追放令嬢の辺境パティスリー ~桃のタルトと第二王子の溺愛~

鍛高譚

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23話

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コンテストから数日後、わたくしは王宮内の特設厨房で晩餐会用のデザートを作っていた。普段の社交界では考えられないような規模で、王や外交官、王族に加えて大勢の貴族や客人が集まるというから、相当数のタルトを用意せねばならない。

 「だけど、こんな大きなオーブンを使えるなんて……最高ですわ!」

 辺境の竈では考えられないほど効率よく、一度に何枚ものタルトを焼ける。ここに来るまでの工程は大変だったが、ピエールをはじめ何人かのサポートを得られたおかげで、なんとか仕込みも順調に進んでいる。

 (本番までに焼き上げて、仕上げをして……みんなに最高の味を届けたい)

 これだけ大口の仕事は初めてだが、わたくしは不思議と落ち着いている。コンテストで得られた自信が後押ししてくれているのだろう。それに、辺境で毎日タルトを焼き続けるうちに身についた“頑丈なメンタル”が役に立っているのも大きい。

 そのとき、厨房の隅でひそひそと話す料理人たちの声が耳に入る。どうやら、先ほど“ジルベール殿下”が通った際に、少し上機嫌だったとか、そんな話題らしい。王都に住む人々の間でも、殿下が普段より柔らかい表情を見せていると噂されているようだ。

 (もしかして、殿下はわたくしの頑張りを楽しみにしてくださっているのかしら……?)

 思わず顔が火照る。彼が辺境でわたくしを助けてくれたときから、内心で意識していたのは事実だ。でも、相手は王族――しかも王位継承権を持つ第二王子。わたくしのような追放同然の伯爵令嬢が恋愛感情など、考えていいはずもない。

 (今は考えないようにしましょう。まずはタルトに全力を注がなくちゃ)

 そう気持ちを切り替え、仕上げのカスタードクリームを泡立てる。程よく泡立ったクリームを生地に流し込み、シロップ漬けの桃を美しく並べ、オーブンへ。続けて次々と焼き上げる。

 あっという間に時間が過ぎ、晩餐会のスタートが迫ってくる。わたくしは大量のタルトを仕上げてワゴンに載せ、料理人たちと一緒に大広間の隣へ運び込む。ここから先は給仕役の人々が取り分けと配膳を行い、王や貴族たちに届ける。

 やがて、晩餐会が始まり、豪勢な料理が続々と並べられる。わたくしは厨房の片隅で待機し、時折呼び出しがあれば対応する流れだ。メイン料理やスープのコースが終わり、いよいよデザートの時間がやってくる……。

 厨房のモニター……ではなく、給仕係が持ってくる“情報板”には、会場の状況が簡単に書き込まれてくる。今は魔法道具のようなものが使われ、厨房と給仕係が連絡を取り合っているらしい。辺境にいたわたくしには馴染みがなく、なんとも不思議な光景だ。

 「デザート、そろそろご提供ください!」

 その合図とともに、わたくしのタルトがずらりと会場へ運ばれていく。もう祈るしかない。大勢の客がどんな反応を示すのか、そしてジルベール殿下はどんな表情で食べてくれるのか……ドキドキが止まらない。

 数分後、給仕係の一人が厨房に駆け込んできた。興奮気味に「すごい歓声ですよ! 皆さま、タルトが美味しいと絶賛しています!」と報告してくれる。わたくしは思わず「本当?」と聞き返す。すると、彼女は頷きながら続ける。

 「ええ、ほとんどのテーブルでペロッと平らげられて、追加を求める声も上がっているくらいです! おかわり分はまだありますか?」

 「もちろんです。すぐに切り分けて追加分を出しますわ!」

 わたくしは急いで用意していたタルトを再度仕上げ、給仕係に託す。嬉しい悲鳴とはまさにこのこと。こうして喜んでくれるなら、焼き甲斐があるというものだ。

 (やった……わたくしのタルト、王族や外国の要人にまで認められたんだわ!)

 辺境の竈で培った技術と情熱が、ここ王宮の晩餐会で花開いた。コンテストの準優勝に続く、大きな成功だ。誇らしくて胸がいっぱいになる。

 晩餐会の終盤、厨房での片付けがほぼ終わったころ、ジルベール殿下の側近が再びやってきて、わたくしに声をかけた。「殿下が、最後にあなたをお呼びです」とのこと。

 わたくしは手早くエプロンを外し、身なりを整えてから急いで広間の奥へ向かう。そこには、一足先に晩餐会の席を離れたジルベール殿下が立っていた。王族の中でも気品あふれる立ち姿は、何度見ても慣れないものがある。

 「アンリ、今日は本当にお疲れさまでした。あなたのタルトは大評判ですよ。各国の来賓も“こんなに繊細な味のタルトは初めてだ”と絶賛していました」

 穏やかな声。わたくしは頭を下げながら、心の底から喜びが湧き上がるのを感じる。

 「殿下のお力添えがあってこそです。わたくし一人では、到底こんな大舞台で焼かせてもらえることなど……」

 そう言いかけるわたくしに、殿下はゆっくり首を振る。

 「いえ、わたしはきっかけを作っただけ。実際に努力し、結果を出したのはあなたです。……本当に、見事でした」

 その瞳は真っ直ぐわたくしを見つめている。急に胸がドキドキしてきて、息苦しささえ覚える。周囲に人の気配はほとんどない。晩餐会の熱気から離れたこの場所で、二人だけの静かな空気が流れていた。

 「アンリ、わたしはあなたを――」

 殿下がそこまで言いかけたとき、不意に足音が近づいてきた。王宮の侍女のようだ。「殿下、皆さまが殿下のお言葉を……」と、殿下に挨拶を求めているらしい。公的な立場として、晩餐会の締めの挨拶が必要なのだろう。

 殿下は少し残念そうな表情をしながら「すぐに行く」と告げ、わたくしに向き直る。

 「また後日、改めてお話ししましょう。あなたは疲れたでしょうから、今日はゆっくり休んでください」

 そう言い残して、殿下は侍女に案内されて去っていった。まるで嵐のような一日だったが、わたくしは最高の形で晩餐会を成功に導けた。今の心境は、達成感と……ほんの少しの“ときめき”。

 (わたしを“何”と呼ぼうとしたのだろう? あなたを……? あるいは、“わたしはあなたをどう思っているのか”と言いたかったのかもしれない。ああ、気になる)

 そんな甘酸っぱい思いが頭をかすめ、顔が熱くなる。まさか王族に恋なんて、と思いつつも、あの日辺境で助けてもらったときから、わたくしの心にはずっと殿下がいる。

 胸の奥に広がる甘い予感――それは、かつてのわたくしがレオン様に抱いた想いよりも、はるかに深く優しいものだった。

 (いつか、殿下から“本当の言葉”を聞ける日が来るだろうか……わたくしはそのときに、どんな答えを返すのかしら)

 ざまあ……なんてもう思わない。わたくしは、わたしの“好き”を貫いてここまで来た。それが結果的に婚約破棄を糧にし、王都に認められるまでの道になったのだ。

 スイーツと恋の結末――それはきっと、“とびきり甘く”なる。いずれ、わたくしが真の“桃のタルト”を完成させたとき、もう一度殿下に食べてもらいたい。そして今度は、わたくしの人生そのものを、彼に捧げたいと思えるほどの気持ちを……。

 それこそが、わたくしの新しい物語の続きなのだろう。

 そう思いながら、わたくしは夜風が吹き込む廊下を一人歩き出した。辺境で待っている店の仲間たちに、この結果を早く伝えたい。そしていつか、この国中がわたくしのタルトを求めて行列を作る日が来るかもしれない――そんな夢を、現実のものとして掴むために、わたくしはさらに努力を続ける。

甘く、濃厚な香りが漂うスイーツのように、わたくしの人生はますます豊かな彩りを帯びていくだろう。それはもう、“追放された令嬢”という過去の肩書きではなく、“新たな道を切り拓いたパティシエ”として。

 ――ざまあされたのは、もしかすると、わたくしではなく、わたくしを捨てた人々だったのかもしれない。そう穏やかに思いながら、わたくしはそっと微笑みを浮かべた。

 大切なのは“自分の幸せを掴むこと”。そのために、わたくしは何度でもタルトを焼き続ける。いつか本物の完熟桃を手に入れて、あの森の果樹園も再生できるかもしれない。まだまだやることは山積みだ。

 でも、もう一人じゃない。仲間がいるし、わたくしを応援してくれる人が増えた。そして、いつかは――ジルベール殿下とともに、特別な未来を歩むことになるのかもしれない。

 そう、きっとこれから始まる物語は、果てしなく甘く、幸せに満ちているはず。わたくしはトロフィーを抱きかかえ、月の光に照らされる廊下を静かに進んでいく。遠く辺境の夜空と同じ美しい星々が、頭上で優しく瞬いていた。

 明日の朝になれば、きっと王都の人々の間で“シャルパンティエ洋菓子店”の名が囁かれるだろう。婚約破棄をされた女が、こんなにも眩しく生きるようになったという事実――それこそが何よりの“ざまぁ”かもしれない。

 そして、わたくしの胸には、“次はどんなタルトを作ろう?”というワクワクがすでに溢れていた。恋も仕事も、まだまだこれから。だって、わたくしはアンリ・シャルパンティエ・マ・タルト・オ・ペーシュ――桃のタルトを愛する女なのだから。
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