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第一章:氷の令嬢、無慈悲に婚約破棄される
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エドワード殿下による突然の婚約破棄という衝撃的な出来事。だが、それに伴う手続きや社交界の対応を考えれば、ヴァレリーは気を抜く暇などない。
彼女は机に向かい直すと、再び書類の確認を始めた。公爵家の法務担当が下書きした文案を読み、必要があれば修正点を指示していく。王家との大きな契約を結ぶ以上、細部を怠れば後々の火種になりかねない。
その一方で、ヴァレリーの胸中には、うっすらとした不快感と虚無感が広がりつつあった。
――婚約破棄。
あまりにも突然で、しかも公衆の面前で。さらに相手は庶民出身の聖女。彼女が本当に聖女の力を持つのかはさておき、あの場での振る舞いを見る限り、とても王太子の伴侶として相応しいとは思えない。
それでもエドワード殿下は、シエナを深く愛しているのだろうか? それとも、一時の気まぐれに取り憑かれただけなのか?
「……それももう、私の知ったことではありません」
そう小さくつぶやいて、ヴァレリーは思考を振り払う。
重要なのは、公爵家を守り、自分の誇りを守ること。エドワード殿下がどれほど世間の物笑いになろうと、自業自得だ。かといって、彼と張り合って泥仕合をするほど、ヴァレリーは無粋ではない。
ただ、「代償はきっちり払ってもらう」――それだけである。
やがて夜も更け、書類整理の合間に軽く食事を済ませたヴァレリーは、いつもより少し遅い時間に就寝の支度を整えた。
寝台に身を横たえたとき、頭の中に浮かんできたのは、先ほど父が言っていた名前……カイル・ヴァレンタインのことだった。
第二王子の護衛隊長――つまり、王家の中枢にかなり近い位置にいる人物だ。噂によると、冷静沈着で実力も高く、騎士団内で絶対的な信頼を得ているという。
そんな男が、なぜ王太子の周辺を探っていたのか。まさか、今回の婚約破棄とも何か関係があるのだろうか?
ヴァレリーはゆっくりと瞼を閉じる。
もしも彼が、エドワード殿下やその取り巻きによって王国に損害が出ることを恐れ、独自の情報を収集しているのだとしたら――。
この先、彼女が新たな陰謀や波乱に巻き込まれていく予感は、決してただの空想では終わらないだろう。
ヴァレリーは深い眠りに落ちる直前、わずかに唇を噛む。
自分の未来はどうなるのか。もう王太子妃としての人生は断たれた。だが、それが不幸だとも思っていない。
裏切られたという悔しさよりも、むしろ彼女の中には「ここからいかに自分や公爵家を守り抜き、さらに成長していくか」という気概が湧いていた。
――翌朝、王都の社交界は王太子の「醜態」一色の話題で持ち切りになる。
「婚約破棄を急に宣言して、代わりに領地まで差し出した」
「しかも相手は庶民出身の“聖女”とかいう少女?」
「リチャードソン公爵令嬢は何も失わず、むしろ得をしたようだね」
当然、この噂を面白おかしく広めようとする輩も出てくる。とりわけ貴族たちは、王太子の愚行を酒の肴にせずにはいられないらしい。
ヴァレリーのもとには、「本当に婚約破棄されたのですか?」と確認する手紙や、「お気の毒ですが、ざまあないですね」という皮肉交じりの言葉が届いたりもした。
しかし、当のヴァレリーはどれにも動じず、あらかじめ用意した定型文で返事をするのみ。公爵令嬢としての威厳を失うようなことは一切せず、冷静に対処する様は、まさに「氷の令嬢」という呼び名に相応しかった。
かくして、ヴァレリー・リチャードソンは一夜にして「王太子に婚約破棄された公爵令嬢」となった。
だが、その背景をよく知る者たちは、むしろ彼女こそが優位に立っていると確信する。いずれ王太子とその庶民聖女が、社交界の格好の嘲笑の的になることは火を見るより明らかだ。
公爵令嬢としては、その嘲笑に巻き込まれるわけにはいかない。堂々と胸を張り、相手が払うべき代償を粛々と受け取り、その後の動きに備えるのみ。
――そして、ここから先の未来で、彼女が「契約結婚」をするという驚くべき出来事は、まだ誰も知らない。
このときは、ただただ、婚約破棄という言葉がもたらした衝撃に、人々は翻弄されるばかりだった。
しかし、ヴァレリーがあの日の夜、窓から見上げた月の光はひそかに告げていた。
この先、もっと大きな変化が待ち受けている。
しかも、その変化はヴァレリーひとりではなく、王宮全体、ひいては王国全土を巻き込み得るほどの出来事なのだ、と。
――だが、それはまだ先の章で描かれる物語。
ひとまず、ここに記されるは、あまりにも冷酷で、あまりにも軽薄な婚約破棄の一部始終である。
彼女は机に向かい直すと、再び書類の確認を始めた。公爵家の法務担当が下書きした文案を読み、必要があれば修正点を指示していく。王家との大きな契約を結ぶ以上、細部を怠れば後々の火種になりかねない。
その一方で、ヴァレリーの胸中には、うっすらとした不快感と虚無感が広がりつつあった。
――婚約破棄。
あまりにも突然で、しかも公衆の面前で。さらに相手は庶民出身の聖女。彼女が本当に聖女の力を持つのかはさておき、あの場での振る舞いを見る限り、とても王太子の伴侶として相応しいとは思えない。
それでもエドワード殿下は、シエナを深く愛しているのだろうか? それとも、一時の気まぐれに取り憑かれただけなのか?
「……それももう、私の知ったことではありません」
そう小さくつぶやいて、ヴァレリーは思考を振り払う。
重要なのは、公爵家を守り、自分の誇りを守ること。エドワード殿下がどれほど世間の物笑いになろうと、自業自得だ。かといって、彼と張り合って泥仕合をするほど、ヴァレリーは無粋ではない。
ただ、「代償はきっちり払ってもらう」――それだけである。
やがて夜も更け、書類整理の合間に軽く食事を済ませたヴァレリーは、いつもより少し遅い時間に就寝の支度を整えた。
寝台に身を横たえたとき、頭の中に浮かんできたのは、先ほど父が言っていた名前……カイル・ヴァレンタインのことだった。
第二王子の護衛隊長――つまり、王家の中枢にかなり近い位置にいる人物だ。噂によると、冷静沈着で実力も高く、騎士団内で絶対的な信頼を得ているという。
そんな男が、なぜ王太子の周辺を探っていたのか。まさか、今回の婚約破棄とも何か関係があるのだろうか?
ヴァレリーはゆっくりと瞼を閉じる。
もしも彼が、エドワード殿下やその取り巻きによって王国に損害が出ることを恐れ、独自の情報を収集しているのだとしたら――。
この先、彼女が新たな陰謀や波乱に巻き込まれていく予感は、決してただの空想では終わらないだろう。
ヴァレリーは深い眠りに落ちる直前、わずかに唇を噛む。
自分の未来はどうなるのか。もう王太子妃としての人生は断たれた。だが、それが不幸だとも思っていない。
裏切られたという悔しさよりも、むしろ彼女の中には「ここからいかに自分や公爵家を守り抜き、さらに成長していくか」という気概が湧いていた。
――翌朝、王都の社交界は王太子の「醜態」一色の話題で持ち切りになる。
「婚約破棄を急に宣言して、代わりに領地まで差し出した」
「しかも相手は庶民出身の“聖女”とかいう少女?」
「リチャードソン公爵令嬢は何も失わず、むしろ得をしたようだね」
当然、この噂を面白おかしく広めようとする輩も出てくる。とりわけ貴族たちは、王太子の愚行を酒の肴にせずにはいられないらしい。
ヴァレリーのもとには、「本当に婚約破棄されたのですか?」と確認する手紙や、「お気の毒ですが、ざまあないですね」という皮肉交じりの言葉が届いたりもした。
しかし、当のヴァレリーはどれにも動じず、あらかじめ用意した定型文で返事をするのみ。公爵令嬢としての威厳を失うようなことは一切せず、冷静に対処する様は、まさに「氷の令嬢」という呼び名に相応しかった。
かくして、ヴァレリー・リチャードソンは一夜にして「王太子に婚約破棄された公爵令嬢」となった。
だが、その背景をよく知る者たちは、むしろ彼女こそが優位に立っていると確信する。いずれ王太子とその庶民聖女が、社交界の格好の嘲笑の的になることは火を見るより明らかだ。
公爵令嬢としては、その嘲笑に巻き込まれるわけにはいかない。堂々と胸を張り、相手が払うべき代償を粛々と受け取り、その後の動きに備えるのみ。
――そして、ここから先の未来で、彼女が「契約結婚」をするという驚くべき出来事は、まだ誰も知らない。
このときは、ただただ、婚約破棄という言葉がもたらした衝撃に、人々は翻弄されるばかりだった。
しかし、ヴァレリーがあの日の夜、窓から見上げた月の光はひそかに告げていた。
この先、もっと大きな変化が待ち受けている。
しかも、その変化はヴァレリーひとりではなく、王宮全体、ひいては王国全土を巻き込み得るほどの出来事なのだ、と。
――だが、それはまだ先の章で描かれる物語。
ひとまず、ここに記されるは、あまりにも冷酷で、あまりにも軽薄な婚約破棄の一部始終である。
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