冷たい婚約破棄?では契約結婚いたしましょう

鍛高譚

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第二章:氷の令嬢、契約結婚の提案を受ける

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 やがて扉が閉じられ、公爵は大きく息を吐く。

「まったく……王太子派もどこまで愚かなのか。とはいえ、あまりにも追い詰めすぎると、こちらにも何らかの不利益が及ぶ恐れがある。まだ油断はできないな」

 公爵が渋面を作ったまま唸るように言うと、ヴァレリーは落ち着き払った調子で応じる。

「お父様の仰るとおり、ぎりぎりまで駆け引きが続くでしょう。ですが、その間に私たちが不当な扱いをされることはないはずです。あちらは完全に分が悪いのですから」

「そうだな。……ところでカイル、わざわざ来てもらって済まなかったな。お前にも苦労をかける」

 公爵がそう言って目を向けた先には、先ほどから静かに事の成り行きを見守っていたカイル・ヴァレンタインがいる。彼は苦笑気味に肩をすくめた。

「いいえ、公爵様。私も今回の件は看過できません。第二王子殿下も、王太子殿下の軽率な行動を嘆いておられます。
 それに、このままでは国全体に悪影響が出る可能性がある。何より、王太子殿下が庶民出身の“聖女”とやらに振り回されている現状を放置すれば、国内外の信頼を損なうでしょう」

 淡々とした語り口ながら、その中に確固たる意志を感じる。
 ヴァレリーはカイルの横顔を初めて間近で見つめた。彫りの深い端正な顔立ちに、騎士らしい精悍さがある。金色の短髪の向こうに覗く瞳には、冷徹さよりも優れた洞察力と静かな熱意が宿っているように思えた。

 ――何より、彼はエドワード王太子ではなく、第二王子側の人物だ。

 巷の噂によれば、第二王子は王太子殿下と同母弟だが、性格は全く異なるらしい。国政にも積極的に関与し、慎重かつ誠実な人柄で知られている。カイルは、その護衛隊長として長く仕えてきた。

 公爵は席を立ち、書類をひとまとめにするとカイルに向き直る。

「昼に再度の話し合いがあるが、その前に一度休憩を入れるとしよう。午前中からずっと机にかじりついていては疲れも溜まる。ヴァレリー、お前とカイルで少し屋敷の庭でも散歩してきたらどうだ? きっと気分転換になる」

「……お父様? 私がカイル殿と?」

 唐突な提案に、ヴァレリーは目を瞬かせる。
 彼女の知る父は、この手の“気遣い”をするタイプではない。ましてや、ヴァレリーが異性と二人きりになるよう誘導するなど考えにくいことだ。何か意図があるのだろうか――。

「ハハ、深い意味はないさ。私もすぐに執務に戻らなければならん。ここは一つ、カイルの見識を借りるというのはどうだ? 今後の王宮との交渉や、王国内の情勢について、彼に直接聞いてみたいこともあるだろう」

 その言葉に、カイルは苦笑を浮かべながら小さく頷いた。

「公爵様がお望みならば、喜んでお付き合いしますよ。リチャードソン令嬢とも、ぜひお話ししてみたいと思っておりましたので」

 ヴァレリーは内心で小さく首をかしげるが、表には出さずに席を立つ。そして、「わかりました。では、お言葉に甘えて」という形で、二人で執務室を出ることになった。

 執務室を出て長い廊下を歩き、階段を下りていく間も、ヴァレリーとカイルの間に会話はほとんどなかった。
 ヴァレリーとしても、どのタイミングで何を話せばいいか判断しかねていたし、カイルはカイルで、先ほどまでの交渉を冷静に振り返っているように見える。

 やがて屋敷の一階にある裏口から出ると、広大な庭園が広がっていた。リチャードソン家の庭は王都きっての美しさとも評されており、季節の花が常に絶えることなく咲き誇っている。
 今日も日差しは柔らかく、風に乗って甘い花の香りが漂ってきた。

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