婚約者として差し出された化け物公爵様、実は最強の美形でした ~孤児の私が溺愛されるまで~

鍛高譚

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第2章 ――「化け物公爵との縁談」――

2-4

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 その日の帰り道、伯爵夫人は機嫌が良さそうだった。馬車の中でエミリアと「これでフェルディナンド公爵のしつこい求婚を断れるわ」「あんな醜い相手にエミリアをやるなんて、考えるだけでゾッとするものね」と言い合っている。
 一方、私とキャロルは別の馬車。キャロルがぼそりと呟く。


――こうして、私はフェルディナンド公爵の“婚約者”として、正式に認められることになった。
 しかし、それが私にもたらす運命は、まだ始まったばかりだ。これから先、私があの公爵のもとで、どんな人生を歩むのか。私自身さえ想像できない。
 ただ一つ言えるのは、エドラー家での暮らしがさらに厳しいものになるだろう、ということ。なぜなら、正式な婚約が決まるまでは、私に“下手な真似をされては困る”と、彼らは一層目を光らせるに違いない。それに加えて、結婚が決まれば決まったで、“化け物の花嫁”などと世間の嘲笑を浴びるかもしれない。
 そんな不安を抱えつつも、私は前に進むしかない。孤児院を出るときと同じ。結局は、自分で運命を選べるほどの力など持っていないのだ。
 けれど、いつか――もし奇跡のように、あの公爵がどんな人なのか知る機会があるのなら。ほんの少しだけでいいから、その“真実”に触れてみたい。
 (わたしと同じように、孤独を抱えているのだろうか……)

 馬車はエドラー家の門へと帰り着く。夕暮れの空は赤く染まっていた。
 「着いたわよ、ノイン。」
 キャロルの声に、私ははっと我に返る。扉が開くと、すでに伯爵夫人とエミリアが玄関の前で待っていた。彼女たちは私をちらりと見やると、言い放つ。
 「あなた、今後はますます忙しくなるわよ。婚約の儀に向けて衣装の用意や礼儀作法の最終チェックもあるし、“貴族の娘”として恥ずかしくない程度には仕立てないといけないんだから。」
 エミリアは面倒そうに溜息をつき、
 「本当なら、私のために用意していた衣装もあるけど……あれはあげないわ。せいぜい地味なドレスで我慢してちょうだい。どうせ、“化け物”なんだから、服の価値なんてわからないでしょうし?」
 嘲笑混じりの言葉に、私はどう応じるべきか迷う。結局は黙ってうなずくだけしかできなかった。

 この家で、今後も蔑まれながら過ごしていくのか――そう思うと暗い気持ちになるが、どんなに辛くても踏みとどまらなければならない。これから先、私の意思とは関係なく、フェルディナンド公爵との結婚話は進んでいくのだから。
 夜になり、私は自室の薄暗いランプの下で、ぎこちなくドレスを脱ぎ、寝間着に着替える。洗面台に映る自分の姿を見つめると、疲労で顔色が冴えない。孤児院での暮らしに比べれば食事は格段に良くなったはずなのに、逆に体重が減っている気がするのは、きっと緊張やストレスのせいだろう。
 やがてベッドに潜り込むと、何かがこみ上げてきた。噂に聞く公爵の恐ろしい姿を想像するだけで、また眠れなくなりそうだ。――だが、不思議と完全な絶望感ではなかった。
 (公爵閣下、あの人は……本当に化け物なのかな? 見た目は確かに怖かった。けど、“本当にただの怪物”なら、もっと身勝手に振る舞うんじゃないだろうか。あの落ち着いた姿は、寂しそうにも見えた……)
 その疑問が、私の心にわずかな好奇心と、儚い希望のようなものを芽生えさせる。もし彼の中に優しさがあるならば、私も少しは救われるのかもしれない。
 けれど、そんな期待が裏切られるかもしれない。絶望的な結末が待っている可能性だってある。
 ――あまり先を考えないほうがいいのかもしれない。今の私にできることは、与えられた課題をこなし、婚約の儀までに最低限の知識と作法を身につけることだけだ。
 (何か、きっかけがあればいいのに。……何もわからないまま、あの公爵のもとへ嫁ぐのは、さすがに怖い。でも、私は逃げ出せない……。)

 夜が更け、窓の外の月が高く昇るころになって、やっと浅い眠りにつく。瞼を閉じると、伯爵家に来てからの苦い思い出が断片的に頭をよぎり、何度も寝返りを打った。それでも、いつか今日の出来事――公爵と目を合わせたあの一瞬――が夢に紛れ込んで、私を呼ぶ声を聞いた気がした。
 「後悔するなよ」――彼の低い声。あれは威圧でもあったが、まるで自分自身に言い聞かせているようにも感じられた。
 まぶたの裏で、彼の複雑な瞳が揺れる。呪いのような鱗をまとった姿。そして――その奥にちらりと見えた、まだ人間的な部分。あれは私の錯覚だったのだろうか。あるいは、あの化け物呼ばわりされる公爵にも、“普通の人間らしい心”があるのだろうか。
 答えは、まだわからない。ただ言えるのは、これから私の人生が大きく変わるということ。孤児院での生活さえ、もう遠い昔のように感じるほど、強烈な渦に巻き込まれている。
 ――先の見えない不安に押し潰されそうになりながらも、私は薄暗い部屋の中、布団を握りしめて朝を待つしかなかった。


 「……ごめんなさい、ノイン。あなたをこんな形で追い込んで……。私にどうすることもできなくて。」
 その声はかすかに震えていた。私は首を振る。
 「ううん。キャロルさんは、いつも私に優しくしてくれる……それだけで、私は救われてるんです。」
 何度いじめられても、何度冷たい目を向けられても、少なくともこの一人だけは私を人間として扱ってくれる――その事実が、私の唯一の支えだった。
 キャロルは私の肩をそっと抱くようにして、静かに言葉を続ける。
 「フェルディナンド公爵がどんな方なのか、私も詳しくは知らないけれど……。ただ、噂だけで判断するのは良くないと思うの。きっと、何か理由があってあのような姿をしているのでしょうし……。“化け物”だとか、醜いだとか、みんな勝手なことを言ってるけれど、本当のところは本人しか分からないわ。」
 その言葉に、私は小さくうなずいた。そう、私だって、孤児院で“みそっかす”と呼ばれてきたが、それが私の全てじゃない。外から見える印象だけで判断され、心の奥を見てもらえないのは、辛いことだ。だから、もし公爵の姿が“呪い”によるものだとしたら……。私のように誤解され、孤立し、苦しんでいるかもしれない――そう思うと、他人事のような気がしなくなった。

 (もし、あの公爵閣下に優しさや苦しみがあるのだとしたら……いつか私は、それを知ることになるのかもしれない。私が“妻”として、そばに仕えるのなら……)

 けれど、そこまで考えて、自分の置かれた立場を思い出す。私はエミリアの身代わり。あの公爵も、所詮は“誰でも構わない”のだ。私自身を必要としているわけではないかもしれない。――そう思うと、なんだか胸が苦しくなった。
 (やっぱり、私は孤児院の頃から変わっていない。誰からも必要とされず、ただ都合のいい道具として利用されるだけ。そうであるなら……せめて、自分の役割を果たすしかないんだろうか。)
 結局、私にできるのは、それだけだった。公爵の花嫁となる。それがどれだけ恐ろしい未来につながろうとも、今の私には他の選択肢がないのだから――。
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