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4-2 王子の逆襲
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4-2 王子の逆襲
軍務省本館は王宮東翼の一角、厚い花崗岩と鉄柵で要塞さながらに固められた庁舎である。
午後三時。冬雲を切り裂くような突破ラッパが上がり、鋼鉄の門扉が中から開かれた。門をくぐって現れたのは第一王子レオンハルト・イグレイン――純白の軍装に身を包み、背後には近衛第二大隊三百。すべて私兵装備と酷似した軽量銃剣を携え、その銃口は庁舎正面の衛兵へ向けられていた。
“弾劾”の報が広まるより速く、自ら動く。それが彼の策だった。
「門衛を退かせよ! 本館は本日より余が直接指揮する!」
門衛長は顔面を強張らせつつも立ちはだかる。
「本館は国王陛下の印章の下、第二王子殿下――監査庁の臨時封鎖下にあります。殿下といえど――」
最後まで言わせまいと、レオンハルトは曲刀を抜いた。白刃が鈍い西日を浴び、門衛長の胸元で静止する。
「余はまだ第一位王位継承者だ。兄弟の策謀で停職を言い渡される筋合いはない。退け」
門衛長の喉が鳴る。だが次の瞬間、石畳の奥で蹄の響き。
王立騎士隊第一連隊――蒼い外套をはためかせ、市街門から突進してくる。先頭の黒馬に跨るのは第二王子ヴィクトール。灰銀の瞳が冷ややかに王子を射抜き、一声高く命じた。
「近衛第二大隊に告ぐ。武装降下せよ! 王命に背き、国家予算を私兵に流用した容疑で殿下は拘束される!」
近衛兵たちがざわつく。彼らは王家直属であるが、正式には国王の私兵――ヴィクトールが持つ封緘文書を掲げられれば否応なしに従わざるを得ない。
レオンハルトの顔色に、煮え立つ怒りと焦燥が交互に走った。
「弟よ、貴様は王家を割る気か!」
「割ったのは兄上だ」
ヴィクトールは馬上から手綱を絞り、近衛兵列へ視線を移す。
「兄上が私兵化した装備はすべて証拠として押収される。従わねば軍法会議にかける。兵の将器を誤らせた罪は重い」
沈黙。やがて前列の小隊長が銃剣をおろし、膝をついた。一人また一人と従い、黒と白の軍列は雪崩のように鎮静化した。
レオンハルトは曲刀を握り締め、血が滴るほど手袋を食い込ませたが、周囲に並ぶ兵の瞳は既に揺らぎを失っている。
「……よかろう」
彼は舌打ち一つ、曲刀を鞘に納めた。
「王位は――力ある者が継げばいい」
袖口から火打ち筒を取り出す。その瞬間、周囲の空気が張り詰めた。
火花、硝煙――何かが爆ぜる音。だが視界に閃いたのは鋼糸だった。
「《梟》ッ!!」
シルヴェイン率いる影衛が屋根から飛来。火打ち筒は刃で弾かれ、宙を舞う前に粉砕される。弾薬が石畳に散り、火花は虚しく消えた。
シルヴェインは無言で仮面を半分だけ外し、琥珀の瞳をレオンハルトへ向ける。
「王都での武力蜂起は“国家反逆”として即時死刑の範疇。撤収を」
レオンハルトの唇が震え、肩がかすかに下がった。取り巻きの貴族参謀二名が青ざめて耳元で囁く。
「殿下……ここは、退きましょう。まだ護憲院が確定させたわけでは――」
だが全てが遅かった。
背後で扉が開き、監査庁舎からロルテ侯が現れた。蒼い羽飾りを揺らし、震える声で宣言する。
「王位継承第一順位・レオンハルト殿下の一時拘束を――護憲院の名において承認する!」
門衛長が敬礼し、王立騎士隊が分列、拘束鎖を手に進み出る。
レオンハルトは最後にヴィクトールを睨みつけ、押し殺した声で吐いた。
「……お前だけは、許さぬ」
「兄上の愛した“力”で、己を滅ぼすのはやめてください」
ヴィクトールは静かに答え、視線を逸らさなかった。
◆ ◆ ◆
数刻後。軍務省大講堂は臨時留置場と化し、近衛第二大隊の将校たちが一列に並び取調べを受けていた。
リュシアーナは帳簿写しを抱え、カーテン越しに講堂を見下ろす別室で立ち会っていた。嗅ぎ慣れたインクの匂いではなく、汗と鉄と焦燥の匂いが押し寄せる。
シルヴェインが脇に立ち、仮面を握ったまま言った。
「王太子は正式に“殿下”の称号を留保された。護憲院が剥奪裁可を出すまでは予断を許さない」
「それでも、腐った本丸はほとんど崩れました」
「代わりに――瓦礫の始末が始まる」
彼の指が窓硝子を弾く。講堂の奥でクラリッサが目を伏せ、拘束される王子を遠巻きに見つめていた。
リュシアーナは封蝋済みの補足帳簿を抱き直し、肩で息を吸う。
「瓦礫は私たちで片付けましょう。それが未来を建てる礎になる」
シルヴェインは微笑し、仮面をマントに隠した。
軍務省の塔時計が五度打ち、曇天の雲間からわずかな陽が差す。
終焉の鐘は、同時に再生の鐘――。
叛逆の乙女は、いまや王国の心臓部に剣を突き立て、次なる一手――“氷を砕く音”を待っていた。
軍務省本館は王宮東翼の一角、厚い花崗岩と鉄柵で要塞さながらに固められた庁舎である。
午後三時。冬雲を切り裂くような突破ラッパが上がり、鋼鉄の門扉が中から開かれた。門をくぐって現れたのは第一王子レオンハルト・イグレイン――純白の軍装に身を包み、背後には近衛第二大隊三百。すべて私兵装備と酷似した軽量銃剣を携え、その銃口は庁舎正面の衛兵へ向けられていた。
“弾劾”の報が広まるより速く、自ら動く。それが彼の策だった。
「門衛を退かせよ! 本館は本日より余が直接指揮する!」
門衛長は顔面を強張らせつつも立ちはだかる。
「本館は国王陛下の印章の下、第二王子殿下――監査庁の臨時封鎖下にあります。殿下といえど――」
最後まで言わせまいと、レオンハルトは曲刀を抜いた。白刃が鈍い西日を浴び、門衛長の胸元で静止する。
「余はまだ第一位王位継承者だ。兄弟の策謀で停職を言い渡される筋合いはない。退け」
門衛長の喉が鳴る。だが次の瞬間、石畳の奥で蹄の響き。
王立騎士隊第一連隊――蒼い外套をはためかせ、市街門から突進してくる。先頭の黒馬に跨るのは第二王子ヴィクトール。灰銀の瞳が冷ややかに王子を射抜き、一声高く命じた。
「近衛第二大隊に告ぐ。武装降下せよ! 王命に背き、国家予算を私兵に流用した容疑で殿下は拘束される!」
近衛兵たちがざわつく。彼らは王家直属であるが、正式には国王の私兵――ヴィクトールが持つ封緘文書を掲げられれば否応なしに従わざるを得ない。
レオンハルトの顔色に、煮え立つ怒りと焦燥が交互に走った。
「弟よ、貴様は王家を割る気か!」
「割ったのは兄上だ」
ヴィクトールは馬上から手綱を絞り、近衛兵列へ視線を移す。
「兄上が私兵化した装備はすべて証拠として押収される。従わねば軍法会議にかける。兵の将器を誤らせた罪は重い」
沈黙。やがて前列の小隊長が銃剣をおろし、膝をついた。一人また一人と従い、黒と白の軍列は雪崩のように鎮静化した。
レオンハルトは曲刀を握り締め、血が滴るほど手袋を食い込ませたが、周囲に並ぶ兵の瞳は既に揺らぎを失っている。
「……よかろう」
彼は舌打ち一つ、曲刀を鞘に納めた。
「王位は――力ある者が継げばいい」
袖口から火打ち筒を取り出す。その瞬間、周囲の空気が張り詰めた。
火花、硝煙――何かが爆ぜる音。だが視界に閃いたのは鋼糸だった。
「《梟》ッ!!」
シルヴェイン率いる影衛が屋根から飛来。火打ち筒は刃で弾かれ、宙を舞う前に粉砕される。弾薬が石畳に散り、火花は虚しく消えた。
シルヴェインは無言で仮面を半分だけ外し、琥珀の瞳をレオンハルトへ向ける。
「王都での武力蜂起は“国家反逆”として即時死刑の範疇。撤収を」
レオンハルトの唇が震え、肩がかすかに下がった。取り巻きの貴族参謀二名が青ざめて耳元で囁く。
「殿下……ここは、退きましょう。まだ護憲院が確定させたわけでは――」
だが全てが遅かった。
背後で扉が開き、監査庁舎からロルテ侯が現れた。蒼い羽飾りを揺らし、震える声で宣言する。
「王位継承第一順位・レオンハルト殿下の一時拘束を――護憲院の名において承認する!」
門衛長が敬礼し、王立騎士隊が分列、拘束鎖を手に進み出る。
レオンハルトは最後にヴィクトールを睨みつけ、押し殺した声で吐いた。
「……お前だけは、許さぬ」
「兄上の愛した“力”で、己を滅ぼすのはやめてください」
ヴィクトールは静かに答え、視線を逸らさなかった。
◆ ◆ ◆
数刻後。軍務省大講堂は臨時留置場と化し、近衛第二大隊の将校たちが一列に並び取調べを受けていた。
リュシアーナは帳簿写しを抱え、カーテン越しに講堂を見下ろす別室で立ち会っていた。嗅ぎ慣れたインクの匂いではなく、汗と鉄と焦燥の匂いが押し寄せる。
シルヴェインが脇に立ち、仮面を握ったまま言った。
「王太子は正式に“殿下”の称号を留保された。護憲院が剥奪裁可を出すまでは予断を許さない」
「それでも、腐った本丸はほとんど崩れました」
「代わりに――瓦礫の始末が始まる」
彼の指が窓硝子を弾く。講堂の奥でクラリッサが目を伏せ、拘束される王子を遠巻きに見つめていた。
リュシアーナは封蝋済みの補足帳簿を抱き直し、肩で息を吸う。
「瓦礫は私たちで片付けましょう。それが未来を建てる礎になる」
シルヴェインは微笑し、仮面をマントに隠した。
軍務省の塔時計が五度打ち、曇天の雲間からわずかな陽が差す。
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