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第1章:求められた結婚のはずが
2話
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そんなある日、父からこう切り出されたのだ。
「クレア、あのギルバート・ウェインのこと、どう思う?」
ギルバート・ウェイン——それは当時、王国の騎士団で頭角を現しはじめていた男爵家の次男の名前だった。男爵家というと公爵家に比べれば家格ははるかに下になるが、だからといって私が彼を見下すようなことは一切なかった。そもそも貴族と言っても多種多様、家格や爵位によって立場が異なるのは当たり前のことだが、父のように有能な若者を正当に評価する気風の中で育った私にとっては、地位よりも個人の力量のほうが重要に思えていた。
「ギルバート・ウェイン……確か、騎士団の若手でかなり実績を積んでいる方でしたよね」
「そうだ。私の管轄する部署に在籍しているが、なかなか見どころのある男だよ。若くして小隊長を任されている。騎士としての腕前もさることながら、判断力や行動力も素晴らしい」
父はそう言いながら、少し誇らしげに微笑んだ。どうやら“自慢の部下”とでも言いたげだった。父の管轄する部署、つまり騎士団と公爵家のパイプを円滑にする役割を担う特務隊のような立ち位置に、ギルバートは所属していると聞いたことがある。
「王国の防衛や内政に貢献できる有能な騎士は貴重だ。そして、ギルバートは特に今後の活躍が期待されている。……クレア、お前も知ってのとおり、貴族の家同士の結びつきはお互いの利益になる場合が多い。でも、ただそれだけではなく、あの若者にはしっかりとした志がある。お前のように心が強く、正しい道を貫く女性とならば、うまくやっていけるのではないかと思うんだよ」
父は私の目を覗き込むようにして言った。言葉の端々に、ギルバートという人物への信頼がにじみ出ている。
確かに、騎士団の内部でも「ギルバートはこれからの王国を担う人材だ」「貴族の令嬢との縁組を望んでいる」という噂は耳にしていた。そうした噂が真実だとすれば、私とギルバートの結婚は政治的にも悪い話ではない。
だが、私は少しだけ胸がざわつくのを感じた。
「もし私がギルバート様をお慕いできなければ、父様は無理に結婚を進めることはしないのでしょう?」
「もちろんだ。お前が嫌がる結婚を押しつけるつもりはない。ただ、会ってみる価値はあると思うのだよ。彼は真面目で努力家だし、何よりお前のことをとても高く評価している。お前の人柄を直接知って、そして……」
言葉の最後は少し曖昧な言い回しだったが、父が何を言わんとしているのかはわかった。ギルバートが“ローランド公爵の娘”という肩書きだけでなく、私自身を見てくれているかもしれないということだ。
それなら、私も彼を一度自分の目で確かめてみたい。そう思った。もしもそこで、彼が心から私を望んでくれるなら、私も前向きに考えられるかもしれない。貴族の令嬢として生まれた以上、結婚には家同士の利害や地位の釣り合いが必ず関わってくる。だが、それらをすべて拒否していては一生独身で終わることになってしまうだろう。
「わかりました。いちどお話をしてみたいと思います」
私がそう告げると、父は明るい顔になってうなずいた。
「そうか。よかった。では、近いうちに公爵家で茶会を開こう。そこにギルバートを招くとしよう」
こうして私は、噂に聞くだけだったギルバート・ウェインと直接顔を合わせることになったのだ。
「クレア、あのギルバート・ウェインのこと、どう思う?」
ギルバート・ウェイン——それは当時、王国の騎士団で頭角を現しはじめていた男爵家の次男の名前だった。男爵家というと公爵家に比べれば家格ははるかに下になるが、だからといって私が彼を見下すようなことは一切なかった。そもそも貴族と言っても多種多様、家格や爵位によって立場が異なるのは当たり前のことだが、父のように有能な若者を正当に評価する気風の中で育った私にとっては、地位よりも個人の力量のほうが重要に思えていた。
「ギルバート・ウェイン……確か、騎士団の若手でかなり実績を積んでいる方でしたよね」
「そうだ。私の管轄する部署に在籍しているが、なかなか見どころのある男だよ。若くして小隊長を任されている。騎士としての腕前もさることながら、判断力や行動力も素晴らしい」
父はそう言いながら、少し誇らしげに微笑んだ。どうやら“自慢の部下”とでも言いたげだった。父の管轄する部署、つまり騎士団と公爵家のパイプを円滑にする役割を担う特務隊のような立ち位置に、ギルバートは所属していると聞いたことがある。
「王国の防衛や内政に貢献できる有能な騎士は貴重だ。そして、ギルバートは特に今後の活躍が期待されている。……クレア、お前も知ってのとおり、貴族の家同士の結びつきはお互いの利益になる場合が多い。でも、ただそれだけではなく、あの若者にはしっかりとした志がある。お前のように心が強く、正しい道を貫く女性とならば、うまくやっていけるのではないかと思うんだよ」
父は私の目を覗き込むようにして言った。言葉の端々に、ギルバートという人物への信頼がにじみ出ている。
確かに、騎士団の内部でも「ギルバートはこれからの王国を担う人材だ」「貴族の令嬢との縁組を望んでいる」という噂は耳にしていた。そうした噂が真実だとすれば、私とギルバートの結婚は政治的にも悪い話ではない。
だが、私は少しだけ胸がざわつくのを感じた。
「もし私がギルバート様をお慕いできなければ、父様は無理に結婚を進めることはしないのでしょう?」
「もちろんだ。お前が嫌がる結婚を押しつけるつもりはない。ただ、会ってみる価値はあると思うのだよ。彼は真面目で努力家だし、何よりお前のことをとても高く評価している。お前の人柄を直接知って、そして……」
言葉の最後は少し曖昧な言い回しだったが、父が何を言わんとしているのかはわかった。ギルバートが“ローランド公爵の娘”という肩書きだけでなく、私自身を見てくれているかもしれないということだ。
それなら、私も彼を一度自分の目で確かめてみたい。そう思った。もしもそこで、彼が心から私を望んでくれるなら、私も前向きに考えられるかもしれない。貴族の令嬢として生まれた以上、結婚には家同士の利害や地位の釣り合いが必ず関わってくる。だが、それらをすべて拒否していては一生独身で終わることになってしまうだろう。
「わかりました。いちどお話をしてみたいと思います」
私がそう告げると、父は明るい顔になってうなずいた。
「そうか。よかった。では、近いうちに公爵家で茶会を開こう。そこにギルバートを招くとしよう」
こうして私は、噂に聞くだけだったギルバート・ウェインと直接顔を合わせることになったのだ。
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