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8章
8-3
しおりを挟む華やかな音楽が流れ、シルフィーネとエドワルドは貴族たちから祝福の言葉をかけられながら、落ち着かない時間を過ごす。一部の者は明らかに不満そうな態度を示していたが、王太子の前では何も言えず、ただ会釈するに留まっている。
そんな中、給仕の者たちがワインやシャンパン、各種の飲み物を配っている姿が目に留まった。大勢の客がいるため、グラスが無数に用意され、給仕たちは忙しく動き回っている。
「お嬢様、お飲み物をいかがでしょう」
そう声をかけられて、シルフィーネは一瞬迷った。実は、医師から「強いアルコールは控えた方がいい」と言われているのだ。エドワルドも「もし飲むなら、ごく少量か葡萄ジュース程度にした方がいい」と助言してくれている。
給仕のトレイには赤ワインと白ワインが並んでいたが、彼女は「すみません、私にはお酒以外のものを……」と小声で頼んだ。すると、給仕は「承知しました」と一礼して下がっていく……はずだったが、ほんの一瞬、その男の視線に奇妙な違和感が宿ったように思えた。
(なんだろう……? 今の給仕、どこかで見た顔のような……)
だが、周囲の人ごみと忙しさに紛れて、すぐに彼の姿は消えてしまい、シルフィーネは追及できないまま。胸の奥に小さな不快感が芽生えつつも、エドワルドの隣で挨拶を交わすうちに、その違和感を一時忘れる。
――しかし、その陰で、あの給仕の男はトレイの中のグラスにこっそりと細工をしていた。ほんの少し前に廊下で誰かと密談を交わした形跡がある。彼の表情には暗い決意が浮かんでおり、その手の中には小瓶が握られている。そこに含まれた薬品は、摂取すれば頭痛や吐き気、さらには意識を失う恐れもあるという危険なものだ。
それは決して即死毒のようなものではないが、この場で公爵令嬢が醜態を晒すには充分な威力を持つ。病弱な身体に追い討ちをかけ、周囲に「やはりあの令嬢は欠陥がある」と思わせるのが狙いだろう。犯人は巧妙にグラスを毒入りとそうでないものに仕分けし、シルフィーネの手元へ運ぶタイミングを見計らっている。
(絶対に失敗は許されない。……そうさえすれば、“あの方”に俺たちは報酬をもらえる)
給仕の男は焦りを押し殺しながら、トレイを抱えて再び会場を巡回する。目的はただ一つ――シルフィーネが毒入りのグラスを口にするよう誘導し、夜会の最中に体調不良を引き起こさせること。
それが成功すれば、この夜の婚約発表はメチャクチャになるはずだ。噂好きの貴族たちは一斉に「やはり病弱だった」「あんな女が王太子妃など論外」と囃し立てるだろう。狙い通りに行けば、エドワルドとの縁談にも大きな影響を与える――と、彼は信じて疑わない。
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