婚約継続中なのに逃亡?元悪役令嬢、勘違いで癒しカフェ開店中

しずく葉

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⒎もうひとりのもふもふ、いらっしゃいませ?

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「うふふ……今日は、レーズンとくるみのパンにいたしましょうか」

朝の《cafe fuu》の厨房には、小麦とナッツの香ばしい香りがふわりと漂っている。
クラリッサは捏ね上げた生地を丁寧に丸め、焼き型に並べていく。

その足元では、ルアがのんびりと体を丸めていた。
パンの焼ける匂いにうっとりしながら、ふさふさの尻尾を揺らしている。

「焼き上がったら一つ差し上げますわね」

にゃ、と返事が返ってきた……気がする。
クラリッサは小さく笑って、オーブンの火加減を確認した。
パンが焼き上がる頃、小さなカランという音が鳴って、扉が開いた。

「こんにちは」

現れたのは、近くの村からよく通ってくる男性客。
ほんの少しクセのある髪と、くたびれた革靴が印象的だが、いつも穏やかに挨拶をしてくれる、物腰の柔らかな青年だ。

「お待ちしておりましたわ。ちょうど、パンが焼きあがったところですの」

「今日は何のパンですか?」

「レーズンとくるみ、ほんのりシナモンを利かせましたの。お茶と一緒にいかが?」

「じゃあ、紅茶で」

窓辺の席に座り、運ばれてきたパンに目を輝かせるお客。
クラリッサが紅茶を注ぎ終えるその瞬間――

「……ん?」

もう一度、扉が開いた音がした。
しかし、誰の姿もない。

「気のせい……?」

と思った瞬間。
もふっ。
足元で、何かが動いた。

「――うわっ!?」

青年の膝元に、いつのまにか白と茶の毛玉が。
まあるい体つきに、垂れ気味の耳。ころんとした姿で、パンをじーっと見つめている。

「……誰ですか、この子?」

「まあ……初めてお見かけしますわね。あなた、どこから入って……?」

クラリッサが目を丸くする中、ルアがトコトコとやって来て、隣にぴたりと座った。

「……似てるけれど……猫じゃない? 犬……?」

青年がパンに手を伸ばそうとした、そのとき。
白と茶の毛玉が、ぴょんとテーブルに跳び乗り、
焼き立てパンをひとつ咥えて、するりと床へと飛び降りた。

「ぼ、僕のパンが~~~~~~!!??」

ころころとした体で店の奥へと駆けていく毛玉。
青年は顔を真っ赤にして、慌ててそのあとを追いかける。

「返して~~~~!僕のパン!!」

厨房の隅、クッションの陰、カウンターの下――
転がるもふもふを追い、店内に軽快な足音と必死な声が響く。
クラリッサはティーカップを手に、のんびりと首を傾げた。

「あらあら、いけませんわよ。パンはお客様の分ですのに……ふふ、困った子ですこと」

ルアはカウンターの上からその様子を見下ろして、

「にゃー……(まったく、何してるのよ)」

と言わんばかりの顔。
最終的に、お客さんは根負けしてパンを半分差し出した。
もふもふはぺたんと座り、満足げにパンをほおばる。

「……このカフェ、動物が多すぎません?」

「そうかしら? 皆、いい子たちですわよ」

お客さんはため息まじりに笑った。

「……まあ、癒されるから……いいんですけどね」

クラリッサはふふっと笑い、大きな木皿に焼きたてのパンをひとつ、小さな木皿にももうひとつをのせた。

「では、あらためて。あなたと、この子の分ですわね」

彼女は二つの皿を丁寧にテーブルへと運び、それぞれの前にそっと置いた。
青年は少し驚いたように瞬きをして――やがて、照れたように笑った。

「……ありがとうございます」

店内には、紅茶の香りと、焼き立てパンの湯気。
そして、二匹のもふもふが、満足げに丸くなってくつろぐ午後のひととき。
《cafe fuu》に、新しいもふもふのお客様が、またひとり。




* * *


──食べ終えたあとも、小さな子犬は当たり前のようにお店の中を探検していた。
丸いクッションに飛び乗ったり、棚の下をくんくんしたり、時にはカウンターの下からぴょこんと顔を出したり。
クラリッサはその様子を微笑ましく見守りながら、後片付けを進めていた。

やがて、その子犬はルアの隣にとことこと歩いていき、ちょこんと丸くなって眠り始めた。ルアも何も言わず、その隣に身を寄せる。
「……ふふ、なんだか、本当に双子のようですわね」
クラリッサはそっとその寝顔を見つめながら、声を潜めてつぶやく。
「自由奔放で、甘えん坊……でも、どこかあたたかくて、やさしい子……」
ルアと並んで眠る姿に、ふと心が緩む。
「……じゃあ、あなたは“フィロ”でいいですわね。ルアとおそろい、双子の名前ですの」
その名に、返事をするように、子犬のしっぽがふわりと揺れた。
クラリッサはくすりと笑って、そっと立ち上がる。
「フィロ、ルア……今日は、よく頑張りましたわ」
もふもふたちの静かな寝息が、カフェの午後にやさしく溶け込んでいく。




* * *


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