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20話
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ジル様の決断、そして婚約破棄へ
ホールの中心で、リディアがジル様にすがりつく。しかし、ジル様はその手をきっぱりと振り解いた。
「……リディア。確かにおまえは昔から俺にとって大切な存在だった。家のことで苦しんでいたときも、おまえは助けてくれた……それは感謝している。だが、それと“レラを貶めるために捏造を企む”ことは別だ」
「で、でも……私はただ……! ジル様を取られそうで、不安で……!」
「そんな不安を覚えさせたのは、俺の不誠実さにも原因があるかもしれない。けれど――何度も言うが、今はもう遅いんだ。おまえがどれだけ俺に泣きついても、俺は“正妻を裏切るような行動”は取りたくない」
そう言い切ると、ジル様は私のほうに視線を向ける。その瞳には決意が宿っていた。
――ちょっと遅すぎるんじゃないの? と内心で呟きかけて、私は口を噤む。
ジル様のこの決断は、もしかすると私にとって嬉しい形にはならないかもしれない。私は白い結婚であることを望んできたし、リディアが大人しく身を引くなど想定していなかった。
しかし、いまのジル様の言葉には、かつての“弱腰”な態度とは異なる重みを感じる。おそらく、自分の甘えによってリディアを増長させてしまったことを痛感したのだろう。
「リディア・シュヴァルツ。……おまえには今後、アルフェイン家の行事や社交界で俺と行動を共にする権利は与えられない。おまえのやった捏造は、社交界でも大問題になるだろう。……その罰は、正当に受けてもらう」
「そ、そんな……! 私を切り捨てる気なの……? ジル様……お願い……!」
「……これ以上は何も言えない。すまない」
リディアは泣き崩れる。しかし、ホールの貴族たちの視線は厳しい。先ほどの日記による証拠捏造がバレてしまった以上、リディアに味方する者などいるはずもない。むしろ、“泣き落とし”によってさらに品位を下げているだけだ。
この瞬間、私はリディアが自ら引き起こした策略で自滅したのを実感した。
ディオン殿下が面白そうに薄く笑い、リディアの取り巻きは顔面蒼白。だが、驚きはこれで終わらなかった。
――ジル様が次に口にした言葉が、会場をさらに震撼させたからだ。
「そして――もう一つ、重大な報告がある。……俺は、本日をもって“レラ・グランメリーとの婚約を解消”する」
「……!?」
私は思わず声を上げてしまう。何を言っているのか理解が追いつかない。
リディアのせいで、私の存在を守るためにもっと固く結びつこうというならまだしも、ここでなぜ婚約解消を口にするのか?
ジル様は私を真っ直ぐに見つめ、その瞳に悔恨の色をたたえながら言い放つ。
「レラ……すまない。おまえは最初から干渉を嫌い、家の都合に従ってくれただけだった。リディアの存在を見ても、関わらないようにしていた。……俺はそんなおまえに甘え、利用するだけ利用して、挙げ句にこんな醜態を晒してしまった。おまえにはもう、俺のせいでこれ以上の恥をかかせたくない」
「……ジル様、意味がわかりません。私は……」
「俺も、やり直そうと思ったんだ。おまえと普通の夫婦になりたいと。しかし、そんな資格はないと悟った。おまえを“形だけの妻”に据えたのは俺だ。それを今さら気まぐれで変えようとし、自分でも何がしたいのかわからなくなっていた。……もう、俺はおまえの人生に干渉すべきではないんだ」
ジル様は哀しい笑みを浮かべると、ホールの皆に聞こえるようはっきりと宣言する。
「アルフェイン侯爵家は、レラ・グランメリーとの婚約を白紙撤回する。――この件に関する責任はすべて、侯爵家が負う。……レラ、今までおまえを振り回してすまなかった」
――その言葉に、私は困惑と解放感、そして複雑な痛みが同時に胸を突くのを感じた。
もちろん、私は白い結婚で干渉を受けないならそれでいいと思っていた。だが、ジル様は“婚約解消”という極端な方法を選んだ。
つまり、この場で私は“夫を得ることなく捨てられた”形にもなる。家のために結んだ政略結婚が、破談。伯爵家には大きな痛手だし、私自身、“破談娘”として後ろ指をさされるのは確実だ。
(……でも、何も感じない……どころか、少しだけ胸が軽くなった気がするのはなぜだろう)
ざわめく会場。リディアも呆然としている。ジル様がここまで思い切った行動に出るとは夢にも思わなかったのだろう。
やがてジル様は再度私に目を向ける。そこには確かな regret が滲んでいた。
「レラ……ありがとう。おまえには何も返せなかったけれど、せめて、この縁談から自由になってくれ」
そう言い残して、ジル様は振り返らずにホールを出ていった。
私はしばらく動けなかった。周囲からの“破談された娘”を見る冷たい視線、そして同情や好奇心が入り混じった囁きが一斉に私を包み込む。
――しかし、不思議と涙は出てこなかった。
“白い結婚”に期待はしていなかったし、今さら悲しむ理由もない。むしろ、重荷が下りた感覚がある。
そんな私の胸中を察したかのように、ディオン殿下が静かに近づいてきた。
「……まったく、劇的な結末だね。君はこれで“自由”の身になったわけだ」
「……自由、ですか。そうですね。破談娘……ですけれど」
「ふふ。そんな肩書き、僕がなんとかしてあげようか?」
殿下は私をからかうような微笑を浮かべる。私は息を呑み、その瞳を見つめ返す。
――ここで殿下の言う“なんとかしてあげる”とは、一体どういう意味なのか。
ホールの中心で、リディアがジル様にすがりつく。しかし、ジル様はその手をきっぱりと振り解いた。
「……リディア。確かにおまえは昔から俺にとって大切な存在だった。家のことで苦しんでいたときも、おまえは助けてくれた……それは感謝している。だが、それと“レラを貶めるために捏造を企む”ことは別だ」
「で、でも……私はただ……! ジル様を取られそうで、不安で……!」
「そんな不安を覚えさせたのは、俺の不誠実さにも原因があるかもしれない。けれど――何度も言うが、今はもう遅いんだ。おまえがどれだけ俺に泣きついても、俺は“正妻を裏切るような行動”は取りたくない」
そう言い切ると、ジル様は私のほうに視線を向ける。その瞳には決意が宿っていた。
――ちょっと遅すぎるんじゃないの? と内心で呟きかけて、私は口を噤む。
ジル様のこの決断は、もしかすると私にとって嬉しい形にはならないかもしれない。私は白い結婚であることを望んできたし、リディアが大人しく身を引くなど想定していなかった。
しかし、いまのジル様の言葉には、かつての“弱腰”な態度とは異なる重みを感じる。おそらく、自分の甘えによってリディアを増長させてしまったことを痛感したのだろう。
「リディア・シュヴァルツ。……おまえには今後、アルフェイン家の行事や社交界で俺と行動を共にする権利は与えられない。おまえのやった捏造は、社交界でも大問題になるだろう。……その罰は、正当に受けてもらう」
「そ、そんな……! 私を切り捨てる気なの……? ジル様……お願い……!」
「……これ以上は何も言えない。すまない」
リディアは泣き崩れる。しかし、ホールの貴族たちの視線は厳しい。先ほどの日記による証拠捏造がバレてしまった以上、リディアに味方する者などいるはずもない。むしろ、“泣き落とし”によってさらに品位を下げているだけだ。
この瞬間、私はリディアが自ら引き起こした策略で自滅したのを実感した。
ディオン殿下が面白そうに薄く笑い、リディアの取り巻きは顔面蒼白。だが、驚きはこれで終わらなかった。
――ジル様が次に口にした言葉が、会場をさらに震撼させたからだ。
「そして――もう一つ、重大な報告がある。……俺は、本日をもって“レラ・グランメリーとの婚約を解消”する」
「……!?」
私は思わず声を上げてしまう。何を言っているのか理解が追いつかない。
リディアのせいで、私の存在を守るためにもっと固く結びつこうというならまだしも、ここでなぜ婚約解消を口にするのか?
ジル様は私を真っ直ぐに見つめ、その瞳に悔恨の色をたたえながら言い放つ。
「レラ……すまない。おまえは最初から干渉を嫌い、家の都合に従ってくれただけだった。リディアの存在を見ても、関わらないようにしていた。……俺はそんなおまえに甘え、利用するだけ利用して、挙げ句にこんな醜態を晒してしまった。おまえにはもう、俺のせいでこれ以上の恥をかかせたくない」
「……ジル様、意味がわかりません。私は……」
「俺も、やり直そうと思ったんだ。おまえと普通の夫婦になりたいと。しかし、そんな資格はないと悟った。おまえを“形だけの妻”に据えたのは俺だ。それを今さら気まぐれで変えようとし、自分でも何がしたいのかわからなくなっていた。……もう、俺はおまえの人生に干渉すべきではないんだ」
ジル様は哀しい笑みを浮かべると、ホールの皆に聞こえるようはっきりと宣言する。
「アルフェイン侯爵家は、レラ・グランメリーとの婚約を白紙撤回する。――この件に関する責任はすべて、侯爵家が負う。……レラ、今までおまえを振り回してすまなかった」
――その言葉に、私は困惑と解放感、そして複雑な痛みが同時に胸を突くのを感じた。
もちろん、私は白い結婚で干渉を受けないならそれでいいと思っていた。だが、ジル様は“婚約解消”という極端な方法を選んだ。
つまり、この場で私は“夫を得ることなく捨てられた”形にもなる。家のために結んだ政略結婚が、破談。伯爵家には大きな痛手だし、私自身、“破談娘”として後ろ指をさされるのは確実だ。
(……でも、何も感じない……どころか、少しだけ胸が軽くなった気がするのはなぜだろう)
ざわめく会場。リディアも呆然としている。ジル様がここまで思い切った行動に出るとは夢にも思わなかったのだろう。
やがてジル様は再度私に目を向ける。そこには確かな regret が滲んでいた。
「レラ……ありがとう。おまえには何も返せなかったけれど、せめて、この縁談から自由になってくれ」
そう言い残して、ジル様は振り返らずにホールを出ていった。
私はしばらく動けなかった。周囲からの“破談された娘”を見る冷たい視線、そして同情や好奇心が入り混じった囁きが一斉に私を包み込む。
――しかし、不思議と涙は出てこなかった。
“白い結婚”に期待はしていなかったし、今さら悲しむ理由もない。むしろ、重荷が下りた感覚がある。
そんな私の胸中を察したかのように、ディオン殿下が静かに近づいてきた。
「……まったく、劇的な結末だね。君はこれで“自由”の身になったわけだ」
「……自由、ですか。そうですね。破談娘……ですけれど」
「ふふ。そんな肩書き、僕がなんとかしてあげようか?」
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――ここで殿下の言う“なんとかしてあげる”とは、一体どういう意味なのか。
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