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第4章:新たな幸せ
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晩餐の中断後、アレクシスは翌朝に公爵家の従者たちによって連れ戻されていった。一晩の間に、彼が頭を冷やすことはなかったらしく、明け方まで執事たちが対応に追われていたという。それを尻目に、王太子アレストは早朝から侯爵家の庭を散策していた。
朝靄の立ちこめる庭園の奥――シェラが花の様子を確認しようと向かった先で、彼女は偶然アレストの姿を見つける。小鳥のさえずりと、まだうっすらとした朝日の光が差し込む中、アレストは緑の芝生を見つめながら何か考え込んでいるようだった。
「あ……おはようございます、殿下。こんな朝早くに申し訳ありません、何かご用でしょうか」
遠慮がちに声をかけると、アレストは穏やかな笑みを浮かべて振り返る。
「いえ、私こそ勝手に散策していました。夜が明ける頃、この庭の花が一斉に開き始めるそうですね。噂で聞いていたので見に来ていたのですが……」
シェラが立ち止まると、朝露をまとった花々が、紫から淡紅色へ、あるいは白から薄緑へと移り変わっていく瞬間が視界に入る。まるで夜から朝への移ろいを告げるかのように、庭園がゆっくりと目覚めているようだ。
その神秘的な光景に、二人はしばし魅了される。アレストの横顔をそっと盗み見ると、金色の髪が朝の光を受けて淡く輝き、どこか神々しくさえ感じられる。
「美しい……ですね。まるで、新しい始まりを祝福しているみたい」
シェラがそう呟くと、アレストは「ええ、本当に」と頷く。その場の空気が柔らかく溶け合い、昨夜の一件で荒んだ心が癒やされていくのを感じる。
「それにしても、アレクシス殿のことは大変でしたね」
ふいにアレストが切り出す。シェラは微かに目を伏せる。
「はい……でも、もう吹っ切れました。むしろ、あれほど露骨に本性を見せられてよかったと思っています。これで迷いなく、次へ進めますから」
シェラの言葉に、アレストはわずかに笑みを深める。
「あなたは強い方ですね。困難にあっても、たじろがずに立ち向かっているように見えます。もっとも、その強さが得られるまでに、どれほどの涙を流したのか……私には想像しかできませんが」
その言葉は、心の奥を見透かされているようで、シェラは思わず胸が熱くなる。確かに、強いというより、泣いて、傷ついて、悔しさを噛み締めながら、それでも立ち上がるしかなかったのだ。けれど、アレストはそんな彼女の弱さや傷にも寄り添おうとしてくれている――それが分かるだけで、シェラは救われる思いだった。
やや感極まりかけた自分を落ち着かせるように、一度呼吸を整えてからシェラは言葉を探す。
「アレスト殿下。私……改めて、領地経営を一から勉強し直そうと思います。父や母を助け、家や領民を守るために。それが、私が生きる意味だと感じられるようになったんです」
すると、アレストは優しい表情のまま大きく頷いた。
「素晴らしい志だと思います。国にとっても、あなたのように真摯に領地を見つめる貴族は貴重です。私も、微力ながらあなたをサポートできるよう尽力したいと考えています」
どこか固い言い回しであるにもかかわらず、その瞳は柔らかくシェラを見つめている。心臓がドキリと高鳴るのを感じ、シェラはわずかに視線をそらした。――自分は今、王太子に惹かれているのだろうか。それとも、憧れに近い気持ちなのか……どちらにせよ、かつてのアレクシスに抱いた思いよりずっと大きい。そんな気がする。
朝靄が薄れ、日差しが強まるにつれて、庭園はさらに鮮やかさを増していく。アレストとシェラは並んでゆっくりと歩を進め、その美しい光景を分かち合いながら、一つひとつ言葉を交わしていた。
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朝靄の立ちこめる庭園の奥――シェラが花の様子を確認しようと向かった先で、彼女は偶然アレストの姿を見つける。小鳥のさえずりと、まだうっすらとした朝日の光が差し込む中、アレストは緑の芝生を見つめながら何か考え込んでいるようだった。
「あ……おはようございます、殿下。こんな朝早くに申し訳ありません、何かご用でしょうか」
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シェラがそう呟くと、アレストは「ええ、本当に」と頷く。その場の空気が柔らかく溶け合い、昨夜の一件で荒んだ心が癒やされていくのを感じる。
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ふいにアレストが切り出す。シェラは微かに目を伏せる。
「はい……でも、もう吹っ切れました。むしろ、あれほど露骨に本性を見せられてよかったと思っています。これで迷いなく、次へ進めますから」
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「あなたは強い方ですね。困難にあっても、たじろがずに立ち向かっているように見えます。もっとも、その強さが得られるまでに、どれほどの涙を流したのか……私には想像しかできませんが」
その言葉は、心の奥を見透かされているようで、シェラは思わず胸が熱くなる。確かに、強いというより、泣いて、傷ついて、悔しさを噛み締めながら、それでも立ち上がるしかなかったのだ。けれど、アレストはそんな彼女の弱さや傷にも寄り添おうとしてくれている――それが分かるだけで、シェラは救われる思いだった。
やや感極まりかけた自分を落ち着かせるように、一度呼吸を整えてからシェラは言葉を探す。
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すると、アレストは優しい表情のまま大きく頷いた。
「素晴らしい志だと思います。国にとっても、あなたのように真摯に領地を見つめる貴族は貴重です。私も、微力ながらあなたをサポートできるよう尽力したいと考えています」
どこか固い言い回しであるにもかかわらず、その瞳は柔らかくシェラを見つめている。心臓がドキリと高鳴るのを感じ、シェラはわずかに視線をそらした。――自分は今、王太子に惹かれているのだろうか。それとも、憧れに近い気持ちなのか……どちらにせよ、かつてのアレクシスに抱いた思いよりずっと大きい。そんな気がする。
朝靄が薄れ、日差しが強まるにつれて、庭園はさらに鮮やかさを増していく。アレストとシェラは並んでゆっくりと歩を進め、その美しい光景を分かち合いながら、一つひとつ言葉を交わしていた。
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