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8章
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しおりを挟む一方、エドワルドはシルフィーネの様子を細やかに気遣いながら、そろそろスピーチの準備に向かおうとしていた。夜会の中盤で彼が正式に婚約を宣言し、国王からの祝辞を仰ぐ段取りになっている。
広間の中央には小さな演壇が設置され、王家の紋章が飾られている。音楽が一時止まり、会場の視線がそこへ集中し始める。エドワルドはシルフィーネに微笑み、手を差し伸べる。
「いよいよ、ですね。……お忙しいのは承知ですが、あなたも隣に来てくれますか?」
「ええ……私でよければ」
互いに頷き合い、歩き出そうとした時、周囲の給仕たちがさっと集まり、グラスを差し出しながら言う。「閣下、スピーチの前に一口いかがですか?」
このタイミングでの勧めは不自然ではない。多くの貴族たちも演壇へ上がる前に軽く飲み物を口にして心を落ち着ける光景が一般的だ。しかし、この中に“毒入りのグラス”が紛れているのだとしたら……。
エドワルドはチラリとシルフィーネを見やり、「君はどうする?」と問いかける。彼女は以前から言われているとおり「アルコールは控えたいので、お水かジュースなら」と答える。すると、給仕の一人が差し出したのは葡萄ジュースのような色合いのグラス。ところが、それを手に取ろうとした瞬間、エドワルドがふと制止した。
「……失礼、私が確認してもいいかな?」
「えっ……?」
周囲がざわつく中、エドワルドは落ち着いた目でグラスを見つめる。どうやら彼は何かに気づいたらしく、そっと匂いを嗅いだ。――そして軽く眉をひそめる。
「これ、香りが少し変だぞ。もしや別の果汁が混ざっているのでは?」
給仕たちが困惑の表情を浮かべるが、当の男は「い、いえ、たぶん葡萄の種類が違うからでしょう……」などと苦しい言い訳をする。だが、エドワルドの瞳は鋭く光り、その表情は“確信”を得たかのように見えた。
「申し訳ないが、今は大事な時なので、ほかの給仕が持ってきた別のグラスをいただきます。あなたもそれでいいね、シルフィーネ?」
「え、ええ……そうですね」
急遽、別の給仕が用意したジュースを受け取り、シルフィーネは安堵の息をつく。先ほどの一瞬、エドワルドがなぜそこまで強い疑いを抱いたのか分からないが、彼の直感と警戒心が働いたのだろう。――結果的に、毒入りのグラスを手にするのは避けられたようだ。
このやり取りを遠巻きに見ていた男は、明らかに焦りの色を浮かべる。しかし騒ぎを起こすわけにもいかず、そのままトレイを抱えて後退するしかない。毒入りグラスはあえなく無駄に終わり、計画は不首尾だった。
(くそ……どうして王太子が勘づいたんだ? まだ別の手を考えないと……)
男は悔しげに舌打ちし、脇の廊下へ隠れるように消えていく。背後には既に警戒を厳しくしている公爵家の護衛たちの姿が見える。いずれにしても、これ以上派手な行動を起こせば即座に取り押さえられるだろう。ここで無理をするのは得策ではない、と判断したのかもしれない。
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