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第二章:氷の令嬢、契約結婚の提案を受ける
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低く響く声に促され、ヴァレリーは部屋の中へと足を踏み入れた。
そこには既に父であるリチャードソン公爵と、数名の顧問官や法務担当が集まっている。さらにその傍らには、金色の短い髪を持つ男性騎士が一人、立っていた。
――彼が、噂に聞くカイル・ヴァレンタインなのだろうか。
ヴァレリーはちらりと視線を向ける。カイル・ヴァレンタインといえば、第二王子の護衛隊長を務める実力派の騎士だと聞いている。歳は二十代半ばと聞くが、その鍛えられた体躯と堂々たる雰囲気からくる威圧感は、ただ者ではないことを物語っていた。
しかし、その目は不思議と穏やかで、冷酷さは感じない。むしろ、微笑みを湛えているようにも見える。
「ヴァレリー、よく来たな。今ちょうど、領地の譲渡について王宮からの使者と話をしていたところだ。あとでお前の意見も聞きたい」
公爵がそう言って、ひとまずヴァレリーを隣の席へと座らせる。執務机の対面には、王宮の役人が数名座っており、彼らは落ち着かない様子で互いに視線を交わしていた。
どうやら彼らも、昨日の醜態を受けて火消しに来たようだ。
「まず、領地譲渡の範囲についてですが……殿下のご意向としては、リチャードソン公爵家の要求をなるべく軽減していただきたい、とのことです。今回の婚約破棄は殿下の一方的なご都合とはいえ、すべてを鵜呑みにされては王家も立場が――」
王宮の役人が恐る恐る口を開くと、公爵は鋭い視線を向けた。
「どういう意味かな? この場で、婚約破棄が王太子の一方的な都合だとご自身で認めるのかね。であれば、違約金が発生するのは当然だろう。実際に、あの場でもエドワード殿下は『領地を譲る』と明言していたではないか」
「そ、それは……。確かにそうなのですが、殿下には殿下のご事情があり――」
「ご事情……? 私が知る限り、殿下は『真実の愛を貫くために、婚約を破棄する』と仰っていた。感情の問題ならば、それこそ公的な契約違反として責任を負うのは当然。ましてや、先方から正式に提示した条件を飲むとおっしゃったのだから、いまさら覆すのは難しいのではないか」
リチャードソン公爵は一切容赦のない口調で役人を追及していく。
ヴァレリーは黙ってそのやり取りを聞いていたが、途中で役人の一人がこちらに視線を寄こしてきたことに気づく。どうやら、この場をやわらげようとしているのか、彼はヴァレリーに向けて言葉をかけた。
「リチャードソン令嬢……いえ、ヴァレリー様。もし差し支えなければ、寛大なお考えを示していただけないでしょうか。殿下といえども、こうした事態は予期せぬことだったのです。仮にも次期王として、あまりにも領地を失いすぎれば、国全体に波紋を呼ぶ恐れも――」
しかし、ヴァレリーは穏やかな微笑みを浮かべると、ゆっくり首を振った。
「私の立場から言わせていただければ、これ以上の寛容さを示す必要があるのか疑問です。婚約者との契約を一方的に破棄するのは、王家とはいえ極めて無礼な行為。しかも、殿下ご自身が大勢の前で『領地を譲る』と宣言された。
公爵家としては、その言葉に基づいて手続きを進めているだけにすぎません」
まるで氷のような口調。
ヴァレリーの冷徹ともいえる態度に、役人たちも言葉を失う。彼らとしては、なんとか譲歩を引き出したいのだろうが、ヴァレリー自身はもう少しも譲る気がないことが明白だ。
――こうして見ると、確かに「氷の令嬢」という呼び名は伊達ではない。
そこに、カイル・ヴァレンタインが淡々とした様子で口を挟んだ。
「皆さん、焦っても仕方がありません。ここは一度、お互い頭を冷やして話し合うしかないでしょう。幸い、本日は時間がありますので、書類のひな形を再確認するとしてはいかがですか?」
落ち着いた声音でありながら、どこか威厳を感じさせる。
王宮の役人たちは、カイルが第二王子に仕える騎士団長であることを知っているためか、その提案に異を唱えず、しぶしぶ同意した。
「……わかりました。では、ひとまず現在の条文を再確認したうえで、午後から改めてご相談させていただくという形に」
そう言って、役人たちは揃って席を立ち、早々に部屋を出ていく。
自分たちが望むほどの譲歩は得られそうにないが、かといって強硬手段にも出られない――この数分で、彼らは完全に板挟みの状態に陥っているのが見て取れた。
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そこには既に父であるリチャードソン公爵と、数名の顧問官や法務担当が集まっている。さらにその傍らには、金色の短い髪を持つ男性騎士が一人、立っていた。
――彼が、噂に聞くカイル・ヴァレンタインなのだろうか。
ヴァレリーはちらりと視線を向ける。カイル・ヴァレンタインといえば、第二王子の護衛隊長を務める実力派の騎士だと聞いている。歳は二十代半ばと聞くが、その鍛えられた体躯と堂々たる雰囲気からくる威圧感は、ただ者ではないことを物語っていた。
しかし、その目は不思議と穏やかで、冷酷さは感じない。むしろ、微笑みを湛えているようにも見える。
「ヴァレリー、よく来たな。今ちょうど、領地の譲渡について王宮からの使者と話をしていたところだ。あとでお前の意見も聞きたい」
公爵がそう言って、ひとまずヴァレリーを隣の席へと座らせる。執務机の対面には、王宮の役人が数名座っており、彼らは落ち着かない様子で互いに視線を交わしていた。
どうやら彼らも、昨日の醜態を受けて火消しに来たようだ。
「まず、領地譲渡の範囲についてですが……殿下のご意向としては、リチャードソン公爵家の要求をなるべく軽減していただきたい、とのことです。今回の婚約破棄は殿下の一方的なご都合とはいえ、すべてを鵜呑みにされては王家も立場が――」
王宮の役人が恐る恐る口を開くと、公爵は鋭い視線を向けた。
「どういう意味かな? この場で、婚約破棄が王太子の一方的な都合だとご自身で認めるのかね。であれば、違約金が発生するのは当然だろう。実際に、あの場でもエドワード殿下は『領地を譲る』と明言していたではないか」
「そ、それは……。確かにそうなのですが、殿下には殿下のご事情があり――」
「ご事情……? 私が知る限り、殿下は『真実の愛を貫くために、婚約を破棄する』と仰っていた。感情の問題ならば、それこそ公的な契約違反として責任を負うのは当然。ましてや、先方から正式に提示した条件を飲むとおっしゃったのだから、いまさら覆すのは難しいのではないか」
リチャードソン公爵は一切容赦のない口調で役人を追及していく。
ヴァレリーは黙ってそのやり取りを聞いていたが、途中で役人の一人がこちらに視線を寄こしてきたことに気づく。どうやら、この場をやわらげようとしているのか、彼はヴァレリーに向けて言葉をかけた。
「リチャードソン令嬢……いえ、ヴァレリー様。もし差し支えなければ、寛大なお考えを示していただけないでしょうか。殿下といえども、こうした事態は予期せぬことだったのです。仮にも次期王として、あまりにも領地を失いすぎれば、国全体に波紋を呼ぶ恐れも――」
しかし、ヴァレリーは穏やかな微笑みを浮かべると、ゆっくり首を振った。
「私の立場から言わせていただければ、これ以上の寛容さを示す必要があるのか疑問です。婚約者との契約を一方的に破棄するのは、王家とはいえ極めて無礼な行為。しかも、殿下ご自身が大勢の前で『領地を譲る』と宣言された。
公爵家としては、その言葉に基づいて手続きを進めているだけにすぎません」
まるで氷のような口調。
ヴァレリーの冷徹ともいえる態度に、役人たちも言葉を失う。彼らとしては、なんとか譲歩を引き出したいのだろうが、ヴァレリー自身はもう少しも譲る気がないことが明白だ。
――こうして見ると、確かに「氷の令嬢」という呼び名は伊達ではない。
そこに、カイル・ヴァレンタインが淡々とした様子で口を挟んだ。
「皆さん、焦っても仕方がありません。ここは一度、お互い頭を冷やして話し合うしかないでしょう。幸い、本日は時間がありますので、書類のひな形を再確認するとしてはいかがですか?」
落ち着いた声音でありながら、どこか威厳を感じさせる。
王宮の役人たちは、カイルが第二王子に仕える騎士団長であることを知っているためか、その提案に異を唱えず、しぶしぶ同意した。
「……わかりました。では、ひとまず現在の条文を再確認したうえで、午後から改めてご相談させていただくという形に」
そう言って、役人たちは揃って席を立ち、早々に部屋を出ていく。
自分たちが望むほどの譲歩は得られそうにないが、かといって強硬手段にも出られない――この数分で、彼らは完全に板挟みの状態に陥っているのが見て取れた。
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