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第17話 優吾⑦【禊と決別と彼女たちの始まり】
しおりを挟む「禊を、受けに来ましたッ!」
「なんて?」
櫻井と対面した開口一番、切腹でもすんのかって勢いで謝られた。
次いで宣言されたのがこれである。
「蒼乃ちゃんと直接話して謝ったんだろ? だったら、俺はもう何も言うことはないっていうか」
「うん。そういうことじゃなくて」
あ、そう……勢いがすごいな、お前……。
なんかこう、憑き物でもとれたのかってくらい、久しぶりに顔を合わせた櫻井はさっぱりしていた。
正直、面食らっている。
だって、俺は電話口で櫻井をフっているから。
気持ちを受け取れないこと。
櫻井と恋人になる可能性はないこと。
蒼乃ちゃんに迷惑をかけたことを怒っていること。
その全部を、櫻井は驚くくらいあっさり受け入れた。
「かなわないことくらい、本当はわかっていたから」
ごめんと、ありがとうを、何度も言われた。
これは後で蒼乃ちゃんから聞いたんだけれど、櫻井は蒼乃ちゃんに約束を取り付け、「職場の皆様にもお騒がせ致しました」と菓子折りまで用意したらしい。蒼乃ちゃんの好きな地元の銘菓だったあたり、櫻井なりの好意なんだろうな。
それらの経緯を経ても、俺は櫻井と今までみたいな……大学に入る前の、友達と言える距離感に戻るのは無理だと思っていた。
だってそれは俺が櫻井の好意を無視しつづけて成り立っていたわけで、「昔に戻ろう」なんて口にできる程、俺の面は皮が厚くない。
一抹の苦さを感じていた……はずなのに。
櫻井に呼び出されて、今に至る。
ちなみに
「……なんで俺まで」
黒澤もいる。
「黒澤くんは、あれだよ。介錯?」
やっぱり切腹すんの?
櫻井ってこんなキャラだったっけ?
「普通に嫌なんだが」と、黒澤。そりゃそうだ。
「お願い。時間はとらせないから。……蜂須賀くんと二人きりとか、蒼乃ちゃんに悪いでしょう?」
「あぁ……そういう……」
納得する黒澤と俺。
案外、気を使ってくれているのね。黒澤だけとばっちりだけれど。
「えーと、本題ね。蜂須賀くん。ここぞとばかりに私にトドメを差してほしい。ていうか差せ。私が再起不能になるくらいのやつをお願い」
「嫌なんですが?! なんで若干上から目線なん?!
「拗らせたのは私だけれど、拗らせる要因は十二分に蜂須賀くんにもあったかなって……そう考えたら若干むかついて」
「理不尽だよ!」
櫻井。黒澤の顔見て。ほら、ドン引きしているよ?!
「私、ずっと蜂須賀くんのことが好きだったけれど……あなたみたいにはなりたくないの」
「ディスり方がえげつねぇのよ」
ちくちく言葉、威力凄くない?
「だって、8年も会えない、行方もわからない相手をずーっとずーっと思い続けるとか、地獄じゃない? 私、めちゃくちゃ蜂須賀くんに沼ってた自覚あるからここで断ち切らなきゃ私も同じ轍を踏みそう……無理……絶対嫌……」
「それはわかる」
櫻井。それは俺本人に言っていいやつじゃない。
黒澤。お前ってやつは、本当に息をするように俺を裏切るよな。
うんうん頷いてんじゃないよ。
「だから、こっびどくフってほしい。100年の恋も冷めるくらい、キツい言葉で」
言いたいことはわからなくはないけれど、極端すぎるだろ。
相手を傷つけるために言葉を選ぶとかなんじゃそりゃ。
でも、櫻井はまじで一歩も引いてくれなかった。
「逆に、蜂須賀くんが私の立場だったら、蒼乃ちゃんのこと、どうやったら諦められると思う?」
あ、この質問地雷。
胃の内容物がせりあがる感覚がする。
蒼乃ちゃんが他の誰かと付き合うとか、想像したくもねぇ。
無理なもんは無理。
答えは一択しかねぇわ。
「かんき……」
「櫻井、それ以上その馬鹿を喋らせない方がいい。その質問はだめだ」
「……察した」
ん……。まぁ、「諦めないけど?」って櫻井に言うのは野暮だよな。うん。
煮え切らない俺に、焦れたんだろう、
「……真面目な話。お前は櫻井の提案に乗った方がいいと思う」
押し問答に死んだ眼をしていた黒澤が、溜息をついた。
ごめんね。マジで、巻き込んで。
「それが、これからの櫻井に対する優しさだと思うよ。……自分の8年がしんどかったなら、尚更、わかってやれよ」
その一言は、かなりキた。
本当に、痛いところ突きやがるなぁ。
「わかった……じゃあ、ちょっと待て。つまり、俺が櫻井にドン引きされることを言えばいいんだよな?」
この話の流れで咄嗟に思いつくほど、頭の回転は速くないしドSでもない。人生で一番頭を使っているかも。……俺にとっても罰ゲームな気がしてきた。
もうやけくそだよ。よし、決めた。
「櫻井。あのさ。俺は、お前は中学の頃の、陸上部でめちゃくちゃ汗まみれで走っていた時のが、今より可愛かったと思うよ」
訪れたのは、思った通りの、沈黙。
櫻井は目をつぶり、そして。
「……ありがとう。うん、もう、大丈夫」
決して、表情が明るくなったとか、そういうことじゃないけれど。
強がりや虚勢を感じない返事に、俺は安堵して……口内に苦いものを感じた。
……これは後から黒澤と、さらにその後に櫻井から聞いた話だけれど。
あの日、俺が教室を出た後、櫻井はしばらく黒澤と一緒にいたらしい。
出て行ってもらって構わなかったのに、黒澤はなにかを考え込んでいたみたいだったと、櫻井は言う。
……櫻井は、黒澤のことが苦手だったんだって。
俺のことを好きだってパフォーマンスのようにアピールをすれば、大概の人物は自分に協力的で、特に男はわかりやすく空気を読んでくれる。
協力するふりをして棚ぼたを狙う奴は論外だけれど、一切靡かない黒澤を前にすると、後ろ暗いところを見透かされたような気分になったそうだ。
見目の良い黒澤は、恋に現を抜かす女を等しく馬鹿にしているだろうな、と。
そんな花持ちならない男であっても、その時は「蜂須賀くんは全然わかってない」と、言わずにはいられなかったそうだ。
「だろうな」
瞬時に、不愉快な正論が返ってくると後悔した櫻井は
「あいつのことしかずっと眼中にないお前は、まぁ、普通にイタイ奴だったけれど、それほどの熱量で好く価値はある奴だったと思うよ」
黒澤が自分を攻めなかったことに息が詰まったらしい。
(でも……これを黒澤が言ったって、信じられねぇよな)
「黒澤くんって、蜂須賀くんに冷たいんだか、優しいんだか、わからないね」
「良い奴だと思っているよ。馬鹿だけど」
櫻井は、笑うしかなかったと言う。
黒澤はむきになったそうだ。
「……いない人間のことばかり追いかけて、近くにいたお前を眼中に入れないんだから、馬鹿だろう」
心が、水面に一石投じたように揺れたそうだ。
既に一生分の涙を流して、ついでに岩盤浴とエステでデトックスしまくってつるぴかになった身体に、まだそんな湿っぽいものが残っていたなんて、と櫻井はため息を吐いていた。(失恋満喫ツアーというらしい)
敗れた恋でも、幸せな過去があったのだと……人生の半分以上募らせた恋を「さっさと忘れちまえ」とか言わないところが、黒澤くんがモテる所以だよ、なんて解説された。
そして
「私、この先ずっと独身だったらどうしよう……」
櫻井は自虐のつもりだったらしい。
だから黒澤が
「そうなる前に拾ってやるよ」
そう返したのは、あまり楽しくはない社交辞令だと思ったそうだ。
「黒澤くんって、そういう冗談言うタイプだったの?」
「なんだよ、その顔」
「その場のノリで口説いてくる男の人って、本当に好きじゃないから」
慰めてくれるつもりでも、あまり聞きたいことじゃないかなって、櫻井ははっきり告げたそうだ。
でも、それが黒澤に火をつけちゃったんだろうな。
「ナイトプールとプラネタリウム……水着イベントは若いうちに、だったか?」
「な、に。急に」
「お前の理想のデート先。行きたいんだろ。プラネタリウムなら今夜間に合う」
「そ、それは! 好きな人と行くならって言う話で……黒澤くん、ずっと私のこと馬鹿にしてたじゃん!」
「やり方はどうかと思ったけれど、あれだけ一途に思い続けるって言うのはすげぇなって思っていたよ。それを与えられるのは、幸福なことなんだろうなって」
「うそ……だって、私が蜂須賀くんと話しているとき、嫌な顔していたもん……!」
「お前はいつまでもあいつのことしか見ていないから、俺がどういう気持ちでお前を見ていたかなんて知らねぇだろうが」
……俺がもしその場にいたら、その言い方で口説くのはまじで辞めたほうがいいよって言ったと思う。
あと、相手に合意なしでキスするのもダメだろ。
「次は俺にしておけば?」
黒澤はガチだった。
いつから拗らせていたのかなんて、俺は本当に知らない。
このあと二人の地獄みたいな鬼ごっこがはじまるんだけれど、それはまた別の話。
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