追放令嬢の辺境パティスリー ~桃のタルトと第二王子の溺愛~

鍛高譚

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15話

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 ――すると、突然、背後の茂みがガサリと揺れる音がした。狩人のひとりが声を低くして叫ぶ。

 「そこだ……なんかいる!」

 次の瞬間、茂みから飛び出してきたのは大きな黒い影。熊……に似た形だが、体毛には赤黒い筋が入り、瞳は爛々と血走っている。普通の野生動物とは明らかに雰囲気が違う。これが、噂の“魔物”なのかもしれない。

 「ぐおおおおお……っ!」

 凄まじい咆哮とともに、魔物が狩人たちに向かって突進してくる。青年が弓を放つが、その厚い毛皮を貫くには至らない。中年の狩人が斧を構え、相手の横腹を狙って振り下ろすが、魔物は俊敏な動きでそれを避け、逆に前脚で狩人を薙ぎ払った。

 「わああっ……!」

 狩人が地面に転がり、大きく息を乱す。幸い大怪我ではなさそうだが、魔物の攻撃は続く。わたくしは喉がカラカラに乾き、恐怖で足がすくむ。こんなものと正面から戦えるわけがない。

 (ど、どうしよう……!)

 頭の中が真っ白になりかけたそのとき、ふと胸ポケットにある“銀の笛”の存在を思い出した。ジルからもらったあの笛――“もしものときに使え”と言われたが、本当にそんな奇跡が起こるのだろうか。

 「狩人の皆さん、今のうちに逃げましょう! わたくしが笛を吹いてみます!」

 わたくしは震える手で銀の笛を取り出し、思い切り息を吹き込む。澄んだ、高く澄んだ音色が森にこだまする。だけど、すぐに何かが起こるわけではない。魔物は低い唸り声を上げながら、こちらを狙ってくる。狩人たちはわたくしを守ろうと必死で武器を構えるが、勝ち目は薄い。

 「やるしかねえ! ここでやらなきゃ、被害はもっと出るかもしれねえ……っ!」

 狩人たちは覚悟を決め、再度魔物に向かっていこうとする。わたくしも笛を握りしめ、どうにかして助けを呼ぼうと再び口を当てようとした――その瞬間。


 風を裂くような勢いで、森の奥から影が駆けてきた。銀色の刃が一閃し、魔物の横腹を正確に捉える。血飛沫が舞い、魔物が怒りの咆哮を上げてのたうち回る。

 驚いてそちらを振り向くと、そこには漆黒のマントをなびかせた騎士――いや、あの“ジル”が立っていた。どうやってこんな短時間で駆けつけたのか、わたくしには理解が追いつかない。

 「怪我はありませんか、アンリ様!」

 ジルは素早い動きで魔物の背後を取り、再度斬りかかる。魔物も必死に抵抗し、前脚で反撃するが、ジルはそれを軽くいなし、喉元を貫く決定打を与えた。

 「ぐっ……があああ……!」

 大きな呻き声を残し、魔物は崩れ落ちる。地面を血で濡らしながら、息絶えたようだ。狩人たちは放心状態でその光景を見つめている。わたくしは体中の力が抜け、地面に崩れ落ちそうになったが、必死に踏みとどまる。

 「じ、ジル様……どうしてここに……?」

 「あなたが吹いた笛の音が聞こえたからです。……というのは半分冗談で、実はあなたの行動が気になって、こっそり後を追わせてもらっていました。危ない真似をすると思っていたのでね」

 ジルは息を整えながら微笑む。なるほど、最初から“公務がある”というのは口実で、本当はこっそり護衛してくれていたのかもしれない。わたくしは呆れるやらほっとするやらで、胸がいっぱいになる。

 「ありがとうございます。助かりましたわ……。でも、どうしてここまでして……?」

 わたくしの問いに、ジルは曖昧な笑みを浮かべるだけで、はっきりとは答えない。ただ、その目には確かな優しさが宿っていた。

 狩人たちがようやく息を吹き返し、崩れ落ちた魔物を確認する。どうやら完全に事切れているようだ。皮を剥ぐことはできるのかもしれないが、こんな凶暴な相手の毛皮を誰が欲しがるだろう。とにかく、被害が最小限で済んだのは不幸中の幸いだ。

 「この森はやはり危険ですね。今はもう引き返しましょう。桃の木は確かにありましたが、あれほどの魔物が出るなら、無闇に近づかないほうがいい」

 ジルの提案に、わたくしも同意するしかない。確かに果樹園はあったが、あんな魔物が闊歩しているなら採取もままならない。わたくしは無念の思いを抱えながらも、狩人たちの怪我を手当てしつつ、一行は慎重に森を後にした。
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