婚約継続中なのに逃亡?元悪役令嬢、勘違いで癒しカフェ開店中

しずく葉

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⒍春の陽だまりと、やさしいひとりの時間

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森に、春の風が吹いていた。

柔らかな日差しがカフェの庭を照らし、芽吹いたばかりのハーブの新芽が、そっと顔をのぞかせている。
クラリッサは腰をかがめ、レモンバームの茂みから伸びた若葉をひとつまみ、そっと摘み取った。

「春一番に顔を出した新芽……ふふ、いい香りですわね」

その横で、白い毛玉がくるくると転がっている。
ルアが庭に植えたラベンダーの間を、のびのびと駆けては、日差しのまぶしさに目を細めていた。

「ルア、あまりはしゃぎすぎて泥んこにならないように、ですわよ?」

そう言いながらも、その姿に自然と頬がゆるむ。
小さなころ、屋敷の庭でもこんな風に、よく動物たちと過ごしていた――
思い出すのは、春の風にそよぐ紅茶の香りと、家族の笑い声。

「……思い出してしまいますわね」

そうつぶやきながら、クラリッサは摘んだレモンバームと、瓶にとっておいたドライいちご、くるみを手に厨房へと戻った。

今日の試作は、ドライいちごとくるみのパウンドケーキ。
春の香りにぴったりの一品だ。

香ばしく焼きあがったケーキに、春の花の蜜をそっと添え、切り分けてお皿に並べる。
その香りに誘われたように、いつの間にかルアが足元にぴとりと座っていた。

「もう、やっぱりいい匂いには敏感ですのね。……焼きたてよ?」

クラリッサは苦笑しつつ、小さな一切れをルアの前に差し出す。
ルアは鼻をくんくんと動かしながら、丁寧にそれをひとくち。
そして、満足げに目を細めて、クラリッサのスカートの裾にもたれかかった。

「……合格、ということですのね」

カウンターに座り、淹れたてのレモンバームティーを手にする。
ふわりと香るその香りは、気持ちを静かにほどいてくれるようで――

「こうして、誰かが“ここが好き”って言ってくれると、わたくし……嬉しいですのよ」

ルアは一度、クラリッサの顔を見上げ、にゃあと短く鳴いた。
まるで「ちゃんと伝わってるよ」とでも言いたげに。

「ありがとう、ルア。今日もまた、いい一日が始まりましたわね」

窓の外では、森の木々が優しく揺れていた。



* * *



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