11 / 21
11話
しおりを挟む
峠を越えてしばらく下ると、深い谷と川沿いの道が続いている。山を下ったとはいえ、地形はまだ険しく、雨が降ったときなどは増水して通れなくなるとか。
わたしたちは運よく天候に恵まれていたが、朝の霧が晴れると突然強い日差しが降り注ぎ、気温が上昇した。山の冷えから一転して暑くなるので、服の調整が難しい。
「こう暑くなると馬も辛いですね……川で水を飲ませたいです」
リラが心配そうに馬の首元を撫でる。
たしかに馬は息を荒くしている。わたしも喉が渇いているし、補給が必要だ。
そこで、道端にやや広いスペースを見つけたので、わたしたちは馬車を止め、川岸へ下りられそうな斜面を探す。
御者が「少し見てきます」と先に歩いていく。
わたしはリラを連れ、馬の手綱を引きながら後に続いた。
すると、川岸は思った以上に傾斜がきついものの、何とか馬が降りられる場所があることがわかった。
水量はそう多くないが、流れはそこそこ速い。滑落しないよう慎重に足を運び、馬に水を飲ませる。
そして、わたしたちも川の水を汲んで、一息つく。流れ自体はきれいで、ちょっとした清涼感を味わえる。
「ふう……生き返る……」
リラがほっと息をつき、わたしも満足げに微笑む。
御者は馬の背を撫でつつ、「これで午後も走れますね。そろそろ隣国との境目に近づいてるはずです」と話してくれる。
――あと少しで、わたしは王国の版図を離れる可能性がある。そうすれば、王子の権威も及びづらい……はずだ。
安心すると同時に、わずかな不安も混じっている。今後、わたしはどう生きていくのだろう。王都を出たのはいいが、帰る場所を自ら放棄してしまった形だ。
もはや戻るつもりはない。王子の婚約者になど、絶対になりたくない。
それでも、将来像が定まらないことに漠然とした焦りを感じるのも事実だった。
そんなわたしの内心を察したわけではないだろうが、リラが小さく呟く。
「わたし……この先の街で商人さんに会えたら、そのあとはどうしよう……。やっぱり追われる身には変わりないし、父にも会いづらいし……」
「……そうですね。でも、商人さんが力になってくれるかもしれないし、少なくとも一時的な隠れ家が見つかるかもしれません。ひとりじゃないだけ、まだ救いがあるんじゃないでしょうか」
「ふふ、そうですね……。あなたは優しいんですね、さっきも言ったけど。こんなに親切にされるなんて……」
リラはわたしの存在を心の拠り所にしているようだった。
わたしだって似たようなものだ。頼れる仲間などいないと思っていたが、こうして少しでも同じ悩みを抱える人がそばにいると、心強い。
……しかし――。
「お嬢さん、おい……!」
御者がわたしの肩を叩き、川の対岸を指さす。
そこにいるのは、見慣れない集団。馬に乗った数名の人間が、こちらをじっと見ている。
一瞬ドキリとするが、どうやら盗賊の類ではなさそうだ。馬にまとった鞍や鎧の装飾が、どこか騎士風というか、軍隊っぽい雰囲気を醸し出している。
……まさか王宮騎士団?
それとも、この地域を管轄する別の国の兵士か。
どちらにせよ、あまり関わりたくない。わたしたちは慌てて姿を隠そうとするが、向こうもこちらを見つけたらしく、一人が川の中を馬で渡り始めた。
「やばい……」
わたしは咄嗟にリラの手を引き、御者も馬を促して上流側へ移動しようとする。岩が多くて足場が悪いが、できるだけ視線から逃れたい。
しかし、川はさほど広くないため、向こうが追いかけてくればすぐに接近されてしまう。
もう遅い。馬を先頭に、男たちが浅瀬を渡って来る。
彼らは灰色のマントと鎧を着用しており、胸元には見慣れぬ紋章が刻まれている。王都で見たことのない意匠だ。
――つまり、隣国の騎士か何かかもしれない。いずれにせよ、こちらが逃げ腰なのを見て取っているらしく、急いで馬を進めてくる。
「そこの者たち、待て! あわてて逃げる必要はない、話を聞かせろ!」
先頭の男が、威圧的な声で呼びかける。
わたしはどうするべきか迷う。もし隣国の騎士団なら、まだ良いかもしれない。王子の手先ではない可能性が高いからだ。
しかし、この国の兵士に何の用があるのか。わたしたちを追跡する理由は?
「あなた方は……?」
わたしが臆せず問いかけると、男は馬から降りてヘルメットを外す。かなり精悍な顔つきだが、厳格そうな眼光に、悪意は感じられない。
「俺はアレクセイ。隣国グレイシャ公国の辺境警備隊の隊長だ。この川は我々の管理区域でもある。最近、盗賊や不審者が増えているという報告を受けて、見回りに来たところだが……」
やはり隣国の兵士か。わたしは少しだけホッとしたが、油断はできない。
「ここは王国側から見れば国境近くなんです。わたしたちは峠を越えようとして……」
「峠を? まさかあの危険な道をか? ずいぶん無茶をするな。しかもこんな人数で」
「まあ、いろいろ事情がありまして……」
アレクセイと名乗る隊長は、不審そうにわたしたちの様子を一瞥する。
装備からして、わたしがただの旅人ではないことに気づくかもしれない。杖を持ち、魔法を使う者がこの辺りをフラフラと旅しているのは珍しいだろう。
「……ふむ、ひとまずお前たちを捕らえるつもりはない。だが、先ほど言ったとおり、この辺は盗賊の被害が深刻だ。あまり怪しい動きをされても困る。話を聞かせてもらいたいんだが、構わないか?」
「ええ、無理に逮捕などされないのでしたら……」
わたしは少し考え、了承することにした。むやみに逃げ回れば逆に疑われて拘束されかねない。
リラも隣でこくこくと頷いているし、御者も「ああ、こういうのも旅の試練ですかねえ」と諦め顔だ。
こうして、わたしたちは川岸の浅瀬を少し離れた、川辺の平坦な場所まで誘導される。そこではグレイシャ公国の兵がもう数名待機していた。簡易の野営地らしく、テントが張られ、見張りがたっている。
アレクセイ隊長は「さあ、座ってくれ」と岩の上を勧め、まずは名乗り合いをしようとする。
が、こちらとしても身バレは避けたいので、名乗るにしても偽名で通さざるを得ない。
「わたしは……“ミラ”といいます。彼女はリラ、そしてこちらは御者のオットーです」
御者の名前は本名だから問題ないだろう。自分は“ミラ”とだけ名乗る。
隊長は目を細め、「そうか」と頷く。
「国籍は王国か? 風貌からすると、貴族出身にも見えるが……」
「いえ、ただの旅人です。学問を修めたいと思って各地を巡っていて……はい」
「そうか、まあ細かいことは置いておこう。こちらとしても、あまり詮索するつもりはない」
ありがたい言葉ではあるが、警戒は解けない。
アレクセイが続ける。
「ところでお前たち、峠を越えてきたとなると、盗賊の被害には遭わなかったか?」
「じ、実は……少し襲われかけたので、何とか魔法で撃退して逃げてきました」
わたしが正直に説明すると、隊長は大きく頷いて「やはりか」と低く唸る。
「我々も、この近辺で奴らを取り締まろうと動いているのだが、何せ地形が厳しいからなかなか追跡も難しい。もし、お前たちが奴らの拠点を見つけたというなら、案内してほしいくらいだが……」
「いえ、特に拠点らしいものは見かけなかったんです。岩陰から急に出てきたので……。でも、峠の中央あたりでした」
「なるほど。そこか……。このまま放置しておくと、公国側にも被害が及ぶ。ここ最近、領内の商人が何度も襲われているんだ。国境付近に奴らの巣があるのかもしれない」
アレクセイの言葉から察するに、峠を中心に両国の往来が増えており、そこを狙う盗賊が暗躍しているらしい。わたしも実際に襲われたので、その厄介さは痛感している。
すると隊長は、ちらりとこちらを見る。
「ミラとやら、先ほど“魔法で撃退した”と言ったな。なかなかの腕前だろう? そうでなければ峠の盗賊から逃げ切るのは難しい。もしや、兵士か冒険者の経験でもあるのか?」
「い、いえ、そんな……。少し魔力があるだけで、戦いは素人ですよ」
と、やんわりと否定するが、隊長はじっとわたしを観察するような視線を向けてくる。
……まずい。この人、勘が良さそうだ。余計なことを喋ったら、王都の貴族だとバレてしまうかもしれない。
「ふむ……まあいい。ただ、お前たちがよければ、我々の盗賊退治に協力してくれないか? もちろん強要はしない。だが、もし本当に魔法が使えるなら、力を貸してほしいんだ」
「えっ……?」
わたしは思わず言葉を失う。
まさか隣国の部隊に協力を求められるなんて思ってもみなかった。
「大したお礼はできないが、成功すれば公国の領内を安全に通行できるよう取り計らう。滞在許可証も発行してやれる。どうだ?」
「滞在許可証……」
なるほど、もし王国を抜け出した先で合法的に滞在できるなら、わたしにとってはありがたい話だ。いちいち不法入国者扱いされる危険もない。
リラだって、追っ手が来てもここで守られるかもしれない。
しかし、盗賊退治となれば命の危険もある。わたしと御者、そしてリラの三人だけでうまくやっていけるか。
それに、わたしとしては“あまり目立ちたくない”という本音がある。公国の部隊に協力して手柄を立てれば、それこそ“謎の魔法使い”として噂になるだろう。
もっとひっそり生きたいのに……。
隊長はわたしの迷いを察したのか、言葉を続ける。
「どうやら事情がありそうだが、無理強いはしないさ。ただ、このまま王国に戻るにはまだ距離もあるし、国境を越えるにしても身分が不明だと検問で止められるおそれもある。そこを考慮すれば……悪い話じゃないと思うがね」
「…………」
確かに、一理ある。
もしわたしが正式な身分証を持たずに公国に入り込もうとすれば、不審者扱いされる可能性が高い。国境付近は騎士団の警備が厳しく、誰何されるのは必至だろう。
それでなくても、いずれは身を立てていくための“足掛かり”が欲しいところ。
さらに言えば、いつ王子の捜索が追いつくかわからない。グレイシャ公国の庇護を受けられれば、少なくとも王都からの追手に直接捕まる危険は減るかもしれない。
「わたしひとりの判断では決められません。仲間とも相談したいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん。すぐに答えろとは言わん。今夜はこの野営地に滞在しろ。休む場所と食事は用意してやる」
隊長はそう言って部下に指示を飛ばし始める。
わたしたちはよくわからないまま、この騎士団の野営地で一夜を過ごすことになってしまった。
わたしたちは運よく天候に恵まれていたが、朝の霧が晴れると突然強い日差しが降り注ぎ、気温が上昇した。山の冷えから一転して暑くなるので、服の調整が難しい。
「こう暑くなると馬も辛いですね……川で水を飲ませたいです」
リラが心配そうに馬の首元を撫でる。
たしかに馬は息を荒くしている。わたしも喉が渇いているし、補給が必要だ。
そこで、道端にやや広いスペースを見つけたので、わたしたちは馬車を止め、川岸へ下りられそうな斜面を探す。
御者が「少し見てきます」と先に歩いていく。
わたしはリラを連れ、馬の手綱を引きながら後に続いた。
すると、川岸は思った以上に傾斜がきついものの、何とか馬が降りられる場所があることがわかった。
水量はそう多くないが、流れはそこそこ速い。滑落しないよう慎重に足を運び、馬に水を飲ませる。
そして、わたしたちも川の水を汲んで、一息つく。流れ自体はきれいで、ちょっとした清涼感を味わえる。
「ふう……生き返る……」
リラがほっと息をつき、わたしも満足げに微笑む。
御者は馬の背を撫でつつ、「これで午後も走れますね。そろそろ隣国との境目に近づいてるはずです」と話してくれる。
――あと少しで、わたしは王国の版図を離れる可能性がある。そうすれば、王子の権威も及びづらい……はずだ。
安心すると同時に、わずかな不安も混じっている。今後、わたしはどう生きていくのだろう。王都を出たのはいいが、帰る場所を自ら放棄してしまった形だ。
もはや戻るつもりはない。王子の婚約者になど、絶対になりたくない。
それでも、将来像が定まらないことに漠然とした焦りを感じるのも事実だった。
そんなわたしの内心を察したわけではないだろうが、リラが小さく呟く。
「わたし……この先の街で商人さんに会えたら、そのあとはどうしよう……。やっぱり追われる身には変わりないし、父にも会いづらいし……」
「……そうですね。でも、商人さんが力になってくれるかもしれないし、少なくとも一時的な隠れ家が見つかるかもしれません。ひとりじゃないだけ、まだ救いがあるんじゃないでしょうか」
「ふふ、そうですね……。あなたは優しいんですね、さっきも言ったけど。こんなに親切にされるなんて……」
リラはわたしの存在を心の拠り所にしているようだった。
わたしだって似たようなものだ。頼れる仲間などいないと思っていたが、こうして少しでも同じ悩みを抱える人がそばにいると、心強い。
……しかし――。
「お嬢さん、おい……!」
御者がわたしの肩を叩き、川の対岸を指さす。
そこにいるのは、見慣れない集団。馬に乗った数名の人間が、こちらをじっと見ている。
一瞬ドキリとするが、どうやら盗賊の類ではなさそうだ。馬にまとった鞍や鎧の装飾が、どこか騎士風というか、軍隊っぽい雰囲気を醸し出している。
……まさか王宮騎士団?
それとも、この地域を管轄する別の国の兵士か。
どちらにせよ、あまり関わりたくない。わたしたちは慌てて姿を隠そうとするが、向こうもこちらを見つけたらしく、一人が川の中を馬で渡り始めた。
「やばい……」
わたしは咄嗟にリラの手を引き、御者も馬を促して上流側へ移動しようとする。岩が多くて足場が悪いが、できるだけ視線から逃れたい。
しかし、川はさほど広くないため、向こうが追いかけてくればすぐに接近されてしまう。
もう遅い。馬を先頭に、男たちが浅瀬を渡って来る。
彼らは灰色のマントと鎧を着用しており、胸元には見慣れぬ紋章が刻まれている。王都で見たことのない意匠だ。
――つまり、隣国の騎士か何かかもしれない。いずれにせよ、こちらが逃げ腰なのを見て取っているらしく、急いで馬を進めてくる。
「そこの者たち、待て! あわてて逃げる必要はない、話を聞かせろ!」
先頭の男が、威圧的な声で呼びかける。
わたしはどうするべきか迷う。もし隣国の騎士団なら、まだ良いかもしれない。王子の手先ではない可能性が高いからだ。
しかし、この国の兵士に何の用があるのか。わたしたちを追跡する理由は?
「あなた方は……?」
わたしが臆せず問いかけると、男は馬から降りてヘルメットを外す。かなり精悍な顔つきだが、厳格そうな眼光に、悪意は感じられない。
「俺はアレクセイ。隣国グレイシャ公国の辺境警備隊の隊長だ。この川は我々の管理区域でもある。最近、盗賊や不審者が増えているという報告を受けて、見回りに来たところだが……」
やはり隣国の兵士か。わたしは少しだけホッとしたが、油断はできない。
「ここは王国側から見れば国境近くなんです。わたしたちは峠を越えようとして……」
「峠を? まさかあの危険な道をか? ずいぶん無茶をするな。しかもこんな人数で」
「まあ、いろいろ事情がありまして……」
アレクセイと名乗る隊長は、不審そうにわたしたちの様子を一瞥する。
装備からして、わたしがただの旅人ではないことに気づくかもしれない。杖を持ち、魔法を使う者がこの辺りをフラフラと旅しているのは珍しいだろう。
「……ふむ、ひとまずお前たちを捕らえるつもりはない。だが、先ほど言ったとおり、この辺は盗賊の被害が深刻だ。あまり怪しい動きをされても困る。話を聞かせてもらいたいんだが、構わないか?」
「ええ、無理に逮捕などされないのでしたら……」
わたしは少し考え、了承することにした。むやみに逃げ回れば逆に疑われて拘束されかねない。
リラも隣でこくこくと頷いているし、御者も「ああ、こういうのも旅の試練ですかねえ」と諦め顔だ。
こうして、わたしたちは川岸の浅瀬を少し離れた、川辺の平坦な場所まで誘導される。そこではグレイシャ公国の兵がもう数名待機していた。簡易の野営地らしく、テントが張られ、見張りがたっている。
アレクセイ隊長は「さあ、座ってくれ」と岩の上を勧め、まずは名乗り合いをしようとする。
が、こちらとしても身バレは避けたいので、名乗るにしても偽名で通さざるを得ない。
「わたしは……“ミラ”といいます。彼女はリラ、そしてこちらは御者のオットーです」
御者の名前は本名だから問題ないだろう。自分は“ミラ”とだけ名乗る。
隊長は目を細め、「そうか」と頷く。
「国籍は王国か? 風貌からすると、貴族出身にも見えるが……」
「いえ、ただの旅人です。学問を修めたいと思って各地を巡っていて……はい」
「そうか、まあ細かいことは置いておこう。こちらとしても、あまり詮索するつもりはない」
ありがたい言葉ではあるが、警戒は解けない。
アレクセイが続ける。
「ところでお前たち、峠を越えてきたとなると、盗賊の被害には遭わなかったか?」
「じ、実は……少し襲われかけたので、何とか魔法で撃退して逃げてきました」
わたしが正直に説明すると、隊長は大きく頷いて「やはりか」と低く唸る。
「我々も、この近辺で奴らを取り締まろうと動いているのだが、何せ地形が厳しいからなかなか追跡も難しい。もし、お前たちが奴らの拠点を見つけたというなら、案内してほしいくらいだが……」
「いえ、特に拠点らしいものは見かけなかったんです。岩陰から急に出てきたので……。でも、峠の中央あたりでした」
「なるほど。そこか……。このまま放置しておくと、公国側にも被害が及ぶ。ここ最近、領内の商人が何度も襲われているんだ。国境付近に奴らの巣があるのかもしれない」
アレクセイの言葉から察するに、峠を中心に両国の往来が増えており、そこを狙う盗賊が暗躍しているらしい。わたしも実際に襲われたので、その厄介さは痛感している。
すると隊長は、ちらりとこちらを見る。
「ミラとやら、先ほど“魔法で撃退した”と言ったな。なかなかの腕前だろう? そうでなければ峠の盗賊から逃げ切るのは難しい。もしや、兵士か冒険者の経験でもあるのか?」
「い、いえ、そんな……。少し魔力があるだけで、戦いは素人ですよ」
と、やんわりと否定するが、隊長はじっとわたしを観察するような視線を向けてくる。
……まずい。この人、勘が良さそうだ。余計なことを喋ったら、王都の貴族だとバレてしまうかもしれない。
「ふむ……まあいい。ただ、お前たちがよければ、我々の盗賊退治に協力してくれないか? もちろん強要はしない。だが、もし本当に魔法が使えるなら、力を貸してほしいんだ」
「えっ……?」
わたしは思わず言葉を失う。
まさか隣国の部隊に協力を求められるなんて思ってもみなかった。
「大したお礼はできないが、成功すれば公国の領内を安全に通行できるよう取り計らう。滞在許可証も発行してやれる。どうだ?」
「滞在許可証……」
なるほど、もし王国を抜け出した先で合法的に滞在できるなら、わたしにとってはありがたい話だ。いちいち不法入国者扱いされる危険もない。
リラだって、追っ手が来てもここで守られるかもしれない。
しかし、盗賊退治となれば命の危険もある。わたしと御者、そしてリラの三人だけでうまくやっていけるか。
それに、わたしとしては“あまり目立ちたくない”という本音がある。公国の部隊に協力して手柄を立てれば、それこそ“謎の魔法使い”として噂になるだろう。
もっとひっそり生きたいのに……。
隊長はわたしの迷いを察したのか、言葉を続ける。
「どうやら事情がありそうだが、無理強いはしないさ。ただ、このまま王国に戻るにはまだ距離もあるし、国境を越えるにしても身分が不明だと検問で止められるおそれもある。そこを考慮すれば……悪い話じゃないと思うがね」
「…………」
確かに、一理ある。
もしわたしが正式な身分証を持たずに公国に入り込もうとすれば、不審者扱いされる可能性が高い。国境付近は騎士団の警備が厳しく、誰何されるのは必至だろう。
それでなくても、いずれは身を立てていくための“足掛かり”が欲しいところ。
さらに言えば、いつ王子の捜索が追いつくかわからない。グレイシャ公国の庇護を受けられれば、少なくとも王都からの追手に直接捕まる危険は減るかもしれない。
「わたしひとりの判断では決められません。仲間とも相談したいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん。すぐに答えろとは言わん。今夜はこの野営地に滞在しろ。休む場所と食事は用意してやる」
隊長はそう言って部下に指示を飛ばし始める。
わたしたちはよくわからないまま、この騎士団の野営地で一夜を過ごすことになってしまった。
30
あなたにおすすめの小説
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる