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第4章 ざまぁ! そして溺愛の未来へ
23話
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最後の“面会”
それから一週間ほど経ち、ガイウスは正式に貴族会議の場で「公爵位の剥奪、および領地の管理権喪失」の決定を下される。エヴァンティア家の資産は没収され、多くの使用人が路頭に迷うことになった。
王宮での取り調べを終えたガイウスは、一時的に自邸へ戻った後、近々別の屋敷か、あるいは地方へ流刑のような形で移送されるらしい――そんな噂が飛び交う。
そんなある日、シュヴァルツ邸に一本の連絡が入った。驚くべきことに“ガイウス本人”が面会を求めているという。
当然、アレクシスは「そんなもの会う必要はない」と取り合わなかったが、リゼットが思い直す。「お母様にも直接謝罪すらしていないでしょうし、私もあの人に言いたいことがある」と言って譲らなかったのだ。
「リゼット、本当にいいのか? あの男に情をかける必要はない」
「わかっています。でも、これで最後になります。もう二度と会うことはないと思うから……」
そう言い切るリゼットの瞳には、迷いがない。アレクシスはしばし無言で見つめたのち、渋々了承した。
翌日、シュヴァルツ邸の客間。
ガイウスはまるで別人のようにやつれきった顔で座っていた。以前のような尊大な態度はなく、しきりに周囲をうかがいながら落ち着かない様子だ。
ドアを開けてリゼットが入ると、彼は目を見張る。愛娘の晴れやかな美貌は、もはや“公爵家の人形”だった頃とは違う輝きを放っているように見えたのだろう。
「父様……久しぶりね」
リゼットが控えめに挨拶すると、ガイウスは唇を震わせながら答える。
「リ、リゼット……。お前、元気そう……だな。ここでの暮らしはどうだ……?」
「ええ、とても幸せです。アレクシス様が私を大切にしてくれるから」
その答えに、ガイウスはどこか複雑そうな表情を浮かべ、息を呑む。しかし、すぐに何かを思い出したかのように険しい顔に戻り、早口でまくし立てる。
「リゼット……わたしは、お前のことを思って……いや、家のためにやむを得ない手段を使ったのだ。破棄の噂を流したのも、本当にお前を奪われたくなかったから……」
「そうやって、まだ嘘をつくの? 父様が私を“奪われたくない”なんて言い出すのはおかしいわ。実際には、もっと有利な縁組を探していただけでしょう? 私の幸せより、自分の保身を優先したくせに」
静かな口調だが、その声には怒りと哀しみが交錯している。ガイウスは言葉に詰まり、一瞬だけ目を伏せる。
「……わたしも、どうすればよかったのか……。シュヴァルツ家があまりに強大になりすぎるのが怖くなった。それに、あの侯爵は冷酷だという噂も多く、お前が辛い目に遭うのではと……」
「なら、私にちゃんと向き合えばよかった。挙式前に本音を聞くとか、アレクシス様がどんな人か一緒に確かめるとか、やり方はいくらでもあったはずです。でも、父様は自分が不正をしたツケを、私の結婚でチャラにしようとした。そこに愛情なんてなかったじゃないですか」
リゼットが感情を抑えつつ言い切ると、ガイウスは完全に反論を失い、消沈したように肩を落とす。
「……そうか。お前には見抜かれているんだな。わたしは……ああ、もう今さら何を言っても遅い。公爵位も領地も奪われ、わたしには何も残っていない。妻のマリアまでここへ来たと聞いた。あの人も……もう、わたしを見限ったのだろう」
「当然でしょう。あなたがこれまでしてきたことを考えれば」
ビクリと身を震わせるガイウスに対し、リゼットはもう一度だけ息を吐き、言い聞かせるように言う。
「父様、これで最後です。もう二度と会わないでしょう。私は……あなたの娘であることを、誇らしく思ったこともありました。でも、あなたは私の気持ちを踏みにじり、最後まで“家のため”と言い訳を続けた。もう、そんなあなたとは関係を絶ちます」
父の表情には絶望と後悔、そして未練が色濃くにじんでいる。だが、リゼットの心は決まっていた。これまで我慢してきた分、もう十分だ。今さら泣きつかれても、彼女が戻る場所はシュヴァルツ家であり、アレクシスの隣しかない。
最後にガイウスは、弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「リゼット……すまなかった。……もし、もしもだ。お前がわたしに……少しでも情けをかけてくれるなら、力を貸してくれないか。わたしはまだ“公爵”に戻れるかもしれない。お前はシュヴァルツ家の当主夫人だ。アレクシスに口添えしてもらえば、どうにか……」
リゼットははっきりと首を横に振る。
「いいえ。そのような考えは捨ててください。アレクシス様に、あなたを許す理由などありません。私にだってありません。――さようなら、父様」
言い終えると、リゼットは踵を返し、扉へ向かう。そこに、アレクシスがちょうど立っていた。彼は微かにリゼットの方へ手を伸ばし、静かに肩を抱いてくれる。
リゼットは父に背を向けたまま、小さな声で言った。
「……どうか、お元気で。これが、娘としての最後の言葉です」
それきり、ガイウスとリゼットの間に会話はない。部屋を出た瞬間、リゼットは深く息を吸い、アレクシスの腕にそっと寄りかかった。
「……辛かったですね。すみません、あなたにもこんな場面を見せてしまって」
リゼットが謝罪すると、アレクシスは短く首を振る。
「謝ることはない。むしろ、よく耐えたな。これで本当に、すべてが終わりだ」
あの父がどうなるかは分からない。おそらく処罰を受け、領地を取り上げられたうえでどこか辺鄙な土地へ流されるだろう。二度と王宮に戻ってくることはないかもしれない。
けれどリゼットは、これでよかったと思う。父の不正を見逃してでも“家”を守りたいとは思わなかった。アレクシスが自分を“愛する妻”として扱ってくれるこの環境こそが、もう一つの“家”なのだから。
それから一週間ほど経ち、ガイウスは正式に貴族会議の場で「公爵位の剥奪、および領地の管理権喪失」の決定を下される。エヴァンティア家の資産は没収され、多くの使用人が路頭に迷うことになった。
王宮での取り調べを終えたガイウスは、一時的に自邸へ戻った後、近々別の屋敷か、あるいは地方へ流刑のような形で移送されるらしい――そんな噂が飛び交う。
そんなある日、シュヴァルツ邸に一本の連絡が入った。驚くべきことに“ガイウス本人”が面会を求めているという。
当然、アレクシスは「そんなもの会う必要はない」と取り合わなかったが、リゼットが思い直す。「お母様にも直接謝罪すらしていないでしょうし、私もあの人に言いたいことがある」と言って譲らなかったのだ。
「リゼット、本当にいいのか? あの男に情をかける必要はない」
「わかっています。でも、これで最後になります。もう二度と会うことはないと思うから……」
そう言い切るリゼットの瞳には、迷いがない。アレクシスはしばし無言で見つめたのち、渋々了承した。
翌日、シュヴァルツ邸の客間。
ガイウスはまるで別人のようにやつれきった顔で座っていた。以前のような尊大な態度はなく、しきりに周囲をうかがいながら落ち着かない様子だ。
ドアを開けてリゼットが入ると、彼は目を見張る。愛娘の晴れやかな美貌は、もはや“公爵家の人形”だった頃とは違う輝きを放っているように見えたのだろう。
「父様……久しぶりね」
リゼットが控えめに挨拶すると、ガイウスは唇を震わせながら答える。
「リ、リゼット……。お前、元気そう……だな。ここでの暮らしはどうだ……?」
「ええ、とても幸せです。アレクシス様が私を大切にしてくれるから」
その答えに、ガイウスはどこか複雑そうな表情を浮かべ、息を呑む。しかし、すぐに何かを思い出したかのように険しい顔に戻り、早口でまくし立てる。
「リゼット……わたしは、お前のことを思って……いや、家のためにやむを得ない手段を使ったのだ。破棄の噂を流したのも、本当にお前を奪われたくなかったから……」
「そうやって、まだ嘘をつくの? 父様が私を“奪われたくない”なんて言い出すのはおかしいわ。実際には、もっと有利な縁組を探していただけでしょう? 私の幸せより、自分の保身を優先したくせに」
静かな口調だが、その声には怒りと哀しみが交錯している。ガイウスは言葉に詰まり、一瞬だけ目を伏せる。
「……わたしも、どうすればよかったのか……。シュヴァルツ家があまりに強大になりすぎるのが怖くなった。それに、あの侯爵は冷酷だという噂も多く、お前が辛い目に遭うのではと……」
「なら、私にちゃんと向き合えばよかった。挙式前に本音を聞くとか、アレクシス様がどんな人か一緒に確かめるとか、やり方はいくらでもあったはずです。でも、父様は自分が不正をしたツケを、私の結婚でチャラにしようとした。そこに愛情なんてなかったじゃないですか」
リゼットが感情を抑えつつ言い切ると、ガイウスは完全に反論を失い、消沈したように肩を落とす。
「……そうか。お前には見抜かれているんだな。わたしは……ああ、もう今さら何を言っても遅い。公爵位も領地も奪われ、わたしには何も残っていない。妻のマリアまでここへ来たと聞いた。あの人も……もう、わたしを見限ったのだろう」
「当然でしょう。あなたがこれまでしてきたことを考えれば」
ビクリと身を震わせるガイウスに対し、リゼットはもう一度だけ息を吐き、言い聞かせるように言う。
「父様、これで最後です。もう二度と会わないでしょう。私は……あなたの娘であることを、誇らしく思ったこともありました。でも、あなたは私の気持ちを踏みにじり、最後まで“家のため”と言い訳を続けた。もう、そんなあなたとは関係を絶ちます」
父の表情には絶望と後悔、そして未練が色濃くにじんでいる。だが、リゼットの心は決まっていた。これまで我慢してきた分、もう十分だ。今さら泣きつかれても、彼女が戻る場所はシュヴァルツ家であり、アレクシスの隣しかない。
最後にガイウスは、弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「リゼット……すまなかった。……もし、もしもだ。お前がわたしに……少しでも情けをかけてくれるなら、力を貸してくれないか。わたしはまだ“公爵”に戻れるかもしれない。お前はシュヴァルツ家の当主夫人だ。アレクシスに口添えしてもらえば、どうにか……」
リゼットははっきりと首を横に振る。
「いいえ。そのような考えは捨ててください。アレクシス様に、あなたを許す理由などありません。私にだってありません。――さようなら、父様」
言い終えると、リゼットは踵を返し、扉へ向かう。そこに、アレクシスがちょうど立っていた。彼は微かにリゼットの方へ手を伸ばし、静かに肩を抱いてくれる。
リゼットは父に背を向けたまま、小さな声で言った。
「……どうか、お元気で。これが、娘としての最後の言葉です」
それきり、ガイウスとリゼットの間に会話はない。部屋を出た瞬間、リゼットは深く息を吸い、アレクシスの腕にそっと寄りかかった。
「……辛かったですね。すみません、あなたにもこんな場面を見せてしまって」
リゼットが謝罪すると、アレクシスは短く首を振る。
「謝ることはない。むしろ、よく耐えたな。これで本当に、すべてが終わりだ」
あの父がどうなるかは分からない。おそらく処罰を受け、領地を取り上げられたうえでどこか辺鄙な土地へ流されるだろう。二度と王宮に戻ってくることはないかもしれない。
けれどリゼットは、これでよかったと思う。父の不正を見逃してでも“家”を守りたいとは思わなかった。アレクシスが自分を“愛する妻”として扱ってくれるこの環境こそが、もう一つの“家”なのだから。
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