悪女に仕立てたのはあなたでしょう?〜婚約破棄は歓迎ですわ、後悔なさいませ〜

鍛高譚

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第2章:揺れ動く王都と、隣国の誘い

8話

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王太子の影と、迫り来る噂

 茶会が始まってしばらくの間、特に波乱はなかった。レオニスが中央で挨拶をし、招いた貴族たちに「これを機に友好を深めたい」と語る。私を含め、ほかの客たちも和やかに会話を交わし、隣国の珍しいお茶や菓子に舌鼓を打つ。

 そんな中、ちらほらと私に言葉をかけてくる人もいた。特に、侯爵家の令息とその婚約者の令嬢は、「セイラ様が本当に悪女だなんて、信じていません」とはっきり言ってくれた。彼らは「王太子殿下がああも強引な態度をとるのはおかしい」とも感じているらしく、むしろ私に同情的だ。

「リリア様が聖女だというのは結構ですが、肝心の“奇跡”に関する詳細が全然伝わってきませんもの。おかげで、王太子殿下に対する不信感が高まるばかりです」
「セイラ様がもし本当に国を乱す悪女だとしたら、もっと明確な証拠があるはず。アルベルト殿下がなぜそこまで彼女を糾弾するのか理解できませんわ」

 彼らの言葉を聞きながら、私は心底ほっとしていた。王都中すべての貴族が私を疑っているわけではないし、むしろ王太子の行動を不審に思う人も少なくないのだ。それは私にとって大きな救いだった。

 とはいえ、こうした考えを公然と言うのはリスクがある。王太子を批判することは王権を揺るがす行為にもなりかねないからだ。だから、彼らは声を潜めながら私に同調してくれる。レオニスはそんな様子を遠巻きに見守りつつ、時折微笑を浮かべる。

 やがて、茶会が後半に差しかかる頃、空気を揺るがすような報せがもたらされた。レオニスの部下らしき青年が広間に駆け込んで、主君である王子に何事かを耳打ちする。すると、レオニスの表情が一瞬で険しくなった。

「……何? まさか、ここに……?」

 低く抑えた声でそう呟き、レオニスは私のほうへ視線を投げかける。そして、少しばかり困ったように肩をすくめると、宣言した。

「諸君、どうやらとんでもない客が来たらしい。……王太子アルベルト殿下が、この館の前に現れたそうだ」

 その言葉に、広間は一気にざわめいた。まさか、あの王太子が隣国の王子が開く茶会に、無断で訪れるとは誰も想像していなかったのだろう。私も驚きで息を飲む。――一体、彼は何をしに来たのか?

 戸惑いの沈黙が漂う中、ドアが勢いよく開かれ、見慣れた金髪碧眼の男が姿を現した。
 王太子アルベルト――私の元・婚約者だ。彼は高圧的な雰囲気を纏い、まるで自分こそが主人だと言わんばかりの足取りで広間へと乗り込んでくる。その後ろには、例の聖女リリアが控えるように寄り添っていた。

「……これは、奇遇だな。レオニス王子殿下。まさか王太子たる私を差し置いて、このような催しを開いているとは知らなかったぞ」

 アルベルトは口の端を吊り上げ、険のある声で言う。レオニスはやや呆れた様子を隠さず、冷静に返した。

「差し置いて、とは初耳だな。私はこの国に滞在している客人として、王都の貴族たちと交流を図っているに過ぎない。わざわざご報告する義務があるとも思えないが」

 その場の空気が一気に張り詰めた。王太子という絶対的な地位を誇るアルベルトに対して、隣国の王子であるレオニスはまるで対等以上の態度で応じているのだ。下手をすれば外交問題に発展しかねないが、アルベルトも“お客様”にあからさまな非礼を働くのは難しいだろう。ただ、彼はそれでも何とか言いがかりをつけようとしているように見える。

「……そうか。まあよい。ところで、セイラ・フォン・アークライト、貴様もここにいるのだな?」

 急に名前を呼ばれ、周囲の視線が私に集中する。私はアルベルトを見返しながら、できるだけ平静を装って一礼した。

「ごきげんよう、殿下。お久しぶりですわね」

 言葉自体は丁寧にしたが、彼への敬意はまるで込めていない。アルベルトは一瞬眉をひそめたが、すぐに軽蔑するような笑みを浮かべる。

「久しぶり、か……貴様は私に対して何か言うことはないのか? 先日の舞踏会で、私がお前の悪事を暴いたことを覚えていないわけではあるまい。いや、まさかここで他国の王子に媚を売っているとは……呆れた女だ」

 悪事とは具体的に何か――その問いを口にしそうになって、私は思いとどまる。今ここで感情を荒らげても仕方がない。それよりも、アルベルトがなぜわざわざこの茶会に来たのかが気になる。まさか、私を連れ戻しに来たわけでもあるまい。すでに彼はリリアと共にいるのだから。

「殿下に悪事などした覚えはございませんが、ここで口論しても場が荒れるだけでしょう。何か御用があるのなら、私ではなくレオニス殿下に伝えていただけます?」

「……言われなくとも分かっている。レオニス王子殿下、貴殿は今回の滞在中に我が国と新たな貿易協定を結ぶとか。ならば私としても、国を代表する立場として一度顔を出す必要があったのだ」

 そう言い繕うものの、その視線は明らかに私とリリアを交互に睨んでいる。リリアのほうも、私に向かって悲しげな顔を作りながら、一歩下がったところに立っている。

(何を企んでいるのかしら……)

 リリアもアルベルトも、いきなり現れた理由を明確にしない。ただ、周囲の客たちは気まずそうに目を伏せている。この場で王太子と隣国の王子が揉めたりすれば、自分たちがとばっちりを受けかねないからだ。

 そんな沈黙の中、レオニスが小さく息をつき、あくまで礼儀正しい口調で言った。

「アルベルト殿下がこうして足を運んでくださったのは光栄だ。ぜひ、ご一緒にお茶でもいかがだろう? なにしろ私は、貴殿とも親睦を深めたいと考えているのだから」

「……ふん。ならば、リリアの席も用意してもらおうか」

 アルベルトはそう言って、そばにいたリリアを促す。リリアははにかむように微笑みながら、一応レオニスに向かって会釈をした。

「はじめまして……。私はリリア・エルステッドと申します。聖女として、微力ながら王太子殿下をお支えしていますわ。今日は、お会いできてとても嬉しく思います」

 その可憐な姿と美しい声に、近くの貴族女性たちは「噂以上の美女……」と感嘆の息を漏らした。確かに、その容姿だけを見ればまるで神々しい少女のようだ。……しかし、私にはその笑顔の奥に見え隠れする、底知れない冷たさを感じ取ってしまう。

(あの子が……私を“悪女”だと王太子に吹き込んだ張本人、というわけね)

 リリアの視線が、ほんの一瞬だけ私と交差する。すると彼女は悲しげな表情を浮かべ、そっとかぶりを振るのだった。――まるで「あなたが罪を認めないから、私もつらいんです」と言いたげな態度だ。

 胸にかすかな苛立ちが募るが、今ここで大声を上げてもどうにもならない。少なくとも、レオニスが王子としての立場を弁え、この場を穏便に取り仕切ろうとしている以上、私が勝手に騒ぎを起こして台無しにするわけにはいかない。
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