さよなら、仮面の王子――婚約破棄された伯爵令嬢は才覚で国を救い、“本物の愛”に溺愛される

鍛高譚

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6-2 流刑地からの手紙

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6-2 流刑地からの手紙

 王太子戴冠式の祝砲が王都の空を染めてから七日後。
 春の風はまだ冷たく、王立図書院の中庭では早咲きのラッパスイセンが揺れていた。
 リュシアーナは新設された〈未来基金局〉の執務室に詰め、復興債の応募状況を確認していた。今日だけで五十七の農村と八つの職人組合が申請書を届け、数値は順調に伸びている。
 ――数字が鼓動を持ち、人の希望となる手応え。
 思わず小さく笑みをこぼしかけた瞬間、執務机の脇に置かれた銀盆に一通の封書が乗せられた。

 墨色の封蝋、表書きは細身の筆致──“リュシアーナ・エステル殿”。
 差出人欄には“L・I”の花押。第一王子、レオンハルト。現在は北方流刑地《黒岩砦》へ護送中のはずだ。

 剣より冷たい緊張が背筋を這い上がる。
 開封すると、長い行が震えるように走っていた。

> ──私は愚かだった。
力を集めるほど玉座が遠のくとは知らなかった。
だが王座を支える礎はまだ私の下に眠る。
私が贖いを望めば、君はそれを受け取るのか。
君が掲げる未来を、私の贖罪金で飾る日は来るのか。
返事は要らぬ。ただ、君の返礼を火の中で読もう。

余 レオンハルト・イグレイン



 数え切れない矛盾と自尊が絡み合った文章だった。
 だが二行目にだけ、剥き出しの後悔が滲む。
 リュシアーナは手紙を握り締めると、香油ランプの火口へ近づけた。

 紫煙に変わる前、インクが最後に瞬く。
 それは嘲りでも懇願でもなく、かつて自分が憧れを抱いた「王子」の面影であると、彼女は理解した。

◆ ◆ ◆

 同刻、王太子執務室。
 灰銀の瞳が手紙の複写を読み終え、ゆっくりと息を吐く。
 「兄上は贖罪金の提供を示唆している。私兵装備をばらした上に残していった資金──総額二百万ガルト」
 リュシアーナは静かに頷く。
 「受け取りましょう。ただし“私兵解体補償金”として王立騎士隊へ、そして復興基金へ半額を」
 「君が決めるならそれが国の意思だ」
 ヴィクトールは机の上の勅書に署名し、封を押した。“レオンハルト贖罪金受領許可状”。

 彼女は窓外の青空へ視線を投げた。
 「殿下……いいえ、陛下。贖罪は罪人を救うのではありません。未来の礎に変えるだけです」
 「だからこそ、兄上は手紙の焔を望んだ。灰こそ土壌になると悟ったのだろう」

 リュシアーナは胸に残る複雑な痛みを抱きしめながら微笑んだ。
 「贖いの灰は、王国の畑に撒きましょう。春の種は、もう蒔かれていますから」

◆ ◆ ◆

 数日後、黒岩砦。
 雪解けのぬかるみの中、レオンハルトは遠くを見たまま紙片の灰を握りつぶした。
 炎は一瞬でインクを呑み込んだが、灰の中に朱の粒が残った。
 それが王家の封蝋──受領許可状の断片だと認めたとき、彼はようやく肩の力を抜いた。

 遠い王都では復興基金の看板が掲げられ、民衆が列を成すという。
 空は曇り、砦の塔は錆びついている。
 それでも、彼の胸には細い炎が灯った。
 「……まだ王家の血は流れているか」

 北風が灰を運び、曇天の切れ目に微かな光が差し込む。
 その光は砦を照らすには弱すぎたが、自らを狂わせた闇を照らすには十分だった。

◆ ◆ ◆

 王都。
 復興基金第一回交付式の壇上で、リュシアーナは子どもたちへ真新しい算術書を手渡していた。
 表紙の裏には金文字でこう記してある。

> 本書は前王太子レオンハルト・イグレイン殿下の贖罪金により印刷されました。
学びは罪を超え、未来を救う。



 子どもたちが歓声を上げる度、灰は土に変わり、芽が顔を出す。
 リュシアーナはその光景を胸に刻んだ。

 鏡は割れない。
 割れた鏡を拾い集め、磨き、春の陽射しを映す。
 それこそが、叛逆の乙女が選んだ“ざまあ”の真の在り方だった。

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