婚約者として差し出された化け物公爵様、実は最強の美形でした ~孤児の私が溺愛されるまで~

鍛高譚

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第2章 ――「化け物公爵との縁談」――

2-3

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――そして、パーティ当日がやってきた。
 私がこの屋敷に来てから、まだ一ヶ月も経っていないが、時間の感覚が歪んでいるようだった。密度の高い日々が続いたせいで、実際よりもずっと長く過ごしている気分だ。
 エミリアは豪華なドレスを身につけ、髪には宝石のついた飾りを添えて、それはもう絵に描いたような美しい令嬢の姿だった。一方の私は、伯爵夫人が用意したシンプルなドレスを着せられているが、それでも孤児院時代に比べれば充分に上等な服だ。しかし、胸元の飾りや袖口のレースは質素なもので、エミリアのように華やかな要素は少しもない。

 庭に待機していた伯爵家の馬車に、エミリアと夫人は一緒に乗り込み、伯爵は別の馬に乗って先に会場へ向かった。私はというと、別の小さめの馬車に乗せられる。そこにはキャロルが同乗してくれた。
 「……これから向かうのは、王都の公爵邸にほど近い場所にある貴族街の大ホール。そこの舞踏室で、各地の貴族が集まるパーティが開かれるのよ。……大勢の貴族があなたを見ていると思いなさい。失礼のないようにね?」
 相変わらずの抑揚のない説明。しかし、その奥底には心配の感情が見え隠れする。
 「はい……頑張ります。」
 私はぎゅっと拳を握りしめる。口先だけの返事ではあるけれど、やるしかない。こんなところで失敗して、またエミリアに笑われるのは嫌だった。何より、ここで粗相をすれば、公爵自身を怒らせる恐れもあるという。もし本当に化け物のような男なら、一体どんな恐ろしい仕打ちを受けるか分からない。

 馬車に揺られながら、私は窓の外に映る王都の景色を見つめる。王都に来るのは初めてだ。孤児院にいた頃は、王都がどれほど広く華やかな場所かなど想像すらできなかった。
 多くの人や馬車が行き交い、石畳の道は行列を成す。道端には露店が並び、豪勢な服を着た人々が歩いている。視線を上にやれば、広々とした空の下、高い建物が立ち並び、街の活気が感じられた。孤児院のあった地方都市とは比べものにならないほどの賑わい。
 しかし、馬車の窓越しにそれを見ているだけで、私には縁のない世界のようにも思える。確かに私は今、伯爵家の“養女”としてここに来ているが、本当の意味でこの世界に溶け込める日は来るのだろうか。そんな漠然とした不安が離れない。

 やがて馬車が高い塀に囲まれた大きな敷地の門をくぐると、目の前に華やかな建物が見えてきた。大ホール――王都でも有名な社交の場だという。石造りの荘厳な外観に、広場には噴水があり、次々と到着する貴族の馬車が煌びやかに列をなし、召使いや従者たちが忙しなく立ち回っている。
 私とキャロルが馬車を降りると、伯爵夫人やエミリアの馬車はすでに別の場所に移されていて、彼女たちは先に中へ入ったようだった。キャロルが私の腕を取り、歩くのを手伝ってくれる。
 「行くわよ、ノイン。絶対に立ち止まらず、下を向かずに――まっすぐ前を見て歩くの。いいわね?」
 私は緊張で心臓が大きく鳴るのを感じながらも、必死にうなずいた。

 ホールの扉を開けると、眩いシャンデリアの光が飛び込んでくる。大理石の床には反射した光が踊り、各家の貴族たちが談笑しながらシャンパンを傾け、豪華な衣服をまとって舞踏室を彩っている。
 「あんな子、見たことないわね」「どこの子かしら……」そんな声がちらほら聞こえる。私は落ち着かない気分で、キャロルの後ろにつきながら歩を進める。
 いずれにせよ、ここでの主役は王族や有力な公爵家の人々。それに比べれば、私など微塵も注目されない……と思いたかった。
 しかし、どうやらそうはいかないらしい。なぜなら、このパーティには“フェルディナンド公爵”も出席するのだ。あの“化け物”と噂される当人が来るとあって、それに関わる人物――すなわち私――にもある種の興味を持つ人間は少なくないらしい。
 チラチラと私を見る視線が痛い。早くこの場をやりすごしたい……そんな思いでいっぱいだった。

 と、そのとき、キャロルが私の手を軽く握り、「あちらへ」と小声で促す。
 視線を向けると、伯爵夫人とエミリアが、部屋の隅にある豪奢な椅子のそばに立っていた。その椅子には、背の高い男性が腰掛けている。遠目にもわかる――その男性の姿は、一見して“異形”だった。
 頭には黒く硬そうな角が左右にうねるように生え、頬や首元には鱗のようなものがあり、左の頬はまだ人間らしい肌が見えるが、右側は深緑色の鱗に覆われている。額から右目の周辺にかけて、まるで火傷の痕のようにも見える複雑な模様が走っていた。黒みがかった髪が肩にかかるくらいに伸びているが、それさえも人間離れした雰囲気を際立たせている。
 ――彼こそが、フェルディナンド公爵……なのだろう。
 私が思わず息を呑んで立ちすくんでいると、夫人が私に向かって合図を送った。

 「ノイン、早くこちらへ来なさい。」
 私はキャロルに背中を押されながら、その場に近づいていく。どうしても視線が下がりがちになるが、さすがに公爵を前に背を向けるわけにもいかない。できるだけ礼儀正しく頭を下げ、言葉を搾り出す。
 「は、初めまして……。わたくし、エドラー伯爵家の養女、ノインと申します……。」
 震える声。自分でもひどいと思うが、どうにも抑えられない。
 一方、公爵は私を見るでもなく、悠然と椅子に深く腰掛けたままだ。彼の周囲には護衛らしき騎士が立っているが、その騎士たちでさえ公爵の容貌には慣れているのか、特に動じない様子だ。

 しかし、近づくとわかる。彼の身体からは、人間離れした“気配”が漂っている。まるで爬虫類か猛獣のような……本能的に恐怖を感じさせる雰囲気だ。それが人々から“化け物”と恐れられる所以なのかもしれない。
 (こ、怖い……)
 正直なところ、その姿を見るだけで震えそうになる。けれども、失礼になるのが怖くて逃げるに逃げられない。困惑しながら視線をやや上げると、鋭い瞳がこちらを見返した――かと思いきや、すぐに興味を失ったかのようにそっぽを向かれてしまった。まるで「こんな娘か……」と呟いているような態度だ。

 エミリアが嬉々とした様子で口を開く。
 「公爵閣下、あの……実は私が本来、お相手の候補だったのですが、体調の不安がありまして。代わりに妹のノインを……。気に入っていただけると嬉しいのですけれど。」
 伯爵夫人も何やら取り繕うように微笑みながら、公爵へ言葉をかける。
 「閣下の仰せの通り、エドラー家としても誠心誠意、最善の娘を用意しました。ノインはおとなしく従順で、まだ若いですから、閣下のご意向に沿って育てることも可能でございます。」
 あからさまな“売り込み”だ。その言葉が痛々しくて、私は俯いた。けれども、公爵は無反応に近かった。しばらくじっと私を見つめていたが、次の瞬間、喉の奥で何かを唸るような音を立てる。
 「……エドラー伯爵。お前は、先日わたしに“自慢の娘を紹介する”と言ったな。」
 低く、どこか金属的に響く声。私は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。伯爵は目を伏せながら、苦しそうな表情で答える。
 「はっ……エ、エミリアはまだ体調がすぐれませんで……その……ですから代わりに、養女のノインを……」
 すると、公爵は伯爵を睨みつけた。それだけで空気がひりつくような威圧感が走る。周囲にいた他の貴族も、何事かと振り返るほどだ。
 「ほう……体調、ね。……まあいい。わたしは“美しい娘を希望した”わけではない。誰も寄り付かんのなら、誰でもいいと言ったはずだ。……ただし――」
 そう言って、鋭い視線が私に注がれる。まるで猛禽類に睨まれた小動物のように、私は凍りついた。
 「――後悔するなよ、娘。お前は、わたしの花嫁になるということがどういう意味を持つか、わかっているのか?」
 私は声を失ったまま、必死に唇を動かす。わからない。正直なところ、何も分からない。ただ、こうするしかない……。
 「……はい。わたし……閣下の、お望みどおりに……」
 震える声で答えるしかできない。すると、公爵は軽く鼻を鳴らして、つまらなそうに顔を背ける。
 「つまらん返事だ。……いいだろう。お前がわたしの“妻”になるというなら、それを証明してみせろ。準備ができたら、改めて“正式な婚約の儀”を行うとしよう。……伯爵、日取りは追って知らせる。その間、この娘を預かっておけ。」
 それだけ言い残すと、公爵は立ち上がり、周囲の者に目もくれずにその場を去っていく。まるで嵐が過ぎ去ったかのような静寂が残る。

 私はその空気の中に立ち尽くしたまま、心臓がばくばくとうるさいほど鳴っているのを感じていた。
 (今のが、公爵閣下……。本当に、“化け物”みたい……でも、話してみると……何か違う気がする。言葉は荒いけれど、ただの乱暴者ってわけでもなさそう……)
 その姿は確かに人外のようで、見る者に恐怖心を抱かせる。一方で、私が想像していた“絶対的な怪物”とは少し違う、一種の孤高さを感じさせるようにも思えた。
 だが、今はその真意を推し量る余裕などない。ただ、私が“妻になる”ことを公爵は否定しなかった。つまり、婚約成立に向けて話が進んでいくことを認めたわけだ。
 エミリアはその場で笑みをこぼす。
 「まぁ、良かったじゃない、ノイン。閣下に追い返されるかと思ったけれど、そうならずに済んだわね。あとは婚約の儀を待つだけ。……ああ、楽しみだわ、あなたがどんな風に弄ばれるのか。」
 わざとらしくくすくす笑う彼女の声が、私の胸を切り裂くように響く。伯爵夫人も似たような顔をして、「さあ、今日はもう帰りましょうか」と言い放つ。
 私は頭を下げながら、その場を離れた。ホールの優雅な音楽が、やけに遠く感じられる。これが私の“運命”なのだろうか。あの化け物のような公爵のもとへ嫁ぐ。恐ろしいと思う反面、なぜか胸の奥にわずかばかりの興味が芽生えていた。――一体どんな人なのだろう、と。
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