歳下で純情でちょっと×××な優吾くん〜わんこ系幼馴染から8年分溺愛されます⁉︎〜

麻梨

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第18話 蒼乃⑩【カランコエと青い屋根の家と彼女の話】

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「バイトが早く上がれそうだから、蒼乃ちゃんの家に泊まっていい? ……明日、デートだし」

 突然の連絡に、日勤明けの私はもちろん快諾する。
 優吾くんがこの家に来るのは三度目で、お泊まりは……初日以来かぁ……優吾くん、ちゃんと着替え持ってくるよね?

 間もなくして、優吾くんは「酔っ払ったお父さんがお寿司のお土産を持ってきた」みたいな出立ちで、大きなビニール袋を下げて訪れた。中身は、まさかの陶器の鉢植え。

「どうしたの、これ」

「居酒屋のバイトで、隣のネイルサロンのお姉さんがくれた。蒼乃ちゃん、これの名前、わかる?」

 緑の、ぷっくりと水分をよく含んだ植物。
 花はひとつもついていない。

「カランコエ、かな?」

「正解。ここで育ててもいい?」

「いいよ。どこに置こう?」

 この家にあるのは、金のなる木、アロエ、ハオルチア……手入れが簡単な多肉植物ばかりだ。
 数日家を空けても健やかに成長してくれるので、ここ5年は重宝している。逆にハーブ類は全然だめ。すぐに枯らしてしまう。

 乾燥に強く、直射日光を必要としないカランコエはアパートで育てるのに向いている。

「何色の花が咲くんだろう」

 日照時間が長いと咲きにくいカランコエは少し工夫が必要だ。秋が深まる頃が開花時期なので、これから蕾をつけるだろう。

「お姉さんもわからないって言ってた。……俺の交際記念のお祝いなんだって」

 もとは、その彼女も頂き物だったらしい。

 日に日にめきめきと大きく育ち、剪定ついでに挿し芽をしたら、あっと言う間に根が付いてーーお店に置くにはスペースを取りすぎたため、挿し芽だけを残したいとのこと。

「優吾くんって年上に可愛がられるタイプだよねぇ」

「イジられるの間違いだって」

 ネイリストさんか……おしゃれな人なんだろうな……若干、いや、結構、かなり、気が気じゃないんですが。

 優吾くんは私の心の機微に敏感なくせに、こういう時は全然気が付かない。


「あのさ、蒼乃ちゃん、カランコエの花言葉、知ってる?」

「調べた記憶はあるんだけれど、花言葉って覚えられないんだよねぇ」


 優吾くんは「俺は気にしたことなかったんだけれど」と言った後「……お姉さんに調べろって言われてさ」と、続ける。


「代表的なのは『あなたを守る』らしいよ。白は『たくさんの小さな思い出』、オレンジは『人気・人望』、赤は『幸福を告げる』……ピンクは『長く続く愛』。なんかさ、全部、蒼乃ちゃんのことだなって思って」


 優吾くんは照れくさそうに笑って、私の手を握った。


「全部捨てがたいんだけれど、やっぱり、ピンクが咲いて欲しいなって。……俺と一緒に育ててよ」


 湧き上がる幸福感が、もしも可視できるとしたら。
 私は大輪の花を咲かせて、幸せの絶頂を優吾くんに伝える。
 節くれた、太い指。
 それに、自身を絡めて、握り返す。


「ありがとう……喜んで」


 身を屈めるよう誘えば……唇が重なる瞬間に、目を瞑ってくれないんだもの。照れ隠しに、唇を頬に寄せたの。


「……まって、何で口じゃねぇの」


 ちょっと不満そう。
 1ヶ月前なら、これだけでも有頂天だろうに……貪欲になったんだね、優吾くん。
 わかるよ、私もそうだから。
 見つめて、目を閉じて。

 はむ、と。
 下唇に吸い付き、はんで、帯びる微熱にうっとりしながら、混ざり合うように重ねる。


 気持ちいい。

 腰がじんわりと重たくなるキスは、心地よくて、幸せで……本能をちろちろと炙る。


 薄目を開ければ、何かを我慢するように、眉間に力を込める優吾くんが見える。
 ……気持ちいいんだ。
 大好きが募る口づけは、全部あなたが、私に教えたの。

 キスだけじゃない。

 私の身体は、あなたに愛されて幸福を知った。

 その事実が、嬉しくてたまらない。

「……んぁ、待って、ごめん。俺、今日めちゃくちゃ汗臭い……。風呂、貸して」

 Tシャツの裾を掴んだところで静止をかけられた。

「……気にしないのに」

「いや、マジで今日はダメ。あと手! 手も魚臭いかも! 速攻で戻るから! ね? 良い子にして?!」

 キスで焚き付けて誘惑したつもりだったから、ちょっと悔しい。


「一緒に入ろうって、誘ってくれたらよかったのに」


 シャワーを浴びて、出てくる寸前の優吾くんに意地悪しちゃう。

「え?! マジで?!」

 全身しっとり滴ったまま扉を開けて、「今からでもアリですか?!」ちょっと、勢い強すぎるよ。全く隠してくれないじゃん!

「無効です」

「酷ぇ!」

「ベットで待ってていい?」

「はい! よろこんで!」

 居酒屋かな?

 数多くある優吾くんの大好きなところの、『素直で可愛い』。……きっと、私はこれに一生弱いだろうなぁ。

 この後、髪をあまりに適当に拭いて出てくるから、ドライヤーをかけてあげて、ベットはしばしお預けしちゃうんだけれど。


  ★


「さっき考えていたんだけれど」

 髪を乾かし終えた優吾くんに麦茶を差し出すと、グラスが一瞬で空になる。

「普通、告白には花束だよね」

「あぁ……でも、『関係が根付く』って願掛けなら鉢植えも有りじゃない?」

「そう言ってくれる蒼乃ちゃんが好きぃ……! いやでも……せめて花が咲いているやつだよなぁって……。なんか、今は重たそうな葉っぱがもっさりしているだけじゃん」

「2人で育てるんだからいいの!」

 もうちょっと格好つけたかったって、唇を尖らせちゃうところが可愛いなぁ。

 カランコエに活力アンプルを刺した。
 他の植物たちにもざくざくと与えておく。

「そういえば、蒼乃ちゃんって、いつから花が好きなの」

 優吾くんが霧吹きでサボテンを濡らしながら、白くふわっとした棘をつついている。意外と痛いからやめた方が良いのに。

「……最初は好きだったわけじゃないんだ」

「え?! そうなの?!」

「園芸はね、母と唯一共有できる趣味だったからいつの間にか詳しくなっただけ」

 青い屋根の、敷き詰めるように花と緑に囲まれた、私の生家……もう、とっくに更地になったと聞いている。

 私よりもずっと、熱心に花を育てていた母。
 腐葉土と赤玉土を配合したり、鹿沼土を取り寄せたり……室内で育てる植物よりも、薬品を調合して紫陽花の花の色を変えるのに熱心だった。

「ガーデニングってね……私たちにとって、顔を付き合わさなくてもできる趣味だったの。季節の花を買いに行って、寄せ植えしたり、株分けしたり……口数の少ない母から教わる話は興味深くて……あの頃は花への興味よりも、母との時間が重要だった気がする」

「……もしかして、コレ持ってきたの迷惑だった?」

「ううん。今は好き。三階のベランダまで20リットルの土を担ぐくらいには」

「……次からは俺を呼んでね」

 そういえば、前に「都内で暮らす女は10リットル単位の土を抱えて運ばねぇよ、田舎もん!」って榊くんに笑われたんだよなぁ……。

 私は、「それ」を言うべきか、あまり迷わなかった。
 麦茶のおかわりをついで、ローテーブルの前に誘う。

「……優吾くん、あのね。唐突なんだけれど……今度、母と会って欲しい」

 脈絡のない切り出しに、優吾くんは、珍しく「え」っと身体を引いた。
 ……やっぱり、いきなり言うのはまずかったか。
 順を追って説明しなくては、と、言葉に惑った時。
 優吾くんは、すぅ……と、深く息を吸い込んで

「も、もしかして、それって『娘さんを僕に下さい』イベントですか……?!」

 神妙な面持ちで、いよいよ来た、って呟いて、何故か正座をするの。


「そういう時って、スーツはリクルートでもいいの?」


 嘗てない程、真剣なんだもん。「気が早いよ!」とも「覚悟してたの?」とも言えなくて。嬉しいのと、愛おしいのと、可愛いが爆発して肩が震えた。

「ごめん、気合いを入れてくれたんだけれど、違う……!」

「えっ?!」

 くすぐったくて、笑いが止まらないのに、少しだけ、苦しい。

「母がね、再婚するらしいの」

「そうなん? あ、じゃあ、苗字……」


「うん。浅月は、母の旧姓。母が結婚して苗字がかわる場合、相手の男性が私を養子にしない限り、私と母は違う苗字になる」


 大学入学直前に顔を合わせたきりの父に至っては、どこで何をしているのかすら把握していない。

「私ね、母から再婚の話が来たとき、会うことを一度断っているの。忙しいから時間が取れないって。でもね、母は私と話すまでは籍は入れないって言い出して……」

 私の承諾なんて、本当はいらないはずなのに。
 じんわりと、口内に苦いものが広がる。
 

「あのね。私は母を……母であることから、開放してあげたいんだ」


「……解放って……絶縁?」


「言葉を強く言えば、そうなるのかな……きっと、あの人は自分から言い出すことはできないから」


 優吾くんは……私が何を言っているのか、わからないんだろうな。
 ひどく傷ついた顔をしていた。

 ごめんね。

 あなたに、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。



   ★



 父の祖父母が住んでいた青い屋根の煉瓦柄の家は、かなりの築年数を重ねていたが、その庭は対照的に細部まで作りこまれていた。

 ガーデニングに勤しむ母は、ご近所の方に褒められても、当たり障りのない返事で話を切り上げて、賞賛もお世辞も嫌味も届いていないような……ぼんやりとした印象を与えていただろう。

 会社員の夫。専業主婦の妻。1人娘。
 時代錯誤なくらい丁寧で豊かな暮らしを連想させる家庭……。

 母は、美しい人だった。

 母の肌が特別白かったのは、子どもながらに鮮明に思い出せる。
 瞬きをすれば音が聞こえそうなくらいまつ毛が長く、目鼻立ちがくっきりとしていて……作り物めいた美しさに「お人形のようだ」と言われていた。

 良い意味に聞こえるだろうか。
 実際は違う。
 母は、本当に、人形であることを望まれた人だった。

 全部、私の父のせいだ。

 美しい妻を娶っておきながら、いつか妻が自分から離れていくことを恐れて、ひとりでに病んでいった、どうしようもない人。
 私を、母のコピーだと、本気で思い込んでいたあの人。


 父は、私にリップクリームを購入することを強烈に拒んだ。

 ひび割れた唇や、乾燥に赤らんだ頬。方々に膨らむ髪を見て、満足していたのか甚だわからないけれど、私の容姿を『損なわせること』に躍起だったのは間違いない。
 父は……私が母のように美しくなることも、大人の女に成長することも、ひたすらに拒んでいた。


「色気づくな」

「お前の容姿に価値なんてない」

「お前はこれで丁度良くなる」


 それが、父の口癖だった。

 育児ではなく、支配で。私の存在を引き算でしか認めようとしない徹底ぶりは病的だった。

 鍋底に穴が開いているような人なのだ。

 どれだけ母に尽くされても、まだ足りない、まだ足りないと、求め、荒らし、食い尽くし、傷つけて……それでも妻の関心が、自分に向き続けることを確認しないと生きていけず……その毒牙は、間違いなく娘の私にも向けられていた。だから、母は、私にガーデニングを教えたんだと思う。

 土と汗にまみれることは、おしゃれとはほど遠い行為だから。

 きっと、あの緑の檻の中で、一切の口答えも抵抗もなく……なにも持たざることが、母の愛情表現だった。


 なにがきっかけだったのか。私が小学生になった頃、父の職場の後輩がうちに足を運ぶようになった。
 たった一言、あいさつ程度……私を目がけて、いない日は待ち伏せして。私は言葉に表しようもない不快感を母に相談した。母は「あいさつだけならば、まだ大丈夫よ」と遠回しに、私に我慢するよう求めた。

 後に、銀行員、配達員、教師……似たような様子で、青い屋根の家を訪れる男達が現れる。
 
「たまたま近くを通りがかったので」

「お変わりありませんか?」

「素敵なお庭ですよね」

 母は、決して追い返さずぼんやりと対応する。そして……私に言い聞かせるのだ。


「仕方がないのよ」

「蒼乃ちゃんは可愛いから」

「大丈夫。いまはまだ、ママが傍にいてあげられるから」

「じっとしていればいいの。じっとしてさえいれば、酷いことはされない」

「……なるべく、早く大きくならないで」


 困惑と、戸惑いの後に来たのは、怒り。
 私が覚えた自衛の術は、一秒でも長く、外出すること。

 小学生の外出なんて図書館と児童センターと書道教室が精いっぱいだったけれど、そのうちに、家庭と学校以外のコミュニティが広がっていく。

 図書館の職員さんや児童センターの支援員さんは毎日洒落っ気のないモノトーンの服ばかり着ている私を、学校の同級生みたいにからかったりしてこない。「美人だとなんでも得だよね」などと言ってくる人はいない。

 考えてみれば、私は「利用者」なのだから当たり前なのだけれど……私は自分が大人の一員になれた気がして、嬉しかった。

 読み聞かせボランティアに参加することになったのも、それがきっかけ。他所の学区の子たちとは、なぜか自校の子たちと過ごすより気が楽だった。

 そして、そこで優吾くんと出会う。
 ふくふくとした、小さくて可愛い男の子に、私は夢中になって……ここから先は、よく知っての通り。

 あのね。優吾くんと過ごす時間は、私にとってもすごく愛おしいものだったの……。


   ★


「外の世界を知った私は、とにかく反発したんだ。『この家は異常だ』って。父にも、母にも。それが正しいことだと、信じて疑わなかった。……心のどこかで、やり返されることはないと、高をくくっていたんだと思う。でもね。あの家は、父は、真っ当に狂っていたんだよ。私が不遜な態度を取り続けることを、父はことさらに許さなかった。……わざわざバーベキューの準備まで整えて、会社の人を呼んで、部下に私を脅かすようにけしかけるとか、正気の沙汰じゃないでしょう?」

 私の父は、確実に病んでいた。
 それはもう、私の、母の、手の内でどうにかなるような次元ではなかった。

 若い男に、自分の娘を脅かすよう唆したのは『こういう目に会いたくないなら、家で母と土いじりに興じる、素直で大人しい娘でいろ』と、私にわからせたかったのだろう。

 父にとっては、それが教育の一環だって、信じて疑わなかった。

 目が眩むほどの絶望と、地獄。
 それを破ったのは、場違いな警察官が現れたこと。

 母は生活相談という形で警察署に連絡を入れていた。
「私では、娘が辱められるのを、止めることができなかった」と現着した警官に静かに告げた。
 母の携帯電話を握る手は、白くなるほど力が籠っていた。
 この人は、恐怖を感じていないわけじゃないのだと、初めて知った。

 人形のような母が、はじめて、人間に見えた。

「その日、母が、はじめて、私を背中でかばってくれたんだ。『自室にいなさい。ごはんはもう、用意してあるから』だって……このタイミングで、ごはんの話、普通する?」

 おかしいよね、て。
 引きつるように笑っても、優吾くんは笑わない。
 
「……その日以降ね、母は復職したんだ。なんとなく、社会性が不足している人だと思っていたから、隣町の百貨店で美容部員になったって聞いたときは驚いたなぁ」

 あるべき姿に戻ったんだなって……そう思えるまで、時間が必要だった。

 復職と引き換えに、母は庭の手入れを完全に放棄した。
 一緒に園芸を楽しむ時間なんてとっくになかったのだけれど。荒れて、朽ちていく植物たちを見つめていたら……あれは母に見限られた、父の成れの果てなんだと思った。……父はわかっていたのかもしれない。外に出たら、母はもう、自分に振り向いてくれないと。

 母は、私に、どう接するべきか悩んでいたのだろう。
 それを知ったのは受験直前のクリスマスだった。

 勉強中「職場まで来て欲しい」と、母から連絡が入り、服を買ってもらった。その場で水色のニットワンピに着替えて、キャメルのダッフルに袖を通した。
 父の意向で白黒の服しか与えられなかった私は、はじめて年相応のおしゃれな服を着た気がする。
 それから、コスメカウンターにはじめて座った。キラキラ輝く場所で、信じられないくらい良い匂いがした。お菓子みたいで、宝石みたいな、たくさんのコスメに囲まれて……きれいな女性にきれいにして貰う楽しさは、本当に夢みたいで……。
 帰り道。「もっと早く、こうしてあげられなくてごめんね」と、謝られた。
 
 母の告白は、ほとんど懺悔のようなものだった。

 他人よりも、少しだけ秀でている容姿という自覚はあった。
 実母から「お前は産まれながらに男を誘う淫乱だ」と蔑まれた。
 異性からの視線に、好意に、自我を傷つけられ、抵抗し、潔白を主張すれば同性からも咎められる……疲れ果てた末に、夫となる人と出会った。
 しかしその夫も、自分に言い寄る男の影に、いつしか辟易するようになり、不信感を態度に現すようになった。
 無害な顔で、無抵抗をつらぬき、ひたすら息を潜める。それだけが、自分に残った生きる知恵だと、信じることにした。

 そんな日々に、疲れていた。

 それでも。
 自分の受けた全ての悪意から、娘だけは守りたくて。
 
 娘が、自分と同じように、無害と無抵抗を貫いて、あの庭の中でいつまでも隠せるような、小さな女の子でいてほしいと、願い続けてしまった。


「私は、あなたの成長を、母親として喜べなかった。あなたをいちばんに思えなくて、ごめんね」


 それを告げられた私は、どんな顔をしたらよかったのだろう。


   ★

 
 優吾くんは遮ることなく、じっと私の話を聞いてくれた。
 テーブルの上では、麦茶を入れたグラスが汗をかいて……氷はすでに、見る影もない。

「母はどうしようもなく歪み切っているけれど、母であることを貫いてくれた。……地域課の勤務員はね、110番じゃなくても、『困りごとがあるから来て欲しい』の電話一本で住民のところへ巡回するの。……どうして、母はそれを知っていて、番号が書かれた名刺を持っていたんだ思う?」


「……わからない……なんで?」


「母に、あの名刺を渡したのは……優吾くんの、お母さんなんだよ」


 優吾くんが息を飲む。
 目を見開き、そして、ぐっと唇を噛み締めた。
 その表情で悟る。
 優吾くんのお母さんは、ずっと私を心配して……それを優吾くんは、言わないでいてくれたのだと。


「……警察官ってね、管轄内の家族構成とかを調べる業務が合って、定期的に巡回するの。……民生員のおばさんにね、『あの家のお嬢さんが心配なんです、って、おばちゃんが警察の人に言っといたからね。きっとパトロールを増やしてくれるからね』って言われていたんだ。……優吾くんのお母さんも、私を気にかけてくれる大人の一人で……私は間違いなく、運が良い子どもだった」

 私には、いくつもの逃げ道が用意されていて。最悪を選択しない理由が、いつもそばにあったのだから。

 優吾くんは……いつもの快活とした面影が抜け落ちて、どこか遠くを眺めているような……静かな眼をしていた。

「……あの家が、壊されていく過程を、俺はずっと見ていたんだ」

「……うん」
 
 母が、持たざることで夫への愛を体現しようとした家。

 私が、家族への不信感を抱き続け、苦しみ続けた家。

 父が、飽くなき試し行動で、全てを破綻させた家。


「家がなくなったら、もう帰ってくる理由はないから……蒼乃ちゃんにはもう会えないんだって、死ぬほど絶望したし、かなりキツかったんだけれど……あの家は、壊されるべきときに、壊されたんだね」


 きっと、そうなのだろう。
 父の、最後の矜持、だったのかもしれない。

 呪詛の巣窟になる前に、更地になって、よかったのだ。



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