白い結婚でしたので、裏切り夫とはお別れいたします

鍛高譚

文字の大きさ
1 / 35
第1章:求められた結婚のはずが

1話

しおりを挟む
私の名前はクレア・ローランド。
 王国有数の名門貴族、ローランド公爵家の令嬢として生まれた。家の伝統と格式はとてつもなく重く、それは幼少期から私を取り巻いていた世界に大きな影響を与えていた。しかし、そんな環境を重荷と感じたことは一度もない。どこへ行っても憧れのまなざしを向けられ、周囲の誰もが私に敬意を払ってくれる。もちろん、それには公爵家としての誇りや立場を示すための厳しい作法や勉学が日々課せられていたが、私はそれを自然に受け入れていた。むしろ、幼い頃からの躾は、私にとって当たり前の習慣となっていたのだ。
 髪を結い上げる召使いの手のやさしさ、朝食のために用意される銀のカトラリーの光沢、食卓には常に最高級の茶葉で淹れられた紅茶——。日常のすべてが『公爵家の令嬢』という身分にふさわしいものであり、私はそこに何の違和感も持たなかった。それはまるで、何百年も前から変わらぬ風景の中に自分が溶け込んでいるかのような感覚でもあった。

 私の父はローランド公爵。王国の政治に深く関わり、王家からも強い信頼を得ている人物であり、同時に騎士団を支援する最高顧問の一人でもあった。ローランド公爵は、その冷静な判断力と公平な人柄で慕われており、特に騎士団の若手を育成する面においては右に出る者がいないほど手腕を発揮している。
 母もまた、気品と優雅さを兼ね備えた女性であり、王族主催の舞踏会などでは常に一目置かれる存在だった。そんな両親のもとで育った私は、当然ながら自分も将来は王家や貴族社会で重要な役割を担うのだろうと信じて疑わなかった。実際、私は幼い頃から父の仕事ぶりを少しでも学ぼうと、隙があれば執務室に顔を出しては、訪問者とのやりとりや、書類の扱い方などを興味深く見ていたものだ。
 そして私が十代の頃になると、自然と「この家の令嬢にはふさわしい結婚相手を見つけなくてはならない」という空気が周囲から流れ始めた。自分で言うのも憚られるが、それなりに恵まれた容姿もあってか、いくつもの家から縁談の話が舞い込んだ。けれど、どの縁談も私の心を揺さぶるものではなく、なんとなく“決め手”を感じられなかった。そのたびに両親は「焦る必要はないわ」「本当に納得できる相手を見つけることが大切よ」と言って、私の気持ちを尊重してくれた。
 私自身も、ただ家同士の打算や利害関係だけで結婚するような形は避けたいと思っていた。もちろん貴族社会では政略結婚は珍しいことではない。それどころか、それが当たり前だとも言える。けれど、私はできるなら愛情や尊敬といった感情を大切にできる相手と結婚したかった。それがわがままだと知りながらも、心のどこかで夢を見ていたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢マリオンの婚約者アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

処理中です...