選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第二十七話 責任の輪郭が、浮かび上がる

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第二十七話 責任の輪郭が、浮かび上がる

 混乱は、頂点に達しなかった。

 それが、何よりの証拠だった。

 支援策を巡る不満は確かに広がった。だが、爆発する前に、流れが変わった。
 誰かが声を荒らげる前に、別の声が割って入ったのだ。

「決定は、あの会合でなされたはずだ」
「署名もある。なぜ今さら、別の名を出す?」

 沈黙していたはずの記録が、静かに開かれた。

 朝、セドリックが珍しく早足で書斎に入ってきた。

「動きがありました」

「どちら側ですか?」

「……内部です」

 私は、視線を上げた。

「責任の所在を、整理し始めています」

 彼の手にある文書には、複数の署名と決裁印が並んでいた。
 私の名は、どこにもない。

「押し付けるには、整いすぎていましたか」

「はい。誰がどこで判断したか、線が引かれています」

 私は、小さく頷いた。

 圧力は、“曖昧さ”があってこそ成立する。
 だが今回は、急ぎすぎた。

 昼前、王宮内で非公式の説明会が開かれた。

 名目は「誤解の解消」。
 実態は、「責任の分散を防ぐための確認」だ。

 その場で、ある官僚が口にしたという。

「エリシア殿は、関与していない。これは事実だ」

 誰も反論しなかった。

 午後、今度は別の動きがあった。

 これまで私の沈黙を“期待”として扱っていた者たちが、距離を取り始めたのだ。

「意見を仰ぐのは、適切ではなかった」
「判断を委ねる形になっていた」

 言葉は丁寧だが、意味は明確だった。

(……切り替えたわね)

 私を“使える基準”から、“触れてはいけない位置”へ。

 夕刻、ジェラール殿下が訪れた。

「空気が変わった」

「ええ」

「君を使って責任を薄めるのは、無理だと理解した」

 殿下は、少し疲れたように笑った。

「だが、その分……」

「はい」

 私は、続きを知っていた。

「今度は、避けられる」

 殿下は、否定しなかった。

「影響力を持つ者が、関与しないと決めたとき、周囲は不安になる」

「不安は、悪いことではありません」

 私は、静かに言った。

「考える余地が生まれますから」

 夜、手帳を開く。

 ――結果による圧力、失敗。
 ――責任の所在、明確化。
 ――立場、“参照”から“不可侵”へ移行。

 ペンを止め、少しだけ考える。

 不可侵は、安全ではない。
 ただ、“雑に扱えない”というだけだ。

 窓の外は、静かだった。

 だが私は知っている。

 次は、直接でも、結果でもない。

 ――価値そのものを疑う動きが来る。

 「本当に必要なのか」
 「いなくても回るのではないか」

 そう言われたときこそ、沈黙の意味が問われる。

 私は灯りを落とし、深く息を吸った。

 ここまでは、予定通り。

 沈黙は、逃げではない。
 線を引き、責任を浮かび上がらせるための選択だ。

 そして今――
 責任の輪郭は、私ではない場所に、はっきりと現れ始めている。

 それでいい。

 私は、まだ動かない。

 動く必要があるのは、
 “私がいない方が都合がいい”と、誰かが口にしたときだけだ。
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