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第2章:新たな出会いと再起
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しおりを挟むやがて夕方、再び馬車に揺られながら帰路へつく頃には、シェラは心地よい疲労感に包まれていた。婚約破棄のショックはまだ消えてはいないが、その思いを紛らわせるように一日を駆け回った結果、多少なりとも前向きな気力を得られたと言えるかもしれない。
そして、シェラは窓の外に広がる夕陽を見つめながら、ふと遠い昔の思い出に触れる。――そういえば、幼い頃、一度だけここで偶然に出会った少年がいた。名前は確か……アレスト、といっただろうか。
あれはまだシェラが十歳くらいのとき。父に連れられて領地を回っていた最中、ちょっと目を離したすきに森の奥へ迷い込んでしまった。そこで転んで足を痛め、途方に暮れていたシェラを助けてくれたのが、金色の髪をした少年――アレストだった。
アレストは当時からどこか気品があり、年上の子供とは思えない落ち着きを持っていた。彼はシェラを背負って森から抜け出し、侯爵家の従者に引き合わせてくれたのだ。何度もお礼を言おうとしたが、彼はわずかに微笑んで首を振ると、どこへともなく去っていった。
後日、その少年が王太子――すなわちこの国の第一王子であると噂で耳にしたときは驚いた。あのときは、なぜ王太子がこんな辺境の森にいたのか、詳細はわからない。ただ、シェラの中では「王太子アレスト=金色の髪の少年」という記憶が鮮烈に残っている。
――結局、それ以来彼に会うことはなかった。社交界で名前を見かけることはあっても、実際に話をする機会はなかったから。
そんなことを思い出しているうちに、馬車は屋敷に到着する。城下に近い豪壮な建物を背に、使用人たちが出迎えてくれた。シェラはほっと息を吐き、やや疲れた体を引きずるようにして玄関へと向かう。
そこへ、妙に晴れやかな表情をしたミレイアが姿を現した。華やかなオレンジのドレスをまとい、きらびやかな宝石をさりげなく身に着けている。いつものこととはいえ、何とも浮かれた雰囲気だ。だが、彼女がその装いで待ち伏せでもするように玄関ホールに立っているのを見ると、嫌な予感しかしない。
「ごきげんよう、シェラ。領地視察とやら、ご苦労様ね。こんな日にわざわざ泥臭い仕事なんて、ご立派だわ」 心底皮肉めいた声に、シェラは軽く溜息をついた。彼女が何を言わんとしているのかは、だいたい察しがつく。しかし、ここで感情を爆発させても意味がない。
「ええ、私には大切な使命だから。……それで何か用?」 シェラが極力冷静に応じると、ミレイアは不敵な笑みを浮かべる。 「そうね、わざわざ知らせようか迷ったのだけれど……アレクシス様とのことで、話があるから明日、私の部屋に来てちょうだいな。時間はあなたの都合に合わせるわ」
名前を聞くだけで心が痛む。だが、ミレイアの誘いに乗らず無視するわけにもいかない。シェラは苦い表情を隠せないまま、わずかに首を縦に振る。 「……わかったわ。明日、伺う」 「ああ、そう。それでいいわ。では、またね」
まるで勝者が敗者に通告をするような態度。婚約破棄を勝ち取った喜びを隠しもせずに、あからさまに見せつけてくる。悔しいが、この場でどうこう言っても仕方がない。シェラは足早にその場を立ち去り、深い息をつく。
視察で少しだけ晴れやかになった気持ちが、またどんよりと曇り始めているのを感じてしまう。
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