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第2章:新たな挑戦と揺れる王宮の思惑
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その夜、グランシェル侯爵家の夕食の場。マイラと父デゼルは、長いテーブルを挟んで対面に座っていた。執事や侍女たちがそれぞれ給仕を務め、美しく盛り付けられた料理が次々と並べられていく。もともと侯爵家の食事は豪華だが、最近のマイラはあまり食が進まず、少しずつしか口にしなかった。
もっとも、この日のマイラは思いのほか食欲が湧いていた。セレナとの会話で気持ちが前向きになったせいだろうか。彼女はスープを一口すすりながら、今日あった出来事を父に報告する。
「……というわけで、セレナが紹介してくれるという実業家ルシアン・ベルナールという方に、一度お会いしてみようと思うんです。グランシェル家の事業拡大において、お力になっていただけるかもしれません」
マイラがそう切り出すと、デゼル侯爵は眉を少し動かしながら頷いた。
「ベルナール……聞いたことがある名だ。確か、男爵家の血筋だが、実業家としてはかなりのやり手だと聞く。優秀な部下を多く抱え、地方の商会や工房との繋がりが広いらしいな」
「はい。私も詳しくは知らないのですが、セレナいわく信頼できる方のようです。……お父様、私にそのような取引をまとめる権限を与えていただけませんか? もちろん、最終的にはお父様にご判断いただきますが」
その提案に、デゼルはやや驚いた様子だった。娘がここまで積極的に「実務」に関わろうとするのは初めてのことかもしれない。マイラの成長を感じる一方で、まだ心配もあるのだろう。しばし沈黙してから、彼は静かに口を開く。
「……お前が本気でそう思うなら、私としては大いに歓迎する。いずれにせよ、お前には将来、グランシェル家を支えてもらわねばならないからな。これまで王家の婚約者として多少の制約はあったが、今となってはお前も自由に動ける立場だ。失敗を恐れず、思い切りやってみるといい」
「ありがとうございます、お父様。……私、やってみます。今度こそ自分で何かを決めて、自分で行動してみたいんです」
マイラの瞳には確かな意志が宿っていた。それを見て、デゼル侯爵も微笑ましげに娘を見つめる。婚約破棄という試練が、マイラを新たな段階へ押し上げているのだと感じるのだろう。
夕食の席は、その後も王家との交渉についてなどの話題で続いた。王宮はラウル王子の平民との婚姻に関して、ひとまず形式的な容認を示したものの、グランシェル家への具体的な補償についてはまだ結論を出せずにいるという。国王は「できるだけ穏便に済ませたい」と望んでいるが、デゼルは「名誉を守るためにも、金銭だけではない形での誠意を示すべきだ」と譲らない状況だ。
「今はまだ交渉の段階だが、ラウル殿下の件がこれ以上拗(こじ)れるようなら、彼は本当に国外追放に等しい扱いを受けることになるかもしれない。……まあ、こればかりは王家内の問題でもあるからな。私としては最低限、グランシェル家の立場を貶めない条件を勝ち取れればよい」
そう語るデゼルの言葉を聞きながら、マイラは複雑な思いを抱える。ラウルが選んだ道なのだから仕方がない。だが、王家の中で四面楚歌(しめんそか)に陥りつつある彼の姿を想像すると、どこか痛ましさを感じないわけでもなかった。
しかし、それ以上に大事なのは自分自身の未来だ。彼女は夕食を終えた後、執務室へと移動し、明日からの準備に取りかかる。セレナが紹介してくれるというルシアンに会うには、まず相手との面談の日時を決めなければならないし、グランシェル家として具体的にどういう案件を提示できるのか整理する必要もある。
そんな風に書類に目を通しているうちに、気づけば夜も更けていた。侍女が「お嬢様、お疲れでしょう。今日はこれくらいになさっては?」と声をかけてきたが、マイラは「もう少しだけ」と答えた。目が少し疲れてきた頃、ようやく区切りがついたので、明日以降の行動計画をノートにまとめて部屋を出る。
──暗い廊下を進みながら、マイラは自分の中に生まれた新しいエネルギーを感じていた。ラウル王子との縁が絶たれた今、自分を縛るものは何もない。たとえ辛い経験だったとしても、これを機に自分なりの人生を切り開こう。そう強く心に誓いつつ、マイラは部屋へと戻り、その夜は深い眠りについた。
もっとも、この日のマイラは思いのほか食欲が湧いていた。セレナとの会話で気持ちが前向きになったせいだろうか。彼女はスープを一口すすりながら、今日あった出来事を父に報告する。
「……というわけで、セレナが紹介してくれるという実業家ルシアン・ベルナールという方に、一度お会いしてみようと思うんです。グランシェル家の事業拡大において、お力になっていただけるかもしれません」
マイラがそう切り出すと、デゼル侯爵は眉を少し動かしながら頷いた。
「ベルナール……聞いたことがある名だ。確か、男爵家の血筋だが、実業家としてはかなりのやり手だと聞く。優秀な部下を多く抱え、地方の商会や工房との繋がりが広いらしいな」
「はい。私も詳しくは知らないのですが、セレナいわく信頼できる方のようです。……お父様、私にそのような取引をまとめる権限を与えていただけませんか? もちろん、最終的にはお父様にご判断いただきますが」
その提案に、デゼルはやや驚いた様子だった。娘がここまで積極的に「実務」に関わろうとするのは初めてのことかもしれない。マイラの成長を感じる一方で、まだ心配もあるのだろう。しばし沈黙してから、彼は静かに口を開く。
「……お前が本気でそう思うなら、私としては大いに歓迎する。いずれにせよ、お前には将来、グランシェル家を支えてもらわねばならないからな。これまで王家の婚約者として多少の制約はあったが、今となってはお前も自由に動ける立場だ。失敗を恐れず、思い切りやってみるといい」
「ありがとうございます、お父様。……私、やってみます。今度こそ自分で何かを決めて、自分で行動してみたいんです」
マイラの瞳には確かな意志が宿っていた。それを見て、デゼル侯爵も微笑ましげに娘を見つめる。婚約破棄という試練が、マイラを新たな段階へ押し上げているのだと感じるのだろう。
夕食の席は、その後も王家との交渉についてなどの話題で続いた。王宮はラウル王子の平民との婚姻に関して、ひとまず形式的な容認を示したものの、グランシェル家への具体的な補償についてはまだ結論を出せずにいるという。国王は「できるだけ穏便に済ませたい」と望んでいるが、デゼルは「名誉を守るためにも、金銭だけではない形での誠意を示すべきだ」と譲らない状況だ。
「今はまだ交渉の段階だが、ラウル殿下の件がこれ以上拗(こじ)れるようなら、彼は本当に国外追放に等しい扱いを受けることになるかもしれない。……まあ、こればかりは王家内の問題でもあるからな。私としては最低限、グランシェル家の立場を貶めない条件を勝ち取れればよい」
そう語るデゼルの言葉を聞きながら、マイラは複雑な思いを抱える。ラウルが選んだ道なのだから仕方がない。だが、王家の中で四面楚歌(しめんそか)に陥りつつある彼の姿を想像すると、どこか痛ましさを感じないわけでもなかった。
しかし、それ以上に大事なのは自分自身の未来だ。彼女は夕食を終えた後、執務室へと移動し、明日からの準備に取りかかる。セレナが紹介してくれるというルシアンに会うには、まず相手との面談の日時を決めなければならないし、グランシェル家として具体的にどういう案件を提示できるのか整理する必要もある。
そんな風に書類に目を通しているうちに、気づけば夜も更けていた。侍女が「お嬢様、お疲れでしょう。今日はこれくらいになさっては?」と声をかけてきたが、マイラは「もう少しだけ」と答えた。目が少し疲れてきた頃、ようやく区切りがついたので、明日以降の行動計画をノートにまとめて部屋を出る。
──暗い廊下を進みながら、マイラは自分の中に生まれた新しいエネルギーを感じていた。ラウル王子との縁が絶たれた今、自分を縛るものは何もない。たとえ辛い経験だったとしても、これを機に自分なりの人生を切り開こう。そう強く心に誓いつつ、マイラは部屋へと戻り、その夜は深い眠りについた。
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