選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第三十六話 静けさが、重さを持ち始める

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第三十六話 静けさが、重さを持ち始める

 決まったあとの空気は、軽くならない。

 むしろ、重くなる。

 理由が定まり、選択が記録され、条件が明文化された――
 その事実が、場に残り続けるからだ。

 朝、王宮は静かだった。

 騒ぎはない。
 抗議も、祝福もない。

 それが意味するのは、
 全員が“飲み込んだ”ということだ。

 セドリックは、報告書を整えながら言った。

「周囲の動きが、止まりました」

「止まる、ですか」

「はい。様子見に入っています」

 私は、頷いた。

「正しい反応ですね」

 条件付き継続は、誰にとっても扱いづらい。
 命令でもなく、拒否でもない。

 だから、判断が遅れる。

 昼前、各部署から届いた文書は、どれも慎重だった。

 ――確認依頼
 ――意向照会
 ――前例整理の相談

 “決めてほしい”ではない。
 “どう考えるか、聞きたい”。

 私は、一つずつ目を通し、短く返した。

「判断は、担当部署で」
「責任者名を明記のこと」
「象徴性を理由にしない」

 返答は簡潔。
 だが、含意は重い。

 午後、回廊で声をかけられた。

「……留まられるのですね」

 非難でも、歓迎でもない。
 確認に近い声音。

「はい」

 私は、それ以上を付け足さなかった。

 説明を重ねる段階は、終わった。

 夕刻、ジェラール殿下が執務室に現れた。

「静かだな」

「ええ」

「嵐の前、ではない」

 殿下は、そう言ってから、少し考える。

「嵐のあと、だ」

 私は、小さく息を吐いた。

「選択が終わると、次は責任ですから」

「条件を出した分、な」

「ええ」

 私は、視線を落とす。

「留まると決めた以上、
 “期待されない”状態を、維持しなければなりません」

 殿下は、苦笑した。

「難しいことを選んだな」

「一番、自由です」

 夜、書斎で手帳を開く。

 ――継続決定後の反応:静止。
 ――各部署:判断回避 → 自主判断への移行。
 ――課題:静けさの維持。

 ペンを止め、少し考える。

 静けさは、放っておくと崩れる。
 誰かが、意味を足したがるからだ。

 “象徴だから”
 “決まった人だから”
 “ここにいると決めた人だから”

 そのどれも、
 条件の外にある。

 私は、静かに立ち上がり、窓の外を見る。

 灯りは、いつもより少ない。
 だが、消えてはいない。

 明日から始まるのは、
 目立たない作業だ。

 決めない。
 背負わない。
 引き受けすぎない。

 それでも、必要なときには――
 選ぶ。

 静けさは、軽さではない。
 重さだ。

 そして今、その重さを
 周囲が、少しずつ理解し始めている。

 私は、ここにいる。

 理由を振り回さず、
 理由に振り回されず。

 静けさと共に、
 選択の重さを、保ったまま。
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