18 / 29
第3章 求婚者たちの再来と、夫の執着
18話
しおりを挟む
1.噂の再燃と、騒がしい足音
――それは、カーテンリンゼがヴァレンシュタイン公爵家の夫人となってから、すでに数カ月が経ったある日のこと。
王都の社交界に、ある噂が急速に広まっていった。もとはほんの些細な囁きだったはずが、一人歩きを始め、日に日に大きく膨れ上がっている。その噂の中心にいるのは、ほかでもない“元・王太子妃候補”にして“現・ヴァレンシュタイン公爵夫人”であるカーテンリンゼ。そして、あの王太子エドワルド本人だというのだから、話題性としては申し分なかった。
「ねえ、知ってる? 王太子殿下、やっぱりカーテンリンゼ公爵夫人のことが忘れられないんですって」
「破談になったはずなのに、今さらどういうつもりかしら。もう彼女は公爵様と結婚したっていうのに……」
「でも、聞いた話だと、王太子殿下は『あのときは自分が未熟だった』とか言い出してるらしいわよ」
「あらあら……。それで殿下は、最近あちこちで『公爵夫人と話す機会を探している』っていうじゃない?」
「それって、まさかもう一度求婚したいとか……?」
かつては“冷たい人形姫”と呼ばれたカーテンリンゼが、新興貴族ながら武勲を誇るレオポルド公爵と結婚したことで、すでに十分な話題を振りまいていた社交界。だが、そこにさらに王太子自らが再登場し、“やはり忘れられない”などと言い出しているとあれば、その衝撃は大きい。
噂の真偽はともかく、王太子はたしかに公の場でカーテンリンゼの名を口にすることが増え、以前のような冷淡な態度は見せていないらしい。破談を通告したのは彼のほうだったはずだが、今になってこの態度の変化は何を意味するのか――。
人々の興味をひくのは無理もない。
カーテンリンゼ自身はそんな噂に耳を傾けることはほとんどなかった。いや、正確には耳にしてはいたが、それを“どうでもいい”と切り捨てていたのである。もう自分の道は決まっているし、愛を求めない契約結婚とはいえ、レオポルド公爵の妻となった今、王太子エドワルドの動向など気にする必要はない――そんな思いがあったからだ。
彼女は今まで通り、公爵夫人の役割をこなしつつ、館の管理や慈善事業の対応に従事していた。レオポルドと深く言葉を交わすことこそ多くはないが、少しずつ呼吸が合ってきたとも感じている。
ただ、時折胸をよぎるのは、夫が見せる“謎の気遣い”と、その裏にある強い独占欲。ほんの些細な場面で、彼の鋭い視線を感じる瞬間があるのだ。自分がほかの男性と話すとき、あるいは他家の招待に応じようとするとき――まるで、そこには冷たくも熱い執着が潜んでいるように思える。
(……気のせい、かしら)
いつもそう思い直して、深く考えないようにしていた。関係に波風を立てたくない――そう願う自分の心を、どこかで理解していたから。
だが、この静かな日常は、ある人物の“再来”によって破られることになる。王太子エドワルドだけではない。以前、カーテンリンゼを目当てに接近してきた貴族たちも、再び動き始めていた。
「公爵夫人に、改めて接触したい」――そう公言する者まで出てきたのだ。理由は各々違うだろう。純粋にカーテンリンゼの美しさを求める者もいれば、王太子から破談されたあとに“くすぶる名誉”を狙っている者もいる。あるいは、ヴァレンシュタイン公爵家という新興勢力に取り入ろうとする者も少なくなかった。
その思惑が入り乱れる中、彼らは王都のあちこちでカーテンリンゼの話題を持ち出し、まるで次の狙い目のように語り合う。知らぬ間に、カーテンリンゼは“新たな恋の標的”として祭り上げられつつあった。
――もちろん、当の彼女にとっては迷惑以外の何物でもない。そもそも、彼女は“夫以外の男性”に興味を抱かないし、ましてやそちらからアプローチを受け入れる義理もない。だが、こうした噂話は一旦火がつくと止められない。
そして、その炎に油を注ぐかのように、王太子エドワルドの行動が噂を加速させた。人前で「私はあのとき、彼女の真価を理解していなかった」「彼女は決して冷たいだけの女性ではない」などと語り、“やり直し”ともとれる言葉を口にしているという。
果たして彼は、自分の元婚約者を取り戻そうとしているのか、それともただの後悔なのか――。いずれにせよ、周囲は大きくざわつき始めていた。
カーテンリンゼは、そんな噂の洪水にほとほとうんざりしながらも、「何も変わらないわ」と自分に言い聞かせていた。契約結婚だろうと、今の夫はレオポルド公爵であり、あの男が夜の廊下をうろついてまで自分の状況を気遣ってくれる――そんな奇妙な日常を、どこかで心地よく感じている自分がいる。
しかし、心のどこかで不安の種が芽を出しそうになるのを、カーテンリンゼは押し殺す。表向きは平穏を保っているが、これから先、大きな嵐が来る予感が拭えない。そのとき自分はどうするのか、どうすればいいのか――答えはまだ見えないまま。
――それは、カーテンリンゼがヴァレンシュタイン公爵家の夫人となってから、すでに数カ月が経ったある日のこと。
王都の社交界に、ある噂が急速に広まっていった。もとはほんの些細な囁きだったはずが、一人歩きを始め、日に日に大きく膨れ上がっている。その噂の中心にいるのは、ほかでもない“元・王太子妃候補”にして“現・ヴァレンシュタイン公爵夫人”であるカーテンリンゼ。そして、あの王太子エドワルド本人だというのだから、話題性としては申し分なかった。
「ねえ、知ってる? 王太子殿下、やっぱりカーテンリンゼ公爵夫人のことが忘れられないんですって」
「破談になったはずなのに、今さらどういうつもりかしら。もう彼女は公爵様と結婚したっていうのに……」
「でも、聞いた話だと、王太子殿下は『あのときは自分が未熟だった』とか言い出してるらしいわよ」
「あらあら……。それで殿下は、最近あちこちで『公爵夫人と話す機会を探している』っていうじゃない?」
「それって、まさかもう一度求婚したいとか……?」
かつては“冷たい人形姫”と呼ばれたカーテンリンゼが、新興貴族ながら武勲を誇るレオポルド公爵と結婚したことで、すでに十分な話題を振りまいていた社交界。だが、そこにさらに王太子自らが再登場し、“やはり忘れられない”などと言い出しているとあれば、その衝撃は大きい。
噂の真偽はともかく、王太子はたしかに公の場でカーテンリンゼの名を口にすることが増え、以前のような冷淡な態度は見せていないらしい。破談を通告したのは彼のほうだったはずだが、今になってこの態度の変化は何を意味するのか――。
人々の興味をひくのは無理もない。
カーテンリンゼ自身はそんな噂に耳を傾けることはほとんどなかった。いや、正確には耳にしてはいたが、それを“どうでもいい”と切り捨てていたのである。もう自分の道は決まっているし、愛を求めない契約結婚とはいえ、レオポルド公爵の妻となった今、王太子エドワルドの動向など気にする必要はない――そんな思いがあったからだ。
彼女は今まで通り、公爵夫人の役割をこなしつつ、館の管理や慈善事業の対応に従事していた。レオポルドと深く言葉を交わすことこそ多くはないが、少しずつ呼吸が合ってきたとも感じている。
ただ、時折胸をよぎるのは、夫が見せる“謎の気遣い”と、その裏にある強い独占欲。ほんの些細な場面で、彼の鋭い視線を感じる瞬間があるのだ。自分がほかの男性と話すとき、あるいは他家の招待に応じようとするとき――まるで、そこには冷たくも熱い執着が潜んでいるように思える。
(……気のせい、かしら)
いつもそう思い直して、深く考えないようにしていた。関係に波風を立てたくない――そう願う自分の心を、どこかで理解していたから。
だが、この静かな日常は、ある人物の“再来”によって破られることになる。王太子エドワルドだけではない。以前、カーテンリンゼを目当てに接近してきた貴族たちも、再び動き始めていた。
「公爵夫人に、改めて接触したい」――そう公言する者まで出てきたのだ。理由は各々違うだろう。純粋にカーテンリンゼの美しさを求める者もいれば、王太子から破談されたあとに“くすぶる名誉”を狙っている者もいる。あるいは、ヴァレンシュタイン公爵家という新興勢力に取り入ろうとする者も少なくなかった。
その思惑が入り乱れる中、彼らは王都のあちこちでカーテンリンゼの話題を持ち出し、まるで次の狙い目のように語り合う。知らぬ間に、カーテンリンゼは“新たな恋の標的”として祭り上げられつつあった。
――もちろん、当の彼女にとっては迷惑以外の何物でもない。そもそも、彼女は“夫以外の男性”に興味を抱かないし、ましてやそちらからアプローチを受け入れる義理もない。だが、こうした噂話は一旦火がつくと止められない。
そして、その炎に油を注ぐかのように、王太子エドワルドの行動が噂を加速させた。人前で「私はあのとき、彼女の真価を理解していなかった」「彼女は決して冷たいだけの女性ではない」などと語り、“やり直し”ともとれる言葉を口にしているという。
果たして彼は、自分の元婚約者を取り戻そうとしているのか、それともただの後悔なのか――。いずれにせよ、周囲は大きくざわつき始めていた。
カーテンリンゼは、そんな噂の洪水にほとほとうんざりしながらも、「何も変わらないわ」と自分に言い聞かせていた。契約結婚だろうと、今の夫はレオポルド公爵であり、あの男が夜の廊下をうろついてまで自分の状況を気遣ってくれる――そんな奇妙な日常を、どこかで心地よく感じている自分がいる。
しかし、心のどこかで不安の種が芽を出しそうになるのを、カーテンリンゼは押し殺す。表向きは平穏を保っているが、これから先、大きな嵐が来る予感が拭えない。そのとき自分はどうするのか、どうすればいいのか――答えはまだ見えないまま。
1
あなたにおすすめの小説
尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜
ともどーも
恋愛
「今回で最後だ。誓うよ」
これは二度目の『結婚式キャンセル』の時に言われた言葉。
四年間、愛する婚約者ディートリッヒのため尽くし続けてきたイリス。
だがディートリッヒは、イリスの献身を当然のものとし、やがて初恋の令嬢エレノアを優先するようになる。
裏切り、誤解、そして理不尽な糾弾。
心も身体も限界を迎えた夜、イリスは静かに決意した。
──もう、終わらせよう。
ディートリッヒが「脅しのつもり」で差し出した婚約解消の書類を、イリスは本当に提出してしまう。
すべてを失ってから、ようやく自分の愛に気づいたディートリッヒ。
しかしもう、イリスは振り返らない。
まだ完結まで執筆が終わっていません。
20話以降は不定期更新になります。
設定はゆるいです。
愛してくれないのなら愛しません。
火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。
二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。
案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。
そんなある日、ついに事件が起こる。
オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。
どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。
一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。
「君は強いから一人でも平気だろう?」と妹を優先する夫。~陶器の心を持つ私の完璧な微笑みに、夫が凍りつくまで~
水上
恋愛
努力と苦労の末、傾いた実家の窯業を立て直した伯爵令嬢アデライドに対し、夫は「君は強いから一人でも平気だろう?」と、いつも妹ばかりを甘やかした。
度重なる無神経さに、アデライドはついに見切りをつける。
「私が強いのではなく、あなたが私の弱さを無視し続けただけです」
水面下で着々と離縁の準備を進めていた彼女は、完璧な微笑みを残して屋敷を去った。
残されたのは、何もできない夫と、寄生することしか能のない家族。
影で支えていたアデライドを失った彼らが、生活と経営の両面で破滅していく様を描く、断罪の物語。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。
その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。
しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。
ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」
一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる──────
※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。
※※不貞行為の描写があります※※
※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる