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3話
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夜。
そんな喧噪を他人事のように聞き流しながら、シャル・ド・ネ・アルベールは自室の巨大クッション山に埋もれていた。絹のナイトガウン姿で、片手には本、もう片手にはホットミルク。枕元には焼きたてのスコーンが盛られ、上質なクロテッドクリームが月光を受けて艶めいている。
「はぁ……極楽ですわ」
社畜時代には深夜三時でもパワポを修正していた。今は同じ時刻、ふわふわの羽根布団で読書三昧。これ以上の勝ち組がいるだろうか。
そこへ控えめなノック音。
「お嬢様、侍女長マルグリットです」
「どうぞ」
入ってきたマルグリットは、手に書類束を抱えている。シャルは眉を上げた。
「また噂の火消し案? ご苦労さま。でも必要ありませんわ」
「ですが、お嬢様のお気持ちを憶測で語る下世話な新聞が――」
「放っておきましょう。明日には新しい話題を探しますわ。世間とはそういうものですもの」
そう言ってシャルはページをめくり、さりげなく話題を変える。
「それより“とろけるプリン”の試作どうでした? カラメルの温度を二度下げたら滑らかさが増したでしょう?」
マルグリットは目を丸くし、やがて微笑んだ。
「はい、お見事でございました。厨房の者たちが“革命”と騒いでおります」
「革命? いい響きですわね。王太子殿下のよりよほど甘美ですこと」
くすくすと笑い、スコーンを齧る。バターと蜂蜜が舌の上でとろけ、幸福が体温を上げていく。
侍女長は意を決したように口を開いた。
「お嬢様。……本当に、復讐なさらないのですか?」
「ええ。だって面倒ですもの」
「ですが世間は“可哀想な捨てられ令嬢”と決めつけ――」
「それも明日には“謎の菓子長者”に塗り替わりますわよ?」
自信満々の宣言に、マルグリットは苦笑した。シャルは本を閉じ、カーテンを少し開けて夜空を見上げる。
「ご覧なさい。雲ひとつない満月。──わたくしは、あの月と同じくらい満ち足りていますの。だから余計な争いで欠ける必要なんてありませんわ」
その横顔は静謐で、けれどどこか愉快そうでもある。
侍女長は深々と頭を下げた。「……畏まりました。では、噂の対応は最小限に留めておきましょう」
「ありがとう。あ、明日は昼まで寝坊しますので起こさないでくださいね」
「……“昼”とは何時を指しますか?」
「わたくしが目を覚ました時刻。それが昼ですわ♪」
マルグリットが「承知しました」と答え、扉を閉める。
残された静寂の中、シャルはティーカップを掲げ、そっと呟いた。
「さあて……王都の皆様が“可哀想な令嬢”を演じてくださる間に、わたくしは夢の中で次のスイーツを考案しますわ」
満月の光が絹のシーツを青白く照らし、彼女の笑みを柔らかく映す。
その心は、社交界の動揺を子守唄にして揺らぐことなく──むしろほのかな高揚で脈打っていた。
そんな喧噪を他人事のように聞き流しながら、シャル・ド・ネ・アルベールは自室の巨大クッション山に埋もれていた。絹のナイトガウン姿で、片手には本、もう片手にはホットミルク。枕元には焼きたてのスコーンが盛られ、上質なクロテッドクリームが月光を受けて艶めいている。
「はぁ……極楽ですわ」
社畜時代には深夜三時でもパワポを修正していた。今は同じ時刻、ふわふわの羽根布団で読書三昧。これ以上の勝ち組がいるだろうか。
そこへ控えめなノック音。
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「どうぞ」
入ってきたマルグリットは、手に書類束を抱えている。シャルは眉を上げた。
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「放っておきましょう。明日には新しい話題を探しますわ。世間とはそういうものですもの」
そう言ってシャルはページをめくり、さりげなく話題を変える。
「それより“とろけるプリン”の試作どうでした? カラメルの温度を二度下げたら滑らかさが増したでしょう?」
マルグリットは目を丸くし、やがて微笑んだ。
「はい、お見事でございました。厨房の者たちが“革命”と騒いでおります」
「革命? いい響きですわね。王太子殿下のよりよほど甘美ですこと」
くすくすと笑い、スコーンを齧る。バターと蜂蜜が舌の上でとろけ、幸福が体温を上げていく。
侍女長は意を決したように口を開いた。
「お嬢様。……本当に、復讐なさらないのですか?」
「ええ。だって面倒ですもの」
「ですが世間は“可哀想な捨てられ令嬢”と決めつけ――」
「それも明日には“謎の菓子長者”に塗り替わりますわよ?」
自信満々の宣言に、マルグリットは苦笑した。シャルは本を閉じ、カーテンを少し開けて夜空を見上げる。
「ご覧なさい。雲ひとつない満月。──わたくしは、あの月と同じくらい満ち足りていますの。だから余計な争いで欠ける必要なんてありませんわ」
その横顔は静謐で、けれどどこか愉快そうでもある。
侍女長は深々と頭を下げた。「……畏まりました。では、噂の対応は最小限に留めておきましょう」
「ありがとう。あ、明日は昼まで寝坊しますので起こさないでくださいね」
「……“昼”とは何時を指しますか?」
「わたくしが目を覚ました時刻。それが昼ですわ♪」
マルグリットが「承知しました」と答え、扉を閉める。
残された静寂の中、シャルはティーカップを掲げ、そっと呟いた。
「さあて……王都の皆様が“可哀想な令嬢”を演じてくださる間に、わたくしは夢の中で次のスイーツを考案しますわ」
満月の光が絹のシーツを青白く照らし、彼女の笑みを柔らかく映す。
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