「王妃の座? 要りませんわ。――私が欲しいのは“真実”だけ」

鍛高譚

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1‑4 決意:優雅なる宣戦布告

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1‑4 決意:優雅なる宣戦布告

 夜明け前――。エラント侯爵邸の東翼にある私室では、燭台の炎がゆらめき、長い影が壁を滑っていた。
 セシリアは鏡台の前に立ち、ゆっくりと髪を梳く。
 漆黒の絹糸を束ねるたび、胸元のペンダントに嵌めた〈真実結晶〉が淡金色に脈打ち、瞳に宿る光を揺らす。

 「悪役令嬢らしい夜更かしね」
 戸口に現れたのは腹心の老執事レオポルド。銀盆の上には蒸気を立てる濃茶と、一通の封筒。
 「ご要望の手配、完了いたしました。王都有力紙《王家報》、そして瓦版《月下通信》の編集長が、今日正午に広報館で“記者会見”を開くとのこと。告知見出しは――」

 セシリアは髪飾りを挿し終え、椅子に腰掛けると封筒を受け取った。
 『悪役令嬢、禁呪研究で王位を狙う? 本日正午、自ら真相を語る!』
 血の匂いさえ立ちのぼりそうな大仰な書体。噂は刃、しかし刃は両刃。握るのが王家か自分か――その違いが勝敗を決める。

 「派手すぎるくらいで丁度いいわ。民衆は毒を甘い蜜酒で飲み込むものだから」
 カップに口を寄せながら、セシリアは微笑んだ。芳醇な香が舌を包み、喉を熱く通り抜ける。
 「“王妃の座を狙う悪女”という物語を、私自身が語り尽くしてあげるの。真実を混ぜた毒は、誰より深く彼らの心に沈むわ」

 レオポルドが眉を動かす。
 「陛下はご出席の報にございませんが……王太子殿下とレオノーラ殿は、そろって参列を決められたそうです」
 「ええ。“エラを守る誠実な王子”を演出したいのでしょう。こちらにとっては好都合。獲物は、一か所に集めた方が捌きやすいのだから」

 セシリアは立ち上がり、衣桁に掛けられた新調のドレスへ手を伸ばす。
 深紅でも漆黒でもない――夜明けの空を溶かしたような葡萄染め。
 「今日は“悔い改めた悪役令嬢”の御披露目よ。控えめな色を選んだつもりだけれど、胸元は思いきり開けましょう。視線を釘付けにするのが礼儀でしょう?」
 「お嬢様はいつでも舞台の中心に立たれる」
 「違うわ。私は舞台装置そのものになるの――役者はあくまで王子とエラ。私は幕引きの瞬間だけ、ほんの少し拍手をいただければ十分」

 レオポルドが小さく笑った。
 「では、演目の最終幕に備え、私も雑務を整えておきましょう。侯爵家の資金移動は完了済み。加えて、商人ギルドから“匿名の恩人”への公開謝辞を午後に発行させます」
 「ありがとう。民衆の掌はくるくる返るけれど、恩は帳簿に残るものだから」

      * * *

 正午、広報館前。春先の風はまだ冷たいが、広場は記者と市民で埋め尽くされていた。
 「悪役令嬢が自白するらしい」「処刑よ処刑」「王太子殿下が来られるって」
 罵声と好奇心が混ざる中、石造りの階段にセシリアが現れた瞬間、ざわめきは風向きを変えた。

 葡萄染めのドレスは陽光を吸い、胸元のペンダントが眩い閃光を散らす。
 エラは王太子の腕に縋り、純白のパラソルで顔を半ば隠している。だが周囲の目は否応なくセシリアへ注がれる。
 悪女のはずが、何故こんなにも気高く美しいのか――。

 王太子が声を張り上げた。
 「本日、この場で悪逆非道の真実を明らかにする! エラを守るため、余はあらゆる手を尽くす所存だ!」
 拍手がまばらに起こる。セシリアはひときわ高い壇上へ進んだ。記者たちの羽根ペンがざわりと震え、魔力録音球が赤く灯る。

 「皆様。本日はこの“悪役令嬢”の戯言に、貴重なお時間を割いていただき感謝いたしますわ」
 ゆったりと一礼し、微笑む。群衆は先程までの罵声を忘れたかのように静まり返った。
 「私は確かに、王太子殿下の婚約者でありながら、舞踏会で他の令嬢を欺き――と噂されております。ですけれど真実を語る前に、一つだけ確認させてくださいね?」

 セシリアは胸元のペンダントを外し、高く掲げた。
 淡金の光がまるで鐘の音のように波紋を描き、誰もが息を呑む。

 「これは〈封緘結晶〉。ガラスの靴が“最初に記録した”持ち主のマナ署名――すなわち、真実のシンデレラを示します」
 ざわめきが火花となり爆ぜる。王太子が顔を強張らせ、エラが青ざめる。

 「私はここに宣言いたしますわ。王妃の座も、殿下の愛も要りません。ただ《真実》と《法》を取り戻すため、この結晶を王家に返却し、照合儀式の正式施行を求めます」
 セシリアは声を張り上げ、群衆を見渡した。
 「拒む理由はございませんわね? 正しき王家であれば」

 王太子は言葉を失ったままエラを守るように一歩引く。レオノーラは険しい笑みを浮かべ、背後の侍従に命じて何かを耳打ちさせた――が、その動きすら群衆の目にさらされる。

 セシリアは踵を返し、最後に小さく囁く。
 「――さあ、おとぎ話はここで終わりよ。これから先は、歴史の授業を始めましょう」

 階段を下りる彼女の背に、怒号も、驚嘆も、抑えきれない喝采も混ざり合う。
 王都の空には雲が割れ、一条の光が差し込んだ。
 “悪役令嬢”は己の影を踏みしめ、優雅に宣戦を布告する――次章、真実の舞踏会へ向け、幕は高らかに上がった。

                              

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