王太子妃の器ではないと言われましたが、帝国の未来そのものでした

鍛高譚

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11話

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クラウスの溺愛と小さな戸惑い

 荷解きを簡単に終え、侍女たちと明日の打ち合わせをした後、フローラは少し部屋で休んでいた。長旅の疲れと、初めて見る皇宮に心が落ち着かないのとで、体がぐったりとしている。
 すると、ふと部屋の外で人の気配がした。どうやら侍女長がドアの向こうで誰かと言葉を交わしているらしい。しばらくして、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「フローラ様、失礼いたします。殿下がこちらにいらっしゃいましたが、いかがなさいますか?」
「えっ、クラウス様が……?」
 まさかこんなに早く姿を見せるとは思っていなかった。フローラは慌てて髪や服装を整えようとするが、さほど乱れていないはずなのに心はバタバタと落ち着かない。
「……その……もちろん、お通しください」
 戸惑いつつ返事をすると、扉が開いてクラウスが入ってくる。今日は騎乗用の装備から軽装に着替えているらしく、先ほどまでの武骨な雰囲気はなく、皇太子としての洗練が際立っている。
「よ。部屋の様子はどうだ? 気に入らなかったら、すぐに言えよ」
「い、いえ、とても……とても素敵な部屋です。ありがとうございます」
 フローラは思わず深々と頭を下げる。すると、クラウスはその仕草を苦々しく思ったのか、眉をひそめた。
「そんなに畏まるな。俺はお前の主人でも支配者でもない。……『殿下』呼びも、慣れないなら止めてもいいんだぞ?」
「で、でも……」
 王国では、王太子に対して正しく敬称を使わなければ厳しく叱責されるのが当然だった。だからこそ、クラウスの言うように「呼び捨て」など考えられない。
 彼の気遣いは嬉しい反面、王国で培われた常識が染みついているフローラには、なかなか実践できないのが本音だ。
 そんな彼女の葛藤を察したのか、クラウスは軽く肩をすくめた。
「まあ、無理に呼び方を変えろとは言わないさ。そのうち慣れたら呼び方を変えればいい。――それより、体調はどうだ? 旅の疲れもあるだろうし、何か不便はないか?」
「ご心配ありがとうございます。疲れは少し残っていますが、部屋でゆっくり休めたので、だいぶ楽になりました」
 フローラの答えを聞いて、クラウスは満足げにうなずく。
「そうか。ならよかった。……そうだ、夕食の時間になったら、俺が迎えに来る。せっかくだから、皇宮の食堂まで一緒に歩こうと思ってな。お前も少しは宮殿の様子を知っておいたほうがいいだろう?」
「あ……ありがとうございます」
 そこまで気遣われると思っていなかったフローラは、恐縮しつつも嬉しさがこみ上げる。皇宮は広大で迷いやすそうだし、何よりクラウスの隣を歩いていると、なぜか安心できるのだ。
 しかし、その感情にふと戸惑いが生まれる。王国では、アルベルトに会うたびに憂鬱な気分になったものだが、今こうしている自分は明らかに違う。
(私……クラウス様といると、こんなにも落ち着くんだわ……)
 まるで、長年の孤独を少しずつ癒やしてもらえるような、不思議な感覚。敵国の皇太子なのに――と自分を戒めても、心のどこかで安堵しているのがわかる。
 クラウスはそんなフローラの表情をじっと見つめ、くつくつと小さく笑った。
「何だ、変な顔して。ほら、もう少し肩の力を抜け。ここはお前を虐げるような場所じゃない。むしろ、歓迎する者ばかりだと思うぞ?」
「……はい。ありがとうございます」
 答える声が少し震えるのは、嬉しさと戸惑いが混ざっているからだ。けれど、その震えを上回るほどの安らぎを、フローラは感じ始めていた。
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