婚約者として差し出された化け物公爵様、実は最強の美形でした ~孤児の私が溺愛されるまで~

鍛高譚

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第3章 ――「呪われた公爵の素顔」――

3-1

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  フェルディナンド公爵との顔合わせから、二週間ほどが過ぎた。
 あの日以来、私――ノインは、“公爵閣下の婚約者”という立場になった。もっとも、それは表向きであって、エドラー伯爵家の人々の態度は一層冷たくなった気がする。彼らにとって私は「エミリアの代わりに差し出すだけの存在」であり、実際に私が公爵家で幸せになることなど微塵も望んでいないのだろう。
 伯爵夫人は相変わらず私を見下した態度を崩さず、エミリアは公爵の婚約から逃れられた安堵のせいか、以前にも増して私を嘲笑するようになった。そして使用人たちは、「みそっかすをお姫様気取りにさせたくない」といわんばかりに、私がどんなに失敗に怯えようと容赦なく厳しくあたる。そんな日々の中、私だけが取り残されているような気がしてならなかった。

 しかし、そんな私にとって、わずかな救いがあった。それは、時折フェルディナンド公爵から送られてくる書状である。彼本人がしたためているのか、家令や秘書代わりの騎士が代筆しているのかはわからないが、少なくとも“婚約が取りやめになった”という話は一切なく、「近日中に正式な婚約の儀を行うので、その準備を願いたい」という内容が繰り返し通達されてきた。
 伯爵家から見れば、これは“早く処分したい荷物”の受け取り先がきちんと存在している証でもある。だからこそ、伯爵夫人もエミリアも「婚約破談にならず良かったわね、ノイン?」などと嫌味を言いながら、私を半ば監視するようにしているのだ。

 ある朝、私は客間の掃除を命じられ、床に膝をついて雑巾掛けをしていた。昨日までの雨で足跡がついている部分を拭っていると、そこにエミリアが通りかかる。彼女は豪華なリボンで飾ったドレスに身を包み、まるでこれから舞踏会にでも行くかのようだった。
 「おはよう、ノイン。今日も朝からお掃除? ご苦労なことね」
 特に用があるわけでもなさそうだが、わざわざ私の近くで立ち止まり、からかうような笑みを見せる。私は俯きながら「おはようございます」とだけ返した。

 するとエミリアは、床に膝をついている私を見下ろすようにして、思わせぶりに笑った。
 「そういえば、フェルディナンド公爵閣下からまた手紙が来たわよ。『正式な婚約の儀は、三日後に執り行う』んですって。場所は公爵家の礼拝堂だそうじゃない。ふふ、いよいよねえ、ノイン?」
 私は思わず手を止める。ついに“その日”が決まったのだ。もう少し先の話かと思っていたが、こんなにも急に決まるとは……。
 「三日後……ですか……」
 震える声で呟いた私を見て、エミリアはまるで楽しそうに笑い声をあげる。
 「おやおや、もしかして緊張してる? まあ、無理もないわよね。あの“化け物”の妻になるんだもの。……ああ、想像するだけで恐ろしいわ。私だったら卒倒しちゃう。あなた、すごい度胸があるのね?」
 明らかに皮肉だ。私は悔しい気持ちを抑え込むように、唇を噛む。だけど、ここで反論しても火に油を注ぐだけだ。
 「……いいえ、そんなことは……ないです。」
 しどろもどろに呟き、再び雑巾を動かし始める。エミリアは私を見下すように眺めていたが、しばらくして満足したのか、踵を返して去っていった。

 (本当に、三日後には婚約の儀が行われるのか……)
 誤魔化しではなく、本当に実施されるのだとしたら、いよいよ私の運命が大きく変わるときが来る。怖い。けれど、抵抗のしようもない。
 私は掃除を終えて自室に戻ると、荷物の整理を始めた。何を持っていけるのかよく分からないが、使用人が勝手に処分してしまうかもしれない。孤児院で使っていた小さな人形も、ここの屋敷に来るときに持参したが、エミリアに「汚いから捨てなさい」と言われた記憶がある。でも、こっそり鞄の底に隠しているのだ。大した物ではないが、それでも私にとっては数少ない“過去の繋がり”だった。
 (これを、公爵家に行っても手放さずにいられたらいいけど……)

 するとそのとき、部屋の扉が控えめにノックされる。小さく返事をすると、キャロルが顔を出した。
 「ノイン、ちょっといいかしら。奥様から言いつけられて、あなたの“衣装合わせ”を手伝うように言われたの。」
 衣装合わせ――婚約の儀に着るドレスということだろうか。私はびっくりして立ち上がる。
 「わ、わたしが着るドレスなんて……伯爵夫人は、何か用意してくださったんですか?」
 キャロルは苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
 「“仕立てる時間も手間もないから、蔵にある服の中から適当に選ばせる”ということらしいわ。……でも、最低限の礼は尽くさないと、公爵閣下に失礼だものね。ほら、行きましょう。」
 そう言って私の腕を引くキャロルの表情には、微かな憐れみが滲んでいるように見えた。

 屋敷の奥へ案内されると、滅多に人が立ち入らない小さな部屋があった。そこには大きな衣装箱や埃をかぶったドレスが何着も並んでいる。恐らく伯爵家の倉庫代わりなのだろう。キャロルは懐中ランプを手に、視線を巡らせた。
 「……古いものが多いわね。どこまで使えるかしら。まあ、何とかなるように頑張りましょう。たとえお古でも、あなたが綺麗に着こなせば、それなりに見えるかもしれない。」
 私はおどおどしながら、キャロルの手伝いをする。埃を払いながらドレスを引っ張り出してみると、ほつれやシミが目立つもの、金具が壊れているものなど、状態はどれも微妙だ。
 「あっ、これなら……。」
 キャロルがそう言って手に取ったのは、淡いブルーの絹地のドレスだった。裾に細かい刺繍があり、一見すると上品な印象がある。確かに他のものよりは状態が良さそうだ。
 「ところどころ色褪せているけれど、補修すれば誤魔化せるかもしれないわ。サイズも……うーん、少し大きいけれど、着付けで何とかなるでしょう。」
 キャロルはそう言うと、手早くドレスの汚れをチェックし始める。「ほら、袖のレースが破れてるから、私があとで縫っておくわ。金具も新しいのを取り付けないと……。」と呟きながら、器用に針を通し始めた。その姿を見て、私は素直に「すごいな」と思う。同時に、こんな雑な扱いを受けても、何とか体裁を整えようとするキャロルの姿勢がありがたかった。

 (キャロルさんは、優しい人だ。私のためにここまでしてくれるなんて……。)
 孤児院で私に構う大人はほとんどいなかったが、ここではキャロルがいなければ、私はもっとひどい目に遭っていただろう。彼女は伯爵夫人の侍女として仕えているが、その裏で私が潰れてしまわないよう支えてくれている。おそらく本人も苦しい立場にあるはずなのに、そうとは思えないほど懸命だ。
 私はドレスを抱え直し、申し訳なさそうに言う。
 「キャロルさん……すみません。いつも助けてもらってばかりで……。」
 キャロルは少しだけ目を丸くして微笑んだ。
 「いいのよ、気にしなくても。……あなたを見ていると、昔の自分を思い出すの。私も、親のいない孤児同然で、伯爵夫人に拾われたようなものだからね。」
 その言葉に、私は息を呑んだ。そういえば、キャロルがどうして伯爵家で働いているのか、詳しく聞いたことはなかった。
 「そんな……じゃあ、キャロルさんも……。」
 キャロルはゆっくりと首を振り、針仕事に戻りながら静かに語る。
 「ええ、実の両親は幼い頃に亡くなって、親戚の家を転々としていたの。でも、あるとき伯爵夫人が私を見初めてくださって、“侍女として働くなら面倒を見てあげる”って言ってくださったの。お金をもらいながら衣食住も保障していただけるなんて、当時の私には夢のようだったわ。」
 私は驚きながらも、彼女の横顔を見つめる。伯爵夫人という人は、私にとっては冷たい印象しかないが、キャロルの人生にとっては“救い”だったのだろうか。
 「……それじゃあ、今のキャロルさんの立場は……」
 キャロルは苦笑いを浮かべた。
 「もちろん、伯爵夫人を恨んでいないわけではないのよ。あの方は本当に身勝手で、自分の利益しか考えない人だから。でも、“生きる手段”を与えられたのは事実だもの。だから私は、命令に逆らえない。伯爵夫人があなたを苛めても、それを止めることはできないのよ……。」
 その言葉は重く、痛々しい。だが、同時に私は彼女の置かれた状況がいっそう理解できる気がした。いわば私と同じ立場。ここで働く以外の選択肢がほとんどなく、抗えば居場所を失う。だから、表面上は夫人に従うしかないのだ。

 暫しの沈黙が降りる中、キャロルは手を止めて私を見た。
 「でもね、ノイン。あなたが公爵家に行けば、少なくともエドラー伯爵家から離れられる。もしかしたら、“化け物”などと言われている公爵閣下も、本当は違う方かもしれない。……だから、諦めないで。これから先、何が起きるかわからないわよ。」
 その優しい言葉は、まるで希望の光のように胸に染み渡った。私も、そうであってほしいと心から願う。どんなに外見が恐ろしいとしても、きっと彼は何らかの事情があって、ああなってしまったのではないか。もし本当の彼を知ることができたなら……私は単なる“身代わり”以上の存在になれるだろうか。
 しばらくして、私たちは無言でドレスの補修を続けた。埃だらけの倉庫の中で、キャロルがちくちくと針を動かし、私は細かな装飾を手伝う。それはまるで、一瞬だけ平穏な時間が訪れたようだった。
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