『無彩の婚礼に、絵筆で抗います ―伯爵令嬢カリナの色彩革命―』

鍛高譚

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1話

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初夏の朝。
柔らかな陽光が中庭を照らし、花弁が揺れる――本来なら絵筆を握りたくなるほど美しい景色なのに、今日のカリナの心には一滴も染み込まなかった。

理由はひとつ。
「お嬢様、伯爵様がお呼びです」と侍女に告げられた瞬間から、胸の奥がざわついていたのだ。

 

◆父の書斎の空気は、相変わらず息苦しい

厚手のカーテンが閉ざされた書斎は、朝なのに薄暗い。棚には古文書がぎっしり積まれ、壁には先祖の肖像画がずらりと並ぶ。

――今日も圧がすごい。

深呼吸をひとつしてから、カリナはドアをノックした。

「失礼いたします……」

椅子に腰を下ろしていた父・ハロルド伯爵は、顔を上げずに巻物へ視線を這わせたまま言う。

「来たか、カリナ。今から大事な話がある。最後まで口を挟まずに聞け」

――大事な話。
この空気で大事な話なんて、嫌な予感しかしない。

 

◆突然の「婚約宣告」

「お前には婚約者が決まった。ヴェイル公爵家のご子息、エドリック・ヴェイル様だ」

鼓動が跳ねた。

エドリック・ヴェイル――
若くして政務を任され、王室にも信頼される、才能と美貌を備えた青年。
……ただし“冷酷な鉄の貴公子”とも噂される、近寄りがたい人物だ。

「父様、私、そのような方と――」

言いかけた瞬間、机を叩く音が雷のように響く。

「黙れ。これはステラリア家の存続がかかった重大な縁談だ。お前に選択権はない」

心臓がきゅっと縮む。
昔から怖いと思っていた父の声が、今日はまるで呪縛のように重い。

「……承知しました」

ようやく絞り出した返事に、父は満足げに頷いた。

「婚約式はすぐに執り行う。花嫁たるもの恥をかかせるなよ」

――恥って。いや、私の気持ちは……?

そんな声は、喉の奥で霧散した。

 

◆“花嫁ごっこ”が始まる

部屋に戻る廊下で、侍女たちが気まずそうに避ける。

(は、早く広まってる……!)

自室に戻るなり、どっと力が抜け、ドアの前でへたり込んだ。

家のため――
そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、心が擦り切れる。

鏡台の前に座って髪を梳いても、いつもは光る淡金色の髪が今日はくすんで見えた。

侍女たちがドレスを持ち込み、次々と意見を求めてくるが、何を着ても「人形の衣装合わせ」以上の意味を感じない。

(私……ただ飾られるだけの“婚約品”みたい……)

 

◆スケッチブックが呼んでいるのに

ふと机のスケッチブックが目に入る。
描きかけの初夏の庭が、続きを求めるようにページを開いたまま。

「……ごめんなさい」

そっと閉じた。
夢まで閉じ込めてしまうような、胸の奥がズキンと痛む仕草だった。

 

◆それでも、心だけは小さく反抗する

長い一日の終わり、日記帳を開き、震える手でひとこと書く。

――私は道具になるつもりはない。

けれど、その文字さえ頼りなく霞んで見えた。

明日から続く婚約準備。
家のために生まれた“道具”として日々を過ごす未来――

まだこのときのカリナは、自分の人生がどれほど大きく変わるかを知らない。

この“無機質な婚約”が、彼女をある運命へと導くことになるなんて――
ほんの少しも。


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