浴びながらも微笑んだあの瞬間から、この場の空気は音もなく変質していたのだ。

灰に包まれた火刑台跡地には、まだ赤い残炎の熱が微かに残り、腰を抜かしたまま震える少女たちが寄り添う。リリスはその中心に立ち、ローブを静かに振り払うと、温かな橙色の空気が周囲を包んだかのように、一瞬だけ場内を和らげた。

「これで終わったわけではない」
リリスの声が通路に木霊する。聴衆は一斉に息を呑み、動きを止める。遠巻きに見守っていたレオン神官も、祭壇から急いで駆け下り、リリスの前にひざまずいた。

「あなた――なぜ、ここまでされたのになお、私たちに慈悲を?」
レオンは震える声を絞り出す。彼の瞳は、崩れ落ちる城塞のように動揺と後悔で満ちていた。

リリスは一瞬だけ彼を見つめ、次いで群衆を俯瞰するように視線を巡らせた。
「慈悲? 私が与えたのは“真実”よ。あなたたちが押しつけたのは“偽り”」

その言葉は聖堂の壁を崩すように重く、人々の心を揺さぶった。周囲で泣き崩れる者が続出し、数人は意識を失ってその場に倒れ込む。護衛兵すら、機械的な命令への疑念を隠せず、槍先が下を向いたまま動けなくなっていた。

レオンはリリスの足元に小瓶を置く。内部には真っ赤な夜香木の蜜が静かに満ちている。
「リリス……この薬を飲んで、どうか――」

その声は途中でかき消される。広場の出口に向かって、罵声を浴びせながら駆け下りる人影が見えた。教会の若い修道士が、聖書を握りしめ逃げ惑い、錆びついた鉄柵にぶつかる者もいる。まるで凶兆の嵐が吹き荒れたかのように、一刻も早くこの地を離れようとする熱狂が街を包む。

だがリリスは動じず、夜香木の小瓶をそっとレオンへ手渡した。
「これは私の“心のしるし”。人々を救いたいという願いと、あなたにとっての“信じる心”を繋ぐもの。逃げずに、手放さないで」

レオンは言葉をまた絞り出す。
「僕は……あなたが真実を示したことで、すべてを疑うようになった。だけど同時に、あなたを信じたいと思う」

瞳が合うとき、ほんの一瞬、二人の間に不思議な静寂が生まれた。その静けさは崩落した常識と偽善の残骸の上に、真実の光を灯すものだった。

だが、リリスは膝をつかず、ゆっくりと足を踏み鳴らし、群衆に最後の言葉を浴びせる。
「あなたも、裁くべき存在かしら?」

その問いは、かつて魔女狩りを執行した者、見物した者、拷問に手を染めた者すべてを対象にした宣告だった。人々はその場で立ちすくみ、咽び泣き、生まれて初めて「自分が何者か」問い直すことを強いられた。

夜香木の小瓶は淡い光を放ち、瞳に映る「真実」を静かに示している。リリスの宣告は、王都の制度と人々の心を根底から揺るがし、廃墟となった広場には、これまでにない一筋の新たな夜明けの予感が漂っていた。

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