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第4章 呪いと愛の行方、そしてざまぁへの道
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私は胸の奥で何かが震えるのを感じながら、そっと彼の腕に触れる。
「あの……実は、わたし……幼い頃から、人の痛みを和らげるような力があるんじゃないかって、感じていたんです。孤児院の子が怪我をしたとき、触ると痛みが引いたって言われたりして……。だから、公爵閣下の“呪い”にも、もしかしたら……」
口にしながら、さすがに都合が良すぎる話だと思う。けれど、公爵はただ黙って私の手を見つめる。
「……あの夜、婚約の儀が終わったあと、お前が軽くわたしの手に触れたとき、少し身体が軽くなった気がしたのは確かだ。気のせいかと思っていたが……。」
意外な言葉に、私の鼓動が高まる。やはり、私の力は何らかの形で彼の“呪い”に影響を与えられるのかもしれない。根拠は薄いが、でもそう信じたくなる一瞬だった。
公爵はまるで何かを思い出すように、角の生えた頭を少し俯かせる。
「この呪いは、わたしが先祖代々受け継いでいるもの……と言われているが、実は原因ははっきりしていない。一部では“政敵がかけた強力な呪詛だ”とも言われている。……もし本当にお前の力で解けるなら、試してみるのも悪くはない。もっとも、期待はしていないがな。」
公爵の言葉はあくまで淡々としている。でも、その奥底には、私には想像もできないほどの絶望と諦めがあるのだろう。
私は、そんな彼の孤独を少しでも救ってあげられるなら、と思う。私自身も長い間、居場所を求めてさまよってきた。もし公爵を救うことができるのなら……きっと自分自身が救われることでもあるのかもしれない。
「……わかりました。よければ、わたしを閣下のそばにいさせてください。呪いを解けるかどうかはわからないけど、これからいろいろ試してみたいんです。力になりたいんです……!」
思わず熱のこもった口調になった私に、公爵は驚いたように瞬きをする。そして、かすかに笑みを浮かべた……ように見えた。鱗に覆われた頬が動き、鋭い瞳が柔らかく揺れる。
「……ならば、好きにすればいい。わたしも、少しばかりお前に期待してみよう……。」
その言葉が、私の胸に灯火をともす。エドラー伯爵夫人の凶行は許せないが、結果的にあの人たちのおかげで、公爵と私の距離がさらに近づいたのだとしたら……。
(ざまあ、というよりも――これはわたしがようやく手にした“始まり”なのかもしれない。)
その後、エドラー伯爵夫人と従者は王都へ送られ、呪薬の不法所持や公爵家への危害未遂の罪で厳しい審問を受けることになった。裁判の結果次第では、伯爵家としての地位を失う可能性もあるという。エミリアや伯爵本人がどうなるかは定かではないが、少なくとも公爵家との縁談が再び持ち上がることはないだろう。
王都の社交界ではさっそく噂が駆け巡り、「エドラー家の奥方が、化け物公爵に呪いをかけようとしたらしい」「婚約者ノインに嫉妬して、呪殺しようとしたのだ」と囁かれているらしい。伯爵家は没落の一途を辿るかもしれない。まさしく“ざまぁ”といえばそれまでだ。
私はというと、公爵邸での日々を重ねながら、徐々に“解呪”の可能性を探っている。直接的な魔術の知識はないが、私の“手当て”によって公爵の体の一部が一瞬だけ人間らしい色に戻ったこともあった。ただし、ほんの数秒で元に戻ってしまったけれど……。
それでも公爵は、「悪くない。まだ試す価値はありそうだ」と言ってくれる。夜には執務の合間を縫って私の部屋を訪ねてきたり、逆に私が執務室へ行くこともあるようになった。公爵が少しずつ心を開いてくれるのを感じるたび、私の胸は温かいもので満たされる。
(もし、本当に呪いが解けたら……彼はきっと美しい姿になるのだろう。それを見たい、という好奇心もある。でも何より、呪われた外見から解放されて、彼がもう孤独に苦しまなくなるなら……。)
私の中で膨らむ願いは一つ。公爵に“幸せ”になってほしい。化け物などと言われることのない世界で、堂々と人生を享受できるように――。
そして、同時に、私自身も……。
(公爵閣下のそばにいて、ただの“身代わり”じゃなく、真の意味での“花嫁”になれる日が来るのだろうか。)
その希望が叶うかどうか、今はまだわからない。だけど、少なくとも私はもう一人ではない。公爵がいて、ラドクリフやマリオン、そしてロイたちが、私を公爵夫人となる未来へと支えてくれている。
――伯爵家が呪薬騒動で自滅し、事実上の破滅を迎えたことで、私を追い詰める“いじめ”や“不安”は消え去った。あの醜い運命から解放された瞬間、私の人生は大きく舵を切ったのだと思う。
部屋の窓辺に立ち、夕暮れに染まる空を見上げながら、私はそっと瞼を閉じる。伯爵家では決して味わえなかった安堵感。孤児院でも感じられなかった“守られている”という感覚。
(これが……わたしの、新しい生き方……。)
その背後で、ノックの音がした。おそらく、公爵が来てくれたのだろう。私が「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開く。鱗と角を持つ“化け物”の姿――でも、もう以前ほどの恐怖は感じない。
「……悪いな、少し仕事が長引いた。……例の“力”を試してみるか?」
少し気恥ずかしそうに私を見つめる公爵。その瞳の奥には、確かな期待の光が宿っているように見えた。私は恥ずかしさを隠しきれず、ぎこちなく微笑む。
「はい。わたしで、よければ……。」
――そして、私は彼の手を握る。わずかにザラリとした鱗の感触。でも、その奥には確かな体温がある。呪いはまだ解けない。だけど、この温かさが、いつか呪いを打ち破る日を迎えるかもしれない。
かつては“みそっかす”と呼ばれ、孤児院で誰にも必要とされなかった私が、今こうして、たった一人の“愛する人”を救うために生きている。それだけで、世界が違って見えた。
(ざまあ、なんて言葉で終わらせたくない。彼らを踏み台にした――なんて思い方もしたくない。ただ、今はこの手を離さず、前を向いて歩いていくんだ。……公爵閣下と、わたしの未来のために。)
「あの……実は、わたし……幼い頃から、人の痛みを和らげるような力があるんじゃないかって、感じていたんです。孤児院の子が怪我をしたとき、触ると痛みが引いたって言われたりして……。だから、公爵閣下の“呪い”にも、もしかしたら……」
口にしながら、さすがに都合が良すぎる話だと思う。けれど、公爵はただ黙って私の手を見つめる。
「……あの夜、婚約の儀が終わったあと、お前が軽くわたしの手に触れたとき、少し身体が軽くなった気がしたのは確かだ。気のせいかと思っていたが……。」
意外な言葉に、私の鼓動が高まる。やはり、私の力は何らかの形で彼の“呪い”に影響を与えられるのかもしれない。根拠は薄いが、でもそう信じたくなる一瞬だった。
公爵はまるで何かを思い出すように、角の生えた頭を少し俯かせる。
「この呪いは、わたしが先祖代々受け継いでいるもの……と言われているが、実は原因ははっきりしていない。一部では“政敵がかけた強力な呪詛だ”とも言われている。……もし本当にお前の力で解けるなら、試してみるのも悪くはない。もっとも、期待はしていないがな。」
公爵の言葉はあくまで淡々としている。でも、その奥底には、私には想像もできないほどの絶望と諦めがあるのだろう。
私は、そんな彼の孤独を少しでも救ってあげられるなら、と思う。私自身も長い間、居場所を求めてさまよってきた。もし公爵を救うことができるのなら……きっと自分自身が救われることでもあるのかもしれない。
「……わかりました。よければ、わたしを閣下のそばにいさせてください。呪いを解けるかどうかはわからないけど、これからいろいろ試してみたいんです。力になりたいんです……!」
思わず熱のこもった口調になった私に、公爵は驚いたように瞬きをする。そして、かすかに笑みを浮かべた……ように見えた。鱗に覆われた頬が動き、鋭い瞳が柔らかく揺れる。
「……ならば、好きにすればいい。わたしも、少しばかりお前に期待してみよう……。」
その言葉が、私の胸に灯火をともす。エドラー伯爵夫人の凶行は許せないが、結果的にあの人たちのおかげで、公爵と私の距離がさらに近づいたのだとしたら……。
(ざまあ、というよりも――これはわたしがようやく手にした“始まり”なのかもしれない。)
その後、エドラー伯爵夫人と従者は王都へ送られ、呪薬の不法所持や公爵家への危害未遂の罪で厳しい審問を受けることになった。裁判の結果次第では、伯爵家としての地位を失う可能性もあるという。エミリアや伯爵本人がどうなるかは定かではないが、少なくとも公爵家との縁談が再び持ち上がることはないだろう。
王都の社交界ではさっそく噂が駆け巡り、「エドラー家の奥方が、化け物公爵に呪いをかけようとしたらしい」「婚約者ノインに嫉妬して、呪殺しようとしたのだ」と囁かれているらしい。伯爵家は没落の一途を辿るかもしれない。まさしく“ざまぁ”といえばそれまでだ。
私はというと、公爵邸での日々を重ねながら、徐々に“解呪”の可能性を探っている。直接的な魔術の知識はないが、私の“手当て”によって公爵の体の一部が一瞬だけ人間らしい色に戻ったこともあった。ただし、ほんの数秒で元に戻ってしまったけれど……。
それでも公爵は、「悪くない。まだ試す価値はありそうだ」と言ってくれる。夜には執務の合間を縫って私の部屋を訪ねてきたり、逆に私が執務室へ行くこともあるようになった。公爵が少しずつ心を開いてくれるのを感じるたび、私の胸は温かいもので満たされる。
(もし、本当に呪いが解けたら……彼はきっと美しい姿になるのだろう。それを見たい、という好奇心もある。でも何より、呪われた外見から解放されて、彼がもう孤独に苦しまなくなるなら……。)
私の中で膨らむ願いは一つ。公爵に“幸せ”になってほしい。化け物などと言われることのない世界で、堂々と人生を享受できるように――。
そして、同時に、私自身も……。
(公爵閣下のそばにいて、ただの“身代わり”じゃなく、真の意味での“花嫁”になれる日が来るのだろうか。)
その希望が叶うかどうか、今はまだわからない。だけど、少なくとも私はもう一人ではない。公爵がいて、ラドクリフやマリオン、そしてロイたちが、私を公爵夫人となる未来へと支えてくれている。
――伯爵家が呪薬騒動で自滅し、事実上の破滅を迎えたことで、私を追い詰める“いじめ”や“不安”は消え去った。あの醜い運命から解放された瞬間、私の人生は大きく舵を切ったのだと思う。
部屋の窓辺に立ち、夕暮れに染まる空を見上げながら、私はそっと瞼を閉じる。伯爵家では決して味わえなかった安堵感。孤児院でも感じられなかった“守られている”という感覚。
(これが……わたしの、新しい生き方……。)
その背後で、ノックの音がした。おそらく、公爵が来てくれたのだろう。私が「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開く。鱗と角を持つ“化け物”の姿――でも、もう以前ほどの恐怖は感じない。
「……悪いな、少し仕事が長引いた。……例の“力”を試してみるか?」
少し気恥ずかしそうに私を見つめる公爵。その瞳の奥には、確かな期待の光が宿っているように見えた。私は恥ずかしさを隠しきれず、ぎこちなく微笑む。
「はい。わたしで、よければ……。」
――そして、私は彼の手を握る。わずかにザラリとした鱗の感触。でも、その奥には確かな体温がある。呪いはまだ解けない。だけど、この温かさが、いつか呪いを打ち破る日を迎えるかもしれない。
かつては“みそっかす”と呼ばれ、孤児院で誰にも必要とされなかった私が、今こうして、たった一人の“愛する人”を救うために生きている。それだけで、世界が違って見えた。
(ざまあ、なんて言葉で終わらせたくない。彼らを踏み台にした――なんて思い方もしたくない。ただ、今はこの手を離さず、前を向いて歩いていくんだ。……公爵閣下と、わたしの未来のために。)
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