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第4章:新たな人生へ、踏み出す勇気
29話
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再び踊る喜び
私たちは中央のダンスフロアに移動し、音楽に合わせてステップを踏み始める。
久しぶりのダンスに、最初は緊張で少しぎこちない動きになってしまう。だが、サイラスは私がステップを思い出せるように、ゆったりしたリードを心がけてくれているのがわかる。彼は踊り慣れている……というよりは、私の歩調に合わせてくれているという感じだ。
「……踊り、お上手ですね、サイラス様」
「いや、私はまだまだです。国境付近の領地で行われる民衆の踊りなら慣れているんですが、こういう正式な舞踏会の踊りはあまり経験がなくて……。クレア様こそ、やはり優雅ですね」
そんな会話を交わしながら、私たちは軽やかにホールの床を舞う。周囲には多くのカップルが同じ曲に合わせて踊っているけれど、私の意識はなぜかサイラスと自分のステップだけに集中していた。
久々にこうして踊るのは、思いのほか楽しい。ギルバートとの“白い結婚”が決まってから、一度も味わえなかった感覚だ。踊りに没頭していると、余計なことを考えずに済むのもいい。私の胸の奥に住み着いていた悲しみや憤りが、少しずつ遠ざかっていくような気がした。
曲が終わりに近づくと、サイラスは最後のステップで私をくるりと回してくれた。ふわりとドレスの裾が広がり、思わず顔がほころぶ。こんな小さな楽しみさえ、最近まで忘れていたのだな、と少し不思議な気分になる。
曲が終わり、私たちは揃って小さくお辞儀をした。周囲から軽い拍手が起こり、私は頬が熱くなるのを感じる。
「……ありがとうございます、サイラス様。とても楽しかったです」
「いえ、こちらこそ。私でよければ、またお相手させてくださいね」
そう言いながら、サイラスは私の手をそっと離す。そこにはぎこちなさよりも、相手を思いやる優しさが感じられて、胸が温かくなった。
「少し休憩しましょうか。私、またお水を飲みたいですし……」
「ええ。では、こちらへどうぞ」
サイラスは私を壁際のテーブルへと誘導する。喉が渇いていた私は、先ほどのようにグラスを取り、今度はこぼさないように気をつけてゆっくりと口をつけた。
そのとき、不意に誰かが私の名前を呼ぶ。振り向くと、そこには侯爵夫人が立っていた。主催者であるグラナート侯爵家の当主夫人だ。
「まあ、クレア様。いらしていたんですね。ようこそお越しくださいましたわ」
にこやかな笑みで挨拶され、私も頭を下げる。正直、こういう社交界の重鎮の目に留まると、あれこれ詮索される可能性があるので少し緊張するが……。
「本日は大変素晴らしい舞踏会を開いてくださり、ありがとうございます。とても楽しませていただいております」
私がそう言うと、夫人は満足げに微笑む。
「それはよかったわ。お父上もご多忙の中、あなたをお送りくださるなんて、さすがローランド公爵様ね。それで……お身体の具合はもう大丈夫? 以前はずいぶんと長く実家にこもっていたようだけれど」
問いかけられ、少しだけ心臓が跳ねるが、私は努めて平静を装った。
「ええ。おかげさまで、いまはこうして社交の場に戻ってこられるくらいには元気になりました。ご心配をおかけしてすみません」
「ううん、よかったわ。クレア様の優雅な姿を見られて嬉しいわよ。……あら? そちらの方は……」
夫人の視線がサイラスに向かう。サイラスも笑顔で会釈し、自分の名と家名を名乗った。
「アーヴィング伯爵家の嫡男、サイラスと申します。グラナート侯爵夫人、はじめまして。今日はお招きにあずかり、ありがとうございました」
「あら、アーヴィング伯爵家の……! まあまあ、あなたもまた貴重な方がお見えね」
侯爵夫人は目を輝かせてサイラスと私を交互に見つめる。まるで“これは面白い組み合わせ”とでも言いたげに。
(正直、少し恥ずかしい……)
その様子に、私の胸は少しドキリとする。こういうやり取りが社交界の噂の種になるのも時間の問題だ。でも、今のところ夫人は嫌味な感じではなく、むしろ好意的に受け止めているらしい。
「お二人とも、お会いできて良かったですわ。ぜひ舞踏会を楽しんでいってくださいね。クレア様、あなたもまた気が向いたらお声をかけてくださいな」
夫人は意味深な笑みを残して去っていった。私はほっと息をつき、サイラスと目を合わせる。
「なんだか、私たち……妙に注目されちゃっている気がしますね」
サイラスが苦笑いする。私も同意するように笑いかけた。
「はい。でも、せっかくなので、もう少しここで楽しんでから帰ろうと思います。……あなたは、まだどなたかに挨拶を?」
「いえ、いちおう用事は済ませました。クレア様さえご迷惑でなければ、もうしばらくご一緒しても構いませんか?」
サイラスの問いに、私ははっきりと頷いた。この場で彼と話していると、不思議と心が楽になるのだ。
「私も、そのほうが心強いです。どうぞ、よろしくお願いします」
私たちは中央のダンスフロアに移動し、音楽に合わせてステップを踏み始める。
久しぶりのダンスに、最初は緊張で少しぎこちない動きになってしまう。だが、サイラスは私がステップを思い出せるように、ゆったりしたリードを心がけてくれているのがわかる。彼は踊り慣れている……というよりは、私の歩調に合わせてくれているという感じだ。
「……踊り、お上手ですね、サイラス様」
「いや、私はまだまだです。国境付近の領地で行われる民衆の踊りなら慣れているんですが、こういう正式な舞踏会の踊りはあまり経験がなくて……。クレア様こそ、やはり優雅ですね」
そんな会話を交わしながら、私たちは軽やかにホールの床を舞う。周囲には多くのカップルが同じ曲に合わせて踊っているけれど、私の意識はなぜかサイラスと自分のステップだけに集中していた。
久々にこうして踊るのは、思いのほか楽しい。ギルバートとの“白い結婚”が決まってから、一度も味わえなかった感覚だ。踊りに没頭していると、余計なことを考えずに済むのもいい。私の胸の奥に住み着いていた悲しみや憤りが、少しずつ遠ざかっていくような気がした。
曲が終わりに近づくと、サイラスは最後のステップで私をくるりと回してくれた。ふわりとドレスの裾が広がり、思わず顔がほころぶ。こんな小さな楽しみさえ、最近まで忘れていたのだな、と少し不思議な気分になる。
曲が終わり、私たちは揃って小さくお辞儀をした。周囲から軽い拍手が起こり、私は頬が熱くなるのを感じる。
「……ありがとうございます、サイラス様。とても楽しかったです」
「いえ、こちらこそ。私でよければ、またお相手させてくださいね」
そう言いながら、サイラスは私の手をそっと離す。そこにはぎこちなさよりも、相手を思いやる優しさが感じられて、胸が温かくなった。
「少し休憩しましょうか。私、またお水を飲みたいですし……」
「ええ。では、こちらへどうぞ」
サイラスは私を壁際のテーブルへと誘導する。喉が渇いていた私は、先ほどのようにグラスを取り、今度はこぼさないように気をつけてゆっくりと口をつけた。
そのとき、不意に誰かが私の名前を呼ぶ。振り向くと、そこには侯爵夫人が立っていた。主催者であるグラナート侯爵家の当主夫人だ。
「まあ、クレア様。いらしていたんですね。ようこそお越しくださいましたわ」
にこやかな笑みで挨拶され、私も頭を下げる。正直、こういう社交界の重鎮の目に留まると、あれこれ詮索される可能性があるので少し緊張するが……。
「本日は大変素晴らしい舞踏会を開いてくださり、ありがとうございます。とても楽しませていただいております」
私がそう言うと、夫人は満足げに微笑む。
「それはよかったわ。お父上もご多忙の中、あなたをお送りくださるなんて、さすがローランド公爵様ね。それで……お身体の具合はもう大丈夫? 以前はずいぶんと長く実家にこもっていたようだけれど」
問いかけられ、少しだけ心臓が跳ねるが、私は努めて平静を装った。
「ええ。おかげさまで、いまはこうして社交の場に戻ってこられるくらいには元気になりました。ご心配をおかけしてすみません」
「ううん、よかったわ。クレア様の優雅な姿を見られて嬉しいわよ。……あら? そちらの方は……」
夫人の視線がサイラスに向かう。サイラスも笑顔で会釈し、自分の名と家名を名乗った。
「アーヴィング伯爵家の嫡男、サイラスと申します。グラナート侯爵夫人、はじめまして。今日はお招きにあずかり、ありがとうございました」
「あら、アーヴィング伯爵家の……! まあまあ、あなたもまた貴重な方がお見えね」
侯爵夫人は目を輝かせてサイラスと私を交互に見つめる。まるで“これは面白い組み合わせ”とでも言いたげに。
(正直、少し恥ずかしい……)
その様子に、私の胸は少しドキリとする。こういうやり取りが社交界の噂の種になるのも時間の問題だ。でも、今のところ夫人は嫌味な感じではなく、むしろ好意的に受け止めているらしい。
「お二人とも、お会いできて良かったですわ。ぜひ舞踏会を楽しんでいってくださいね。クレア様、あなたもまた気が向いたらお声をかけてくださいな」
夫人は意味深な笑みを残して去っていった。私はほっと息をつき、サイラスと目を合わせる。
「なんだか、私たち……妙に注目されちゃっている気がしますね」
サイラスが苦笑いする。私も同意するように笑いかけた。
「はい。でも、せっかくなので、もう少しここで楽しんでから帰ろうと思います。……あなたは、まだどなたかに挨拶を?」
「いえ、いちおう用事は済ませました。クレア様さえご迷惑でなければ、もうしばらくご一緒しても構いませんか?」
サイラスの問いに、私ははっきりと頷いた。この場で彼と話していると、不思議と心が楽になるのだ。
「私も、そのほうが心強いです。どうぞ、よろしくお願いします」
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