冷たい婚約破棄?では契約結婚いたしましょう

鍛高譚

文字の大きさ
12 / 23
第三章:氷の令嬢、王宮の晩餐会で微笑む

3-1

しおりを挟む
 リチャードソン公爵家と王太子派の交渉が二転三転し、やがて数日が経過した。
 ヴァレリー・リチャードソンが王太子エドワードに婚約破棄を言い渡されてからというもの、王都ラクリスでは「王太子の醜態」についての噂が絶えず、貴族たちの宴席や社交の場では暇さえあればその話題が挙がる。
 とはいえ、王太子は王家の血筋を引く一国の次期君主候補。あまり露骨に嘲笑すると、自分に火の粉が降りかかる危険もあるため、大半の貴族たちは面と向かっては王太子を非難しない。
 代わりに、最近は 「聖女シエナ」 への陰口や揶揄が増えてきた。
 庶民出身ながら奇跡の力を持つと称され、王太子の愛を一身に受けているというが、その“奇跡”は未だに曖昧なまま。何やらほかの国の民間宗教から借りてきたような怪しげな儀式を行う、という噂も囁かれていた。

 そんな中、第二王子派の人々――騎士団長カイル・ヴァレンタインや、政務を補佐する貴族たち――は独自に調査を進めているらしい。
 しかし、まだ明確な証拠や告発に繋がるような成果は上がっていない。聖女シエナを取り巻く集団がどういう資金源で動いているのか、あるいは海外の宗教勢力が絡んでいるのか――噂ばかりが先行して、はっきりしたことはわからないのだ。

 そうした不穏な空気の中、王宮では予定通り 「定例晩餐会」 が催されることになった。
 もともとは外交使節を迎えるための会で、王太子と第二王子が共に列席し、諸外国との友好をアピールするのが慣例となっている。しかし、今回に限ってはすでに荒れ模様の予感が漂っていた。
 噂好きの貴族たちがこぞって「王太子と聖女シエナは何か新しい“奇跡”を披露する気ではないか」などと囁いているからだ。

 「バカ騒ぎになる前に、私も一応、参加しておくべきね……」

 ヴァレリーは自室で身支度を整えながら、そう小さく呟く。
 ドレスは寒色系の淡いブルーを基調とした上品なもの。裾には銀糸で花模様があしらわれ、光の加減で繊細に輝く。氷の令嬢と呼ばれる彼女に、これほどよく似合う色合いはないだろう。
 髪は緩やかにアップにまとめ、飾りすぎない程度にパールの髪飾りを差し込む。それだけで、彼女の美貌はより際立った。

 婚約破棄された女性が派手に着飾るのは憚られる――などという風潮が一部であるにはある。
 だが、ヴァレリーはそんなことは気にも留めない。公爵家の令嬢として、そして自分自身の誇りとして、常に完璧な装いを保つのは当然の務めなのだ。
 ましてや、噂によれば王太子とシエナは彼女を嘲るような言動を各所で繰り返しているという。ここで萎縮してなるものか、とヴァレリーはむしろ毅然とした態度を見せようとしていた。

 リチャードソン公爵家の屋敷を出るとき、父である公爵が玄関先まで見送ってくれる。最近、公爵は王宮との交渉や来客対応に追われていて顔を合わせる時間が少なくなっていたが、娘を心配する気持ちは常にあるようで、今日はわざわざ見送りに来たのだ。

「ヴァレリー、あまり無理をするな。エドワード殿下が何を言おうと気に病むことはない。それと……カイルが君の護衛に付くと言っていたから、何かあれば彼に声をかけるといい」

「はい、お父様。お気遣い痛み入ります」

 ヴァレリーは微かに笑んで、馬車に乗り込む。
 カイル・ヴァレンタイン――第二王子の護衛隊長であり、最近はリチャードソン家と王太子派の交渉にも度々立ち会ってくれている人物。
 公爵の了解を得て、彼は「いつでも協力する」と言ってくれている。もちろん、例の“契約結婚”の話も彼の頭にはあるはずだ。
 まだ正式に返事はしていないが、ヴァレリーは少なくとも、カイルが信用に足る人物だと感じ始めていた。

 馬車が王宮へ向かう途中、ヴァレリーは窓の外を眺める。
 王都の街並みは華やかだが、ここ数日はやや浮足立った空気も漂っていた。王太子の婚約破棄騒動や怪しげな聖女の噂は、庶民たちの耳にも届いているらしい。
 実際、街角では「聖女さまの奇跡で病気が治るらしい」「いや、あの人は偽物だ」という言い争いをしている姿が見かけられるとか。

 やがて、馬車が王宮の正門に差し掛かる。いつも通り、威厳ある衛兵たちが並んでいたが、その奥の広場には既に多くの貴族や使節たちの馬車が停められていた。
 晩餐会は夜に開かれるが、賓客たちは夕方前には続々と到着し、控えの間などで時間を過ごす。ヴァレリーも受付を済ませてから、案内役の侍者に従って王宮内の広間を目指した。

 途中で、思いがけずカイルと出会った。彼は礼装用の騎士服を着ており、普段の鎧姿とはまた違った凛々しさがある。
 廊下で見つけたヴァレリーを認めると、すぐに近づいてきて微笑んだ。

「お待ちしていました、ヴァレリーさん。馬車での道中、お変わりありませんでしたか?」

「ええ、問題ありません。それより……きょうは第二王子殿下の護衛ですか?」

「はい。殿下もいずれこの場にいらっしゃいます。もっとも、公の晩餐会ですし、王太子殿下が主催側のような形を取るので、殿下はあくまで脇役という立ち位置ですが」

 苦笑気味に肩をすくめるカイルを見て、ヴァレリーは軽く息をついた。
 どうやら第二王子は、王太子の出番を邪魔しないようにとの配慮から、一歩下がった立ち位置を保つらしい。だが、今の王太子を見ていると、その忠義が報われるのか疑問に思えてくるほどだ。

「では私も、先に控え室で待つことにします。あまり早く会場入りして王太子殿下と顔を合わせるのも面倒ですから」

「そうですね……。俺はここで殿下をお迎えする予定ですが、何かあったら遠慮なく呼んでください。あと、もし王太子殿下があなたに失礼な言動をしたら、すぐに俺に知らせてください。なるべく衝突を避けるために働きますので」

 その穏やかな口調に、ヴァレリーは微かに笑みを返す。
 わずかな時間ではあるが、こうしてカイルと会話を交わすうちに、彼の誠実な人柄を再確認する。その落ち着いた雰囲気は、まるで激しい嵐の海に浮かぶ灯台のように感じられた。
 別れ際にお互い小さく会釈を交わし、ヴァレリーは侍女の案内で控え室へと向かう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢アリスは他に想う人のいる相手と結婚した。 政略結婚ではあったものの、家族から愛されず、愛に飢えていた彼女は生まれて初めて優しくしてくれる夫をすぐに好きになった。 しかし、結婚してから三年。 夫の初恋の相手である王女殿下が国に帰って来ることになり、アリスは愛する夫から離婚を告げられてしまう。 絶望の中でアリスの前に現れたのはとある人物で……!?

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

処理中です...