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第一章:冷たい婚礼
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公爵夫人としての初仕事
昼下がりになると、屋敷の執事や秘書官がアスカのもとを訪れ、いくつかの書類への確認を求めてきた。公爵家の財務や行事のスケジュール、商人たちとの契約内容など、多岐にわたる。
セシリアとの遭遇
夕方になり、アスカは執事から屋敷内の執務室を紹介された。ここはもともとレイヴンの私室を兼ねているが、公爵が不在のときは公爵夫人が使用して良いとのことだった。重厚な机や、本がぎっしり詰まった書架が並び、窓からは庭が一望できる。
アスカが机の前に腰掛け、先ほどの書類を整理し始めた矢先、扉がノックもなく開け放たれた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは昼に中庭で見かけた金髪の美女――セシリアだった。
「あなたが、新しい公爵夫人……アスカさん、でいいのかしら?」
軽薄とも思えるほど柔らかな声。しかし、その瞳には高慢とも取れる鋭さが宿っている。アスカは一瞬ひるんだが、すぐに背筋を伸ばし、できるだけ冷静に微笑んでみせた。
「ええ、そうですが。あなたはセシリア様……ですよね。」
「そうよ。昨日の披露宴では忙しそうだったから、ご挨拶できなくて残念だったわ。」
セシリアはスカートの裾を軽く揺らしながら、室内をゆっくりと見回す。その様子は、この部屋が自分の領域であるかのような振る舞いだ。まるで、長年公爵家に住んでいるかのような気安さを感じさせる。
「でも、こうしてお顔を拝見する限り、とても綺麗なお方。さすがはリュミエール侯爵家のお嬢様ね。それにしても……」
と、セシリアは口元に手を当てて笑う。
「レイヴン公爵との新婚生活はいかが? もう熱烈に愛を囁いてもらった?」
その問いかけに、アスカの胸は微かに痛む。愛など皆無の結婚であることを、わざわざ問い詰めるように聞いてくる意図は何なのか。嘲笑されているようにも思える。
自分がどう答えるか迷っているうちに、セシリアはあからさまな嘲弄の笑みを浮かべて続けた。
「ま、あの人は気まぐれで冷たい人だから、花嫁を大事にする余裕なんてないのかもしれないわね。特に、最近は仕事が忙しいみたいだし……うふふ。」
アスカは、できる限り表情を変えずに応じる。
「お心遣い痛み入ります。まだ新婚早々で、夫との時間がほとんど取れていないのは事実です。ですが、公爵としての仕事は重要ですから、私もできる範囲でサポートしていく所存です。」
淡々と述べながらも、内心では複雑な感情が渦巻いていた。明らかにセシリアは、レイヴンとの“親密さ”を誇示するかのような態度を取っている。もしかすると、彼女は既に愛人のような立場にあるのかもしれない。それを新妻にわざと見せつける――その傲慢さが不快だったが、ここで感情を爆発させるわけにはいかない。
「ふふ、あなたって案外しっかりしているのね。退屈な『お人形さん』かと思っていたけれど、まぁ少しは楽しませてもらえるかもしれないわ。」
セシリアはつま先で軽く床を鳴らし、くるりと身を翻して部屋を出て行った。その背中から漂う香りと、挑発的な笑みが、アスカの神経を逆なでする。しかし、アスカはただ唇を結び、静かに息を吐くだけだった。
自分にできることを探して
セシリアの出現によって、アスカの不安はさらに増幅した。夫の不在、愛人と思しき女性の居座り、そして歪んだ財務状況。どれもこれも、彼女が想像していた以上に複雑だ。
とはいえ、嘆いてばかりでは何も解決しない。アスカは机に広げた書類を改めて確認し、まずは現状を把握することから始めることにした。自分にとって唯一確かなのは、これまで学んできた知識と、リュミエール家で培った分析力。愛のない結婚であっても、この家の“公爵夫人”という立場を最大限に活かす方法があるかもしれない。
「……やるしかないわよね。」
誰に向けるでもなく小さく呟き、アスカは書類にペンを走らせる。数字の不整合を洗い出し、改善策のメモをまとめ、さらに使用人たちからの報告を精査する。やがて日が暮れ始める頃には、机の上に分厚い資料の山が築かれていた。
顔を上げれば、外はもう夜の帳が降り始めている。部屋のランプに火を灯し、冷めきった夕暮れの空気を感じながら、アスカは自嘲的に笑った。新婚初日と二日目を文字通り事務仕事に費やすなど、誰が想像しただろう。
しかし、不思議と後悔はなかった。むしろ、こうして頭を働かせている間は、レイヴンとの不和やセシリアの存在を忘れられるからだ。何より、今のアスカにとっては「このまま黙って周囲に翻弄されるしかない」という立場は耐え難い。
であれば、自分の手元にある“公爵夫人としての権限”を少しずつでも行使し、徐々に立場を確立していくのが得策だろう――そう直感的に悟っていた。
冷たい再会
夜が更けた頃、アスカは廊下に出てみることにした。書類に埋もれ続けるのも限度があるし、そろそろ身体を動かして血行を良くしたかったのだ。
歩き慣れない長い回廊を抜け、螺旋階段を下りると、正面玄関の扉がゆっくりと開かれる音が聞こえる。アスカが振り返ると、そこにはレイヴンの姿があった。黒いマントをはためかせ、無言で屋敷に戻ってきた公爵の表情は疲労と冷淡さがないまぜになっている。
レイヴンはアスカの存在に気づくと、一瞬だけ目を細めた。だが、すぐに無表情へと戻り、形式ばった会釈をする。
「……外出していた。戻りが遅くなったが、気にするな。」
「おかえりなさいませ。お仕事、お疲れ様でした。」
まるで赤の他人のような会話だった。夫婦としての情も感じられず、必要最低限の言葉だけが交わされる。昨日から続く、この冷たい距離感にアスカはやるせない思いを抱きながらも、微かな期待を捨てきれずに問いかける。
「よろしければ、少しお話をうかがっても……。公爵家の財務管理について、確認したいことがあります。あなたに直接ご相談できればと思っていたのですが……」
しかし、レイヴンはわずかに顔をしかめて、首を横に振った。
「悪いが、今日は疲れている。また今度にしてくれ。」
それだけ言い残し、彼は執事とともに廊下の奥へと消えていった。アスカは足元に広がる影を見つめながら、何をどうすればいいのか、一瞬わからなくなった。
(この人は、本当に私と夫婦でいるつもりなんてあるのだろうか……。)
夜と孤独
結局、レイヴンと話をすることは叶わず、アスカは再び自室に戻ってきた。ベッドの脇にはすでに夜着が用意され、部屋に灯ったランプの柔らかい光が一日の終わりを告げている。
窓の外を見れば、昨夜と同じように闇が広がり、遠くの街灯りがまるで別世界のように揺れていた。ここから見下ろす王都は、相変わらず賑やかに人々の営みを続けているはずなのに、アスカに届く気配はない。
心細さが胸を満たし始めたころ、控えめなノックの音がする。扉を開けると、そこにいるのはリディアだった。彼女は温かいハーブティーを乗せた銀のトレーを手にし、申し訳なさそうに微笑んでいる。
「アスカ様、今夜はずいぶん遅くまでお仕事されていたと聞きました。少しでも心を落ち着けられればと思いまして……。」
「ありがとう、リディア。本当に助かるわ。」
アスカはリディアを部屋に招き入れ、机の端にティーカップを置いた。香り立つハーブの匂いに、ふっと緊張が和らぐ。
しばらく無言のまま、アスカはハーブティーを口に含んだ。ほどよい苦みと爽やかな香りが、乾いた心に染み渡る。
「……ここでの暮らし、どう? まだ勝手がわからなくて混乱してるんじゃない?」
リディアが恐る恐る尋ねる。彼女自身も、公爵家の使用人に混じって働くのは気詰まりなはずだ。
「そうね。わからないことだらけよ。でも、知らないまま放っておいたら、私という存在は誰にも見てもらえないかもしれない。それなら、多少強引でも、自分から動くしかないと思っているの……。」
アスカの言葉に、リディアはしんみりとした表情を浮かべた。
「アスカ様はやはり強いお方ですね。私が見ていても、心が折れてしまいそうな環境なのに……。」
「強いわけじゃないわ。ただ、これ以上、無力だと思い知らされるのは嫌なだけ。」
その言葉には、アスカ自身も驚くほどの決意がこもっていた。愛のない結婚。家の道具としての人生。そんな運命を受け入れるだけでは終わらない――そう自分に言い聞かせるように。
白い結婚の幕は上がったばかり
そして夜が深まるにつれ、アスカは今日一日の出来事を思い返す。レイヴンの冷たい態度、セシリアの挑発、執事や秘書官が抱える謎の財務事情。この“白い結婚”の裏には、思った以上に複雑な事情が渦巻いているのかもしれない。
だが、彼女はかすかな手応えを感じてもいた。政略結婚とはいえ、公爵夫人という立場を得たからには、それ相応の権限と責任がある。それを巧みに使えば、自分がただの人形で終わることなく、やがては家族やレイヴン、そしてセシリアすらも出し抜く可能性があるかもしれない――。
リディアが退出した後、アスカは重厚なカーテンを引き、ベッドに潜り込む。体は疲れ果てているはずなのに、頭は冴えたまま眠気を感じない。
暗い天井を見つめながら、彼女は密かに誓う。
(私は、こんな結婚を望んだわけじゃない。でも、だからと言って無力に甘んじるつもりもない。いつか必ず、この結婚に“ざまあ”と笑える日を迎えてみせる――。)
その誓いは、白く冷たい婚礼が済んだばかりの夜にしては、あまりにも熱を帯びていた。しかし、彼女の中で芽生え始めたこの炎は、まだ誰にも知られてはいない。
外の夜空では雲が重なり合い、月明かりさえも遮られている。だが、厚い雲の向こうに月が輝いているように、アスカの心の奥底にも光が潜んでいると信じたかった。今はまだ微弱な光でも、必ずそこから道が開けると――。
こうして、公爵家での生活が本格的に動き出す。夫との会話もままならず、彼の周囲には謎をはらんだ愛人らしき女性。そして屋敷の使用人たちの不穏な空気。数多の難題を抱えたまま、アスカは公爵夫人としての地位を少しずつ固めようと足掻き始めていた。
昼下がりになると、屋敷の執事や秘書官がアスカのもとを訪れ、いくつかの書類への確認を求めてきた。公爵家の財務や行事のスケジュール、商人たちとの契約内容など、多岐にわたる。
セシリアとの遭遇
夕方になり、アスカは執事から屋敷内の執務室を紹介された。ここはもともとレイヴンの私室を兼ねているが、公爵が不在のときは公爵夫人が使用して良いとのことだった。重厚な机や、本がぎっしり詰まった書架が並び、窓からは庭が一望できる。
アスカが机の前に腰掛け、先ほどの書類を整理し始めた矢先、扉がノックもなく開け放たれた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは昼に中庭で見かけた金髪の美女――セシリアだった。
「あなたが、新しい公爵夫人……アスカさん、でいいのかしら?」
軽薄とも思えるほど柔らかな声。しかし、その瞳には高慢とも取れる鋭さが宿っている。アスカは一瞬ひるんだが、すぐに背筋を伸ばし、できるだけ冷静に微笑んでみせた。
「ええ、そうですが。あなたはセシリア様……ですよね。」
「そうよ。昨日の披露宴では忙しそうだったから、ご挨拶できなくて残念だったわ。」
セシリアはスカートの裾を軽く揺らしながら、室内をゆっくりと見回す。その様子は、この部屋が自分の領域であるかのような振る舞いだ。まるで、長年公爵家に住んでいるかのような気安さを感じさせる。
「でも、こうしてお顔を拝見する限り、とても綺麗なお方。さすがはリュミエール侯爵家のお嬢様ね。それにしても……」
と、セシリアは口元に手を当てて笑う。
「レイヴン公爵との新婚生活はいかが? もう熱烈に愛を囁いてもらった?」
その問いかけに、アスカの胸は微かに痛む。愛など皆無の結婚であることを、わざわざ問い詰めるように聞いてくる意図は何なのか。嘲笑されているようにも思える。
自分がどう答えるか迷っているうちに、セシリアはあからさまな嘲弄の笑みを浮かべて続けた。
「ま、あの人は気まぐれで冷たい人だから、花嫁を大事にする余裕なんてないのかもしれないわね。特に、最近は仕事が忙しいみたいだし……うふふ。」
アスカは、できる限り表情を変えずに応じる。
「お心遣い痛み入ります。まだ新婚早々で、夫との時間がほとんど取れていないのは事実です。ですが、公爵としての仕事は重要ですから、私もできる範囲でサポートしていく所存です。」
淡々と述べながらも、内心では複雑な感情が渦巻いていた。明らかにセシリアは、レイヴンとの“親密さ”を誇示するかのような態度を取っている。もしかすると、彼女は既に愛人のような立場にあるのかもしれない。それを新妻にわざと見せつける――その傲慢さが不快だったが、ここで感情を爆発させるわけにはいかない。
「ふふ、あなたって案外しっかりしているのね。退屈な『お人形さん』かと思っていたけれど、まぁ少しは楽しませてもらえるかもしれないわ。」
セシリアはつま先で軽く床を鳴らし、くるりと身を翻して部屋を出て行った。その背中から漂う香りと、挑発的な笑みが、アスカの神経を逆なでする。しかし、アスカはただ唇を結び、静かに息を吐くだけだった。
自分にできることを探して
セシリアの出現によって、アスカの不安はさらに増幅した。夫の不在、愛人と思しき女性の居座り、そして歪んだ財務状況。どれもこれも、彼女が想像していた以上に複雑だ。
とはいえ、嘆いてばかりでは何も解決しない。アスカは机に広げた書類を改めて確認し、まずは現状を把握することから始めることにした。自分にとって唯一確かなのは、これまで学んできた知識と、リュミエール家で培った分析力。愛のない結婚であっても、この家の“公爵夫人”という立場を最大限に活かす方法があるかもしれない。
「……やるしかないわよね。」
誰に向けるでもなく小さく呟き、アスカは書類にペンを走らせる。数字の不整合を洗い出し、改善策のメモをまとめ、さらに使用人たちからの報告を精査する。やがて日が暮れ始める頃には、机の上に分厚い資料の山が築かれていた。
顔を上げれば、外はもう夜の帳が降り始めている。部屋のランプに火を灯し、冷めきった夕暮れの空気を感じながら、アスカは自嘲的に笑った。新婚初日と二日目を文字通り事務仕事に費やすなど、誰が想像しただろう。
しかし、不思議と後悔はなかった。むしろ、こうして頭を働かせている間は、レイヴンとの不和やセシリアの存在を忘れられるからだ。何より、今のアスカにとっては「このまま黙って周囲に翻弄されるしかない」という立場は耐え難い。
であれば、自分の手元にある“公爵夫人としての権限”を少しずつでも行使し、徐々に立場を確立していくのが得策だろう――そう直感的に悟っていた。
冷たい再会
夜が更けた頃、アスカは廊下に出てみることにした。書類に埋もれ続けるのも限度があるし、そろそろ身体を動かして血行を良くしたかったのだ。
歩き慣れない長い回廊を抜け、螺旋階段を下りると、正面玄関の扉がゆっくりと開かれる音が聞こえる。アスカが振り返ると、そこにはレイヴンの姿があった。黒いマントをはためかせ、無言で屋敷に戻ってきた公爵の表情は疲労と冷淡さがないまぜになっている。
レイヴンはアスカの存在に気づくと、一瞬だけ目を細めた。だが、すぐに無表情へと戻り、形式ばった会釈をする。
「……外出していた。戻りが遅くなったが、気にするな。」
「おかえりなさいませ。お仕事、お疲れ様でした。」
まるで赤の他人のような会話だった。夫婦としての情も感じられず、必要最低限の言葉だけが交わされる。昨日から続く、この冷たい距離感にアスカはやるせない思いを抱きながらも、微かな期待を捨てきれずに問いかける。
「よろしければ、少しお話をうかがっても……。公爵家の財務管理について、確認したいことがあります。あなたに直接ご相談できればと思っていたのですが……」
しかし、レイヴンはわずかに顔をしかめて、首を横に振った。
「悪いが、今日は疲れている。また今度にしてくれ。」
それだけ言い残し、彼は執事とともに廊下の奥へと消えていった。アスカは足元に広がる影を見つめながら、何をどうすればいいのか、一瞬わからなくなった。
(この人は、本当に私と夫婦でいるつもりなんてあるのだろうか……。)
夜と孤独
結局、レイヴンと話をすることは叶わず、アスカは再び自室に戻ってきた。ベッドの脇にはすでに夜着が用意され、部屋に灯ったランプの柔らかい光が一日の終わりを告げている。
窓の外を見れば、昨夜と同じように闇が広がり、遠くの街灯りがまるで別世界のように揺れていた。ここから見下ろす王都は、相変わらず賑やかに人々の営みを続けているはずなのに、アスカに届く気配はない。
心細さが胸を満たし始めたころ、控えめなノックの音がする。扉を開けると、そこにいるのはリディアだった。彼女は温かいハーブティーを乗せた銀のトレーを手にし、申し訳なさそうに微笑んでいる。
「アスカ様、今夜はずいぶん遅くまでお仕事されていたと聞きました。少しでも心を落ち着けられればと思いまして……。」
「ありがとう、リディア。本当に助かるわ。」
アスカはリディアを部屋に招き入れ、机の端にティーカップを置いた。香り立つハーブの匂いに、ふっと緊張が和らぐ。
しばらく無言のまま、アスカはハーブティーを口に含んだ。ほどよい苦みと爽やかな香りが、乾いた心に染み渡る。
「……ここでの暮らし、どう? まだ勝手がわからなくて混乱してるんじゃない?」
リディアが恐る恐る尋ねる。彼女自身も、公爵家の使用人に混じって働くのは気詰まりなはずだ。
「そうね。わからないことだらけよ。でも、知らないまま放っておいたら、私という存在は誰にも見てもらえないかもしれない。それなら、多少強引でも、自分から動くしかないと思っているの……。」
アスカの言葉に、リディアはしんみりとした表情を浮かべた。
「アスカ様はやはり強いお方ですね。私が見ていても、心が折れてしまいそうな環境なのに……。」
「強いわけじゃないわ。ただ、これ以上、無力だと思い知らされるのは嫌なだけ。」
その言葉には、アスカ自身も驚くほどの決意がこもっていた。愛のない結婚。家の道具としての人生。そんな運命を受け入れるだけでは終わらない――そう自分に言い聞かせるように。
白い結婚の幕は上がったばかり
そして夜が深まるにつれ、アスカは今日一日の出来事を思い返す。レイヴンの冷たい態度、セシリアの挑発、執事や秘書官が抱える謎の財務事情。この“白い結婚”の裏には、思った以上に複雑な事情が渦巻いているのかもしれない。
だが、彼女はかすかな手応えを感じてもいた。政略結婚とはいえ、公爵夫人という立場を得たからには、それ相応の権限と責任がある。それを巧みに使えば、自分がただの人形で終わることなく、やがては家族やレイヴン、そしてセシリアすらも出し抜く可能性があるかもしれない――。
リディアが退出した後、アスカは重厚なカーテンを引き、ベッドに潜り込む。体は疲れ果てているはずなのに、頭は冴えたまま眠気を感じない。
暗い天井を見つめながら、彼女は密かに誓う。
(私は、こんな結婚を望んだわけじゃない。でも、だからと言って無力に甘んじるつもりもない。いつか必ず、この結婚に“ざまあ”と笑える日を迎えてみせる――。)
その誓いは、白く冷たい婚礼が済んだばかりの夜にしては、あまりにも熱を帯びていた。しかし、彼女の中で芽生え始めたこの炎は、まだ誰にも知られてはいない。
外の夜空では雲が重なり合い、月明かりさえも遮られている。だが、厚い雲の向こうに月が輝いているように、アスカの心の奥底にも光が潜んでいると信じたかった。今はまだ微弱な光でも、必ずそこから道が開けると――。
こうして、公爵家での生活が本格的に動き出す。夫との会話もままならず、彼の周囲には謎をはらんだ愛人らしき女性。そして屋敷の使用人たちの不穏な空気。数多の難題を抱えたまま、アスカは公爵夫人としての地位を少しずつ固めようと足掻き始めていた。
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