婚約破棄された悪役令嬢、放浪先で最強公爵に溺愛される

鍛高譚

文字の大きさ
17 / 29
3章 元婚約者の破滅と、揺れ動く想い

3-5.決断と、揺れ動く心

しおりを挟む
5.決断と、揺れ動く心

 ゼインの別邸。調査隊からもたらされた報告と、王太子とアメリアの内情を断片的ながら掴んだゼインは、ついに腰を上げる時が来たと判断した。ヨーク伯爵夫妻が本気で命を狙われる可能性が高まるにつれ、悠長に構えてはいられない状況なのだ。
 ある日の夕方、ゼインはスカーレットを迎えに行き、館の一室へ案内した。そこは執務室とも違う、少しこぢんまりとした応接間だったが、暖炉が焚かれ、柔らかい椅子が並ぶ落ち着いた空間である。

「スカーレット。今後の方針を決めたいと思う。俺としては――ヨーク伯爵夫妻を救うために、極秘裏に国境を越えて保護作戦を実行するつもりだ。具体的には、伯爵夫妻を“亡命”させる形になるだろう」
「亡命……。それって、やはりグランフォード王国とルーヴェル王国の間で、大きな問題になりませんか?」
「なるだろうな。だが、もう悠長にしていれば伯爵夫妻は危ない。お前はそれでも構わないのか?」

 スカーレットは真剣な眼差しで頷く。内心の葛藤はあるが、両親を守るためには背に腹は代えられない。

「私のせいで両親に危険が及んでいる部分もあります。私を信じてくれているからこそ、アメリアの陰謀に立ち向かおうとしている。それならば、私にも責任がある。……どうか、力を貸してください」
「わかった。もうすでに手筈は整え始めている。作戦の実施時期が近づいたら、俺から改めて知らせる。そのときはお前にも協力してほしい」
「はい、何でもします」

 スカーレットの返事を聞き、ゼインは静かに息をつく。彼の表情には、どこか苦渋の色も混じっているようだ。

「ただし、これは“覚悟”のいることだ。お前が王都へ戻りたいと思っていたとしても、下手をすれば永遠に戻れなくなるかもしれない。……それでもいいのか?」
「ええ。私にはもう、戻る場所なんてありません。王太子にも婚約を破棄され、伯爵家もこうなってしまった以上、王都グランフォードは私にとって安息の地ではないんです」

 そう答えながら、スカーレットは自分の胸に湧き上がる寂しさと決別する。かつては王妃として国を支えるはずだった。でも今は違う道を行かなければならない。両親とともに生きていくために。

 ゼインはそんなスカーレットの横顔を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「……もう一つ、大切な話がある」
「はい……?」

 彼の声色がやや低く、いつになく重々しい。スカーレットは胸の鼓動が高まるのを感じた。ゼインの真剣な表情が、自分へ向けられている。

「スカーレット、もし伯爵夫妻がこちらに来ることになり、お前もグランフォード王国を完全に離れるのなら……その後の身の振り方はどうする? ルーヴェル王国で貴族の庇護を受けながら暮らすのも悪くはない。だが、いずれ周囲の目が“元・王太子妃候補”に向けられ、不審を抱く者も出るだろう。……正直、政治的にも微妙だ」
「それは……やはりそうですよね」

 自分の存在が、また新たな問題を引き起こしかねない。隣国の民衆から見れば、いつ“王都のスパイ”になるかもわからない存在だと疑われるかもしれないのだ。

「そこで、俺から提案がある。――お前が、俺の“婚約者”としてルーヴェル王国に留まるという形をとるのはどうだ?」
「……っ!?」

 一瞬、スカーレットの思考が止まる。ゼインが口にしたのは、あまりに衝撃的な言葉――“婚約者”として迎えるという提案だった。

「もちろん、形だけの婚約でもかまわない。俺は公爵として、これまで縁談を幾つも断ってきたが、そろそろ周囲が黙っていない。だが、お前を庇護する口実としては、最高に都合がいい。……お前が俺のフィアンセであれば、誰もが易々と手出しはできなくなるからな」

 ゼインの瞳は真剣だ。スカーレットを利用してやろうという雰囲気はなく、むしろ彼女を守るために必死に考えて出した答え――そう感じられた。スカーレットの胸は激しく動揺する。かつてアルバートと婚約していた自分が、今度は隣国の公爵と婚約するなんて。そんなことが本当に許されるのだろうか。

「で、でも……私、もう“婚約”というものに対して、正直怖いんです。アルバート様とのことがトラウマで……それに、公爵様にとって私は政治的リスクでは……」
「リスクなら、もう引き受けている。今さらお前を放り出すわけにもいかないし、そもそも俺がこんなに口を出す時点で、すでにルーヴェル王国内で何らかの憶測は生まれているだろう。だったら、堂々と“俺の婚約者”として紹介したほうが安全だ」

 ゼインの言葉には、一点の迷いもない。むしろ、どうすればスカーレットを一番守れるか、それだけを最優先にしているようだ。スカーレットは心が揺さぶられる。アルバートのときには感じなかった――“自分を無条件に守ろうとする”意志の強さ。

(私はこの提案を受け入れてもいいの……? ゼイン様を巻き込むことになる。でも、彼はそれを承知で……)

 再び沈黙が落ちる。暖炉の火がパチパチと小さくはじける音だけが部屋に響く。やがて、スカーレットはそっと瞳を閉じ、浅く息をついてから口を開いた。

「私……正直に言うと、ゼイン様のことを尊敬しています。助けられた命を、大事にしたいと思う。それに、この国で生きるなら、やっぱりゼイン様のそばが一番安心できる……。でも、もし“形だけの婚約”ならば、いずれ私が邪魔になるときが来るかもしれません」
「邪魔にはならない。お前は賢いし、礼儀や教養もある。ファーガス家にとって、むしろ大きな力になれるはずだ」
「……そうでしょうか」

 スカーレットは自嘲気味に微笑む。かつては“王太子妃”と目されていた自分が、今は追放者。“形だけの”と聞くと、どこか寂しさも感じる。だが、ゼインが自分を傷つけないように配慮してくれているのだろうとも思う。

「わかりました。私でよければ、どうかお役立てください。私も、ゼイン様に助けられたことへの恩返しがしたいんです。……ただ、“婚約”という言葉を聞くと少しだけ胸が痛むのは、どうかお許しください」
「いいんだ。お前が少しずつ慣れてくれれば。それに……形だけ、というのは俺の建前だ。もしお前が本当に望むなら、いつか……“本物の婚約者”になってくれたら、俺は嬉しいがな」

 不意に、ゼインはどこか照れ臭そうに視線を外す。スカーレットはその様子を見て、胸がきゅんと締め付けられるような感覚を覚えた。アルバートと婚約していた頃には感じなかった――言葉にできない温かさ。
 そうして二人は、不思議な“約束”を交わすことになった。伯爵夫妻救出の作戦が成就し、無事にルーヴェル王国へと逃れてきた暁には、公爵ゼインとスカーレット・ヨークが婚約を結ぶ――政治的にも、互いを守るためにも必要な手段。だがそこには、たしかな情も芽生え始めていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」 そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。 さらに王太子は宣言する。 「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。 履行履歴も整えず、契約も軽視し、 新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。 ――ですが。 契約は宣言では動きません。 信用は履歴の上にしか立ちません。 王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、 やがて止まったのは王太子の未来でした。 自ら押した承認印が、 自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。 公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。 救済なし。 やり直しなし。 契約通りに処理しただけですのに―― なぜか王太子が廃嫡されました。

婚約破棄された令嬢は平凡な青年に拾われて、今さら後悔した公爵様に知らん顔されても困ります

exdonuts
恋愛
婚約者に裏切られ、社交界から笑い者にされた侯爵令嬢セシリア。すべてを失い途方に暮れる中、彼女を救ったのは町外れのパン屋で働く青年リアムだった。 「もう無理に頑張らなくていい」――そう言って微笑む彼の優しさに、凍りついていた心が溶けていく。 しかし、幸せが訪れた矢先、かつての婚約者が突然彼女の前に現れて……? これは、失われた令嬢が本当の愛と尊厳を取り戻す、ざまぁと溺愛の物語。

婚約破棄された公爵令嬢は、ただ冤罪を晴らしたいだけなのです

明衣令央
恋愛
王太子アレクシスから突然の婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 身に覚えのない冤罪まで着せられ、学園は騒然となる。 王家の調査が始まる中、彼女の前に現れたのは誠実な第二王子ウイリアム。 静かに真実へと歩み出すエレノアの影で、 “時”をめぐる運命が、ゆっくりと動き始めていた――。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

捨てられた公爵令嬢は氷の宰相に愛されすぎて困っています 〜婚約破棄の果てに見つけた真実の愛〜

nacat
恋愛
婚約者の王太子に「平民上がりの令嬢が」と断罪された公爵令嬢・リリアーナ。 居並ぶ貴族の前で婚約破棄を告げられ、家を追放された彼女の前に現れたのは、氷の宰相と恐れられる冷徹な美貌の青年、アラン・グレイス。 無表情で冷たいと噂された彼が見せたのは、誰も知らないほど深い優しさと狂おしいほどの独占欲だった。 最果ての領地で始まる、ざまぁと溺愛の逆転劇。 そして、王国を揺るがす陰謀の真実が明らかになるとき、二人の愛はすべてを変える――。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし
恋愛
「地味で可愛げがない」と婚約破棄された侯爵令嬢クリスティーヌ。 王子の政務を陰で支え続けた功績は、すべて無かったことにされた。 居場所を失った彼女に差し出されたのは、“無能”と噂される伯爵令息ノエルとの政略結婚。 しかし彼の正体は、顔と名前を覚えられない代わりに、圧倒的な知識と判断力を持つ天才だった。 「あなたの価値は、私が覚えています」 そう言って彼の“索引(インデックス)”となることを選んだクリスティーヌ。 二人が手を取り合ったとき、社交界も、王家も、やがて後悔することになる。 これは、不遇な二人が“最良の政略結婚”を選び取り、 静かに、確実に、幸せと評価を積み上げていく物語。 ※本作は完結済み(全11話)です。 安心して最後までお楽しみください。

処理中です...