『無関係ですって言ってるのに! ~婚約破棄の次の標的にされたので、王都から逃げました~』

鍛高譚

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10話

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 翌朝、まだ薄暗い空の下。
 リラは馬の世話をしつつ、何度も「すみません……」と頭を下げている。
 「いえ、気にしないでください。助け合いですよ。ただ、この先はどうするつもりですか?」
 わたしが尋ねると、リラは困ったように視線を落とした。

 

「実は……峠を越えた先に、父の知り合いの商人さんがいる町があると聞いていて……そこを目指そうかと思っていました。でも、道がこんなに大変だなんて知らなくて……。このままひとりで行くのは無謀でしょうか?」
「うーん、道はかなり険しいですね。それに盗賊や魔物が出ることもあると聞いてます。馬一頭じゃ厳しいかもしれません。もしよかったら、わたしたちと一緒に移動しますか?」

 

 わたしは御者に目配せをする。彼は「ま、報酬さえ払ってくれりゃ構わないですよ」と気楽に構えている。
 もちろん、リラがそれをどう感じるかはわからない。お金があるのかどうかも不明だ。
 けれど、馬車であれば彼女の馬をつないで移動し、山道の危険も多少は回避しやすい。何より人が多いほうが盗賊の標的になりにくい。

 

「そ、そんな……ご迷惑じゃないでしょうか。わたしはお金もあまり……」
「最低限の食料や宿代を負担できるなら、それだけで十分ですよ。助け合いって、そういうものですから」
「……本当にいいんですか?」
 リラは驚いたようにわたしを見つめる。
 わたしは笑って頷くしかない。なんだか、自分がずいぶんお人好しになった気がするけど、まあ構わないだろう。

 

 こうして、わたしたちは奇妙な三人+馬一頭で、峠越えをすることになった。
 しかし、この決断が、わたしの逃亡劇に新たな波紋を呼ぶのだということを、当時はまだ気づいていなかった。



 山頂近くの峠は、木々もまばらで岩肌がむき出しになっている。
 道と言っても、ほとんど荒れた獣道のようなもので、馬車が通るには注意が必要だ。足元を踏み外せば転落しかねないし、石ころに車輪を取られれば横転もありうる。
 幸い、御者はそこそこ慣れた手つきで馬を操っており、慎重に進んでくれている。

 

 リラは怯えながらも馬に乗り、わたしは馬車の窓から外を見つめる。
 ときおり冷たい風が吹き付け、耳が痛いほどだ。太陽が昇っているのに、日差しのありがたみを感じにくい。
 それでも、この峠さえ越えれば、隣国や大きな町への道が続いているはず。今しばらくの辛抱だ。

 

 ……そんな希望を抱いていたのも束の間、峠の半ばほどに差しかかった頃、不穏な気配が漂い始めた。
 馬が鼻を鳴らし、御者は「ん?」と眉をひそめる。前方の道がやけに静かだ。周囲には高い崖と深い谷、岩肌が入り組んでいる。この地形は、待ち伏せには絶好の環境だ。

 

「もしかして、盗賊……いるかもしれませんね」
 わたしが小声で警戒を促すと、御者は「そうっすねぇ。なんか嫌な雰囲気ですよねぇ」と苦く笑う。
 リラは不安そうに馬を止め、わたしのほうを振り返る。
 ――迷うが、先へ進むしかない。引き返しても遠回りになるし、それこそどこかで遭遇するリスクは同じ。

 

 わたしたちは意を決して、ゆっくりと道を進める。
 そのとき、岩陰から何人もの男たちが姿を現した。黒っぽい装束に身を包み、武器を携えている。よく見ると、軽装だが刀剣や棍棒を持っている者もいる。
 やはり盗賊だ。しかも人数は六人か七人……それ以上いるかもしれない。

 

「おい、止まれ! ここは通行料をいただく場所だ!」
 リーダーらしき男が、がらがら声で命じる。
 わたしたちは馬車を止めざるを得ない。岩壁に囲まれた細い道、逃げようにも馬車は転回できない。

 

 リラが馬上で震えているのがわかる。わたしは静かに杖を握りしめるが、相手が多いだけに迂闊には動けない。
 御者は慣れたように「あー、どうも通りかかっただけで……通行料はいかほど?」などと、やり取りを始めようとする。
 しかし、リーダー格は鼻を鳴らして、「女が二人か……ほう、そっちは金になりそうだな」といやらしい目つきでリラとわたしを見やる。

 

(嫌な気配……)
 これは通行料を払って済む話ではないかもしれない。相手は金品だけでなく、わたしたち自身に手を出す気かもしれない。
 最悪の場合、馬車や荷物を根こそぎ奪って、わたしたちを人質にする可能性もある。ここでひとつ、強硬手段を取るかどうか――難しい判断だ。

 

 だが、考えている猶予はあまりなかった。リーダー格の男が、手を振り下ろすような動作を見せる。合図だろうか、周囲の部下たちが一斉に武器を構えてにじり寄ってくる。
 「ゴチャゴチャ言わずに全部置いてけ! 馬も荷物も、その女二人も! ケガしたくねぇなら、さっさと降伏しろ!」

 

 リラは完全に硬直している。御者は青ざめているが、わたしに視線を送り、どちらに転ぶか探っているようだ。
 わたしは、もはや戦うしかないと判断する。
 ――少なくとも、ここで無抵抗で奪われるわけにはいかない。
 わたしは深呼吸し、魔力の流れを集中させる。気配を悟られないよう、杖を馬車の窓の下でそっと持ち上げる。

 

「すみません、あなたたちには従うわけにはいきません」
 わたしはそう言って、できるだけ落ち着いた声を出す。
 男たちが「何ぃ?」と凄みを見せるが、その直後――。

 

「《ライト・ブライト》!」
 わたしは光属性の魔法を発動させる。昨夜の盗賊対策で使ったのと同じ、強烈な閃光。
 狭い峠道、岩壁に反射していっそう眩しくなる。彼らは当然夜目に慣れているわけでもないが、突如生じた強烈な光に視界を奪われて、「ぐあっ!」と悲鳴を上げる。

 

 同時にわたしは杖を振り、足元の岩石を砕くような小さな魔力弾を放つ。破片を飛び散らせて相手の足元を崩すのだ。
 これで二、三人は転倒するかもしれない。
 「あだっ……くそ、魔法使いか!」
 男たちが叫ぶのを尻目に、御者が馬車をほんの少し前進させようとする。しかし、相手を完全には退けられない。すぐに囲まれたらアウトだ。

 

「リラさん、合図したら馬を走らせて!」
「で、でも……!」
「大丈夫、目の前の盗賊はわたしが足止めしますから!」

 

 リラは必死に頷く。馬に鞭を当てる体勢を取り、震える手で手綱を握る。
 わたしは再び杖を構え、今度は氷の魔法を使う。
 「《アイス・フリーズ》!」
 岩肌にうっすらと氷を張り、敵の足場を滑りやすくする。これで追いかけにくくなるはずだ。
 もちろん、こちら側も通りにくくなるが、馬車の車輪は中央の溝を踏んでいけば少しマシだろう。

 

 一時的な混乱を起こしたところで、わたしは叫ぶ。
「今です! 一気に抜けましょう!」
「う、うん!」
 リラが馬を叱咤し、御者も「行くぞ!」と合図する。
 馬車がガタガタと加速し、前方の盗賊の横をすり抜けるように進む。男たちは「くそっ、待て!」と叫びながら武器を振り回すが、足元の氷や岩の破片に阻まれて思うように追いつけない。

 

 狭い道を全速力で駆け抜ける。転落のリスクもあるが、このまま留まっていては全滅だ。
 何度か馬車が大きく揺れ、荷物がごとごと音を立てる。わたしは必死に体勢を保ちながら、後方を振り返る。
 リラの馬も続いている。彼女は顔を強張らせつつ、必死に馬を操作しているのが見えた。

 

 「行けぇ、追えぇ!」という盗賊たちの怒鳴り声が背後から響くが、崩した足場と氷の魔法が効いているようで、彼らがこちらに追いつく気配はない。
 ――そうして、わたしたちは何とか峠を突破することに成功した。

 

 数分ほど走り抜け、ある程度の距離が取れたころ、御者が「ひとまず止まりましょう」と提案する。
 馬車を停めて息を整える。リラも馬から降りてへたり込むように膝をつき、肩で息をしている。
 わたしも全身が緊張でこわばっていたせいか、汗が冷えて肌が震えている。

 

「はぁ……危なかった……」
 御者が額の汗を拭いながらつぶやく。
 わたしは深く息を吸い、周囲を見回す。どうやら追っ手はいないようだ。少なくとも、すぐには来ないだろう。

 

「すみません、わたしがもっとちゃんと戦えれば……」
 リラが涙目で震えながら言う。
 どうやら自分を責めているらしいが、初心者に戦闘を求めるのは酷というものだ。

 

「いいんですよ。リラさんは怪我もなく馬も守れた。それだけで十分です。むしろ、無理して剣を振り回したら危なかったかもしれませんから」
「で、でも……」
「それに、あなたがしっかり馬を操ってくれたおかげで、逃げ切れたんです。焦って馬を転ばせたら大事故になってました」
 わたしが微笑むと、リラは少しだけ安堵の表情を浮かべてくれた。

 

 こうして、ひやひやしつつも峠を越え、山を下り始めたわたしたちは、次第に天候の変化とともに再び荒れ地へ足を踏み入れることになる。
 ――そして、この先の谷間を抜けたあたりで、別の新たな問題がわたしたちを待ち受けていた。
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