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第3章:王太子との再会
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しおりを挟むそんなこんなで市場の見学も終盤に差し掛かり、シェラとアレストは街の中心広場へ足を運ぶ。さまざまな屋台や露店が連なり、ちょうど大道芸のような催しが行われているようだ。子供から大人まで大勢が集まり、笑顔であふれるその光景に、アレストの表情もまた和らぐ。
「いいですね……こういう光景を見ると、国が平和だと実感できます。みんなが笑顔で過ごせるようにするのが、私の使命だと改めて思いますよ」
シェラは隣でそっと微笑み返す。王太子としての責務を強く感じているアレストは、飾りだけの権力者とは違う。自分の言葉を持ち、未来を考え、行動する人だ――それがシェラの率直な印象だった。
「シェラ様も、この広場に来られたことはありますか?」
「ええ、そうですね。最近は領地視察が中心だったのでなかなか来られませんでしたけど、幼い頃はよく家族や友人と遊びに来ました。こうしていろんな人が集まって、笑い声が絶えない場所……私も好きなんです」
しばし二人で風景に見入っていると、突然、一角から子供の泣き声が聞こえた。見ると、幼い男の子が転んでしまったらしく、周囲の大人が心配そうに駆け寄っている。どうやら膝をすりむいてしまったらしい。
シェラは昔の自分を重ねてしまい、思わず駆け寄る。転んだ子供を見ると、自分のハンカチを取り出して膝の汚れをそっと拭った。アレストも一緒に駆け寄り、騎士の一人に薬を頼むように指示を出す。
男の子は顔をぐしゃぐしゃにして泣いているが、「痛い痛い」と訴えながらも、アレストが差し伸べる手当ての薬に興味を示したのか、少し落ち着きを取り戻す。シェラがやさしく声をかける。
「大丈夫よ。ちょっと痛かったけど、傷は浅いみたいだから、これですぐに良くなるわ。ほら、頑張ったね」
子供は涙目のまま、こくりと頷く。周囲の大人たちが「すみません、お嬢様」「王太子殿下、ご迷惑を……」と恐縮するが、アレストは「気にしないでください。誰しも怪我くらいしますよ」と笑って応じる。
こうして少しのアクシデントはあったものの、王太子の視察は終始和やかな雰囲気で進んだ。そして日が暮れ始めた頃、アレストは再び侯爵家の屋敷へと戻る。その道中、馬車の中で彼はシェラに礼を述べた。
「今日は本当に充実した視察になりました。これもシェラ様のおかげです。あなたがいなければ、ここまで詳しい話は聞けなかったかもしれません」
「とんでもありません。私なんて何もしていません。皆さんの声を聞いただけで……」
「いいえ、あなたは自分の言葉で、領地の現状をしっかりと伝えてくれました。誰にでもできることではありません。私も、大いに参考になりましたよ」
その言葉に、シェラは嬉しさと照れ臭さが入り混じったような感情を覚える。そして同時に、「もし私がずっとアレクシスの婚約者のままでいたら、こんな経験はできなかったかもしれない」とさえ思った。辛い過去を経てこそ見える景色もあるのだ、と。
やがて馬車は屋敷へ着き、アレストは夜の晩餐に招かれていた。大広間には多くの料理が並び、侯爵夫妻が王太子をもてなそうと準備を整えている。シェラも同行し、テーブルで話を交わすこととなった。
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晩餐の席では、公的な場である以上、父が主にアレストとの会話を進める。国政の話や領地の経営方針など、やや固い話題が続くが、時おりアレストがシェラに言葉を振ってくれるおかげで、ぎこちなさは和らいでいた。
母も上品に微笑みを絶やさず、「先日は大変申し訳ございませんでした。公爵家との件で娘がスキャンダルに巻き込まれてしまい……」と切り出す。やはり婚約破棄の騒ぎは王宮にも届いているようで、アレストは「お気になさらず。私はシェラ様を高く評価しています」と静かに返した。
その一言で、母はほっとした表情を浮かべる。シェラも心の奥で安堵を感じると同時に、アレストへの信頼がさらに深まるのを覚えた。
しかし、食事がひと段落した頃、ふいに屋敷の外が騒がしくなった。廊下を走る足音が聞こえ、執事が慌てた様子で大広間に駆け込んでくる。
「し、失礼いたします! 侯爵様、大変です……公爵家のアレクシス様が、この屋敷を訪れております。しかも、だいぶ荒れたご様子で……」
「アレクシスが……? なぜこのタイミングで……」
父が不快そうに顔をしかめる。アレストがここに滞在していることを聞きつけ、何か用があって押しかけてきたのか。あるいはミレイアが何か吹き込んだのかもしれない――嫌な予感が駆け巡る。
すると程なくして、大広間の扉が荒々しく開け放たれた。そこには、酒の匂いさえ感じさせるような乱れた様子のアレクシスが立っている。いつもは取り繕っている端整な容姿が台無しになるほどの形相だ。
彼はまっすぐシェラを睨みつけると、低い声で言い放った。
「シェラ……お前は、俺を見捨てるのか。勝手に王太子と一緒に行動して、何を企んでいる……?」
まるで当たり散らすような口調。晩餐に同席していた使用人たちは一斉にたじろぎ、母は思わず口元を押さえる。アレストは席を立ち上がり、静かな怒りを含んだ視線でアレクシスを見る。
この瞬間、シェラの胸に燃え上がったのは、恐怖ではなく強烈な嫌悪感と怒りだった。――裏切ったのはそちらなのに、なぜ今さら「見捨てる」という言葉で責められなければならないのか。
晩餐の場は一気に緊迫する。王太子アレスト、そしてシェラとアレクシスの三人が一堂に会し、火花が散るような空気が漂う。この先に待ち受けるのは、さらなる混乱か、それとも……。
息を呑むような沈黙のなか、シェラは意を決して立ち上がる。自らの意志で裏切りを許さないと宣言する時が来たのだ――これが、婚約破棄の真の「ざまあ」となるかもしれない。
周囲の視線が集中し、夕餉の席は一瞬にして修羅場と化す。王太子アレストの存在がどう影響するのか。アレクシスとシェラは、ここで何を語り合うのか――。
そうして、シェラの運命の歯車が、さらに大きく回り出そうとしていた。
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