7 / 51
⒎もうひとりのもふもふ、いらっしゃいませ?
しおりを挟む
「うふふ……今日は、レーズンとくるみのパンにいたしましょうか」
朝の《cafe fuu》の厨房には、小麦とナッツの香ばしい香りがふわりと漂っている。
クラリッサは捏ね上げた生地を丁寧に丸め、焼き型に並べていく。
その足元では、ルアがのんびりと体を丸めていた。
パンの焼ける匂いにうっとりしながら、ふさふさの尻尾を揺らしている。
「焼き上がったら一つ差し上げますわね」
にゃ、と返事が返ってきた……気がする。
クラリッサは小さく笑って、オーブンの火加減を確認した。
パンが焼き上がる頃、小さなカランという音が鳴って、扉が開いた。
「こんにちは」
現れたのは、近くの村からよく通ってくる男性客。
ほんの少しクセのある髪と、くたびれた革靴が印象的だが、いつも穏やかに挨拶をしてくれる、物腰の柔らかな青年だ。
「お待ちしておりましたわ。ちょうど、パンが焼きあがったところですの」
「今日は何のパンですか?」
「レーズンとくるみ、ほんのりシナモンを利かせましたの。お茶と一緒にいかが?」
「じゃあ、紅茶で」
窓辺の席に座り、運ばれてきたパンに目を輝かせるお客。
クラリッサが紅茶を注ぎ終えるその瞬間――
「……ん?」
もう一度、扉が開いた音がした。
しかし、誰の姿もない。
「気のせい……?」
と思った瞬間。
もふっ。
足元で、何かが動いた。
「――うわっ!?」
青年の膝元に、いつのまにか白と茶の毛玉が。
まあるい体つきに、垂れ気味の耳。ころんとした姿で、パンをじーっと見つめている。
「……誰ですか、この子?」
「まあ……初めてお見かけしますわね。あなた、どこから入って……?」
クラリッサが目を丸くする中、ルアがトコトコとやって来て、隣にぴたりと座った。
「……似てるけれど……猫じゃない? 犬……?」
青年がパンに手を伸ばそうとした、そのとき。
白と茶の毛玉が、ぴょんとテーブルに跳び乗り、
焼き立てパンをひとつ咥えて、するりと床へと飛び降りた。
「ぼ、僕のパンが~~~~~~!!??」
ころころとした体で店の奥へと駆けていく毛玉。
青年は顔を真っ赤にして、慌ててそのあとを追いかける。
「返して~~~~!僕のパン!!」
厨房の隅、クッションの陰、カウンターの下――
転がるもふもふを追い、店内に軽快な足音と必死な声が響く。
クラリッサはティーカップを手に、のんびりと首を傾げた。
「あらあら、いけませんわよ。パンはお客様の分ですのに……ふふ、困った子ですこと」
ルアはカウンターの上からその様子を見下ろして、
「にゃー……(まったく、何してるのよ)」
と言わんばかりの顔。
最終的に、お客さんは根負けしてパンを半分差し出した。
もふもふはぺたんと座り、満足げにパンをほおばる。
「……このカフェ、動物が多すぎません?」
「そうかしら? 皆、いい子たちですわよ」
お客さんはため息まじりに笑った。
「……まあ、癒されるから……いいんですけどね」
クラリッサはふふっと笑い、大きな木皿に焼きたてのパンをひとつ、小さな木皿にももうひとつをのせた。
「では、あらためて。あなたと、この子の分ですわね」
彼女は二つの皿を丁寧にテーブルへと運び、それぞれの前にそっと置いた。
青年は少し驚いたように瞬きをして――やがて、照れたように笑った。
「……ありがとうございます」
店内には、紅茶の香りと、焼き立てパンの湯気。
そして、二匹のもふもふが、満足げに丸くなってくつろぐ午後のひととき。
《cafe fuu》に、新しいもふもふのお客様が、またひとり。
* * *
──食べ終えたあとも、小さな子犬は当たり前のようにお店の中を探検していた。
丸いクッションに飛び乗ったり、棚の下をくんくんしたり、時にはカウンターの下からぴょこんと顔を出したり。
クラリッサはその様子を微笑ましく見守りながら、後片付けを進めていた。
やがて、その子犬はルアの隣にとことこと歩いていき、ちょこんと丸くなって眠り始めた。ルアも何も言わず、その隣に身を寄せる。
「……ふふ、なんだか、本当に双子のようですわね」
クラリッサはそっとその寝顔を見つめながら、声を潜めてつぶやく。
「自由奔放で、甘えん坊……でも、どこかあたたかくて、やさしい子……」
ルアと並んで眠る姿に、ふと心が緩む。
「……じゃあ、あなたは“フィロ”でいいですわね。ルアとおそろい、双子の名前ですの」
その名に、返事をするように、子犬のしっぽがふわりと揺れた。
クラリッサはくすりと笑って、そっと立ち上がる。
「フィロ、ルア……今日は、よく頑張りましたわ」
もふもふたちの静かな寝息が、カフェの午後にやさしく溶け込んでいく。
* * *
ここまで読んでくださりありがとうございます🌿
ご感想やお気に入り登録、とても励みになります。
ぜひ一言でも残していただけたら嬉しいです…!
朝の《cafe fuu》の厨房には、小麦とナッツの香ばしい香りがふわりと漂っている。
クラリッサは捏ね上げた生地を丁寧に丸め、焼き型に並べていく。
その足元では、ルアがのんびりと体を丸めていた。
パンの焼ける匂いにうっとりしながら、ふさふさの尻尾を揺らしている。
「焼き上がったら一つ差し上げますわね」
にゃ、と返事が返ってきた……気がする。
クラリッサは小さく笑って、オーブンの火加減を確認した。
パンが焼き上がる頃、小さなカランという音が鳴って、扉が開いた。
「こんにちは」
現れたのは、近くの村からよく通ってくる男性客。
ほんの少しクセのある髪と、くたびれた革靴が印象的だが、いつも穏やかに挨拶をしてくれる、物腰の柔らかな青年だ。
「お待ちしておりましたわ。ちょうど、パンが焼きあがったところですの」
「今日は何のパンですか?」
「レーズンとくるみ、ほんのりシナモンを利かせましたの。お茶と一緒にいかが?」
「じゃあ、紅茶で」
窓辺の席に座り、運ばれてきたパンに目を輝かせるお客。
クラリッサが紅茶を注ぎ終えるその瞬間――
「……ん?」
もう一度、扉が開いた音がした。
しかし、誰の姿もない。
「気のせい……?」
と思った瞬間。
もふっ。
足元で、何かが動いた。
「――うわっ!?」
青年の膝元に、いつのまにか白と茶の毛玉が。
まあるい体つきに、垂れ気味の耳。ころんとした姿で、パンをじーっと見つめている。
「……誰ですか、この子?」
「まあ……初めてお見かけしますわね。あなた、どこから入って……?」
クラリッサが目を丸くする中、ルアがトコトコとやって来て、隣にぴたりと座った。
「……似てるけれど……猫じゃない? 犬……?」
青年がパンに手を伸ばそうとした、そのとき。
白と茶の毛玉が、ぴょんとテーブルに跳び乗り、
焼き立てパンをひとつ咥えて、するりと床へと飛び降りた。
「ぼ、僕のパンが~~~~~~!!??」
ころころとした体で店の奥へと駆けていく毛玉。
青年は顔を真っ赤にして、慌ててそのあとを追いかける。
「返して~~~~!僕のパン!!」
厨房の隅、クッションの陰、カウンターの下――
転がるもふもふを追い、店内に軽快な足音と必死な声が響く。
クラリッサはティーカップを手に、のんびりと首を傾げた。
「あらあら、いけませんわよ。パンはお客様の分ですのに……ふふ、困った子ですこと」
ルアはカウンターの上からその様子を見下ろして、
「にゃー……(まったく、何してるのよ)」
と言わんばかりの顔。
最終的に、お客さんは根負けしてパンを半分差し出した。
もふもふはぺたんと座り、満足げにパンをほおばる。
「……このカフェ、動物が多すぎません?」
「そうかしら? 皆、いい子たちですわよ」
お客さんはため息まじりに笑った。
「……まあ、癒されるから……いいんですけどね」
クラリッサはふふっと笑い、大きな木皿に焼きたてのパンをひとつ、小さな木皿にももうひとつをのせた。
「では、あらためて。あなたと、この子の分ですわね」
彼女は二つの皿を丁寧にテーブルへと運び、それぞれの前にそっと置いた。
青年は少し驚いたように瞬きをして――やがて、照れたように笑った。
「……ありがとうございます」
店内には、紅茶の香りと、焼き立てパンの湯気。
そして、二匹のもふもふが、満足げに丸くなってくつろぐ午後のひととき。
《cafe fuu》に、新しいもふもふのお客様が、またひとり。
* * *
──食べ終えたあとも、小さな子犬は当たり前のようにお店の中を探検していた。
丸いクッションに飛び乗ったり、棚の下をくんくんしたり、時にはカウンターの下からぴょこんと顔を出したり。
クラリッサはその様子を微笑ましく見守りながら、後片付けを進めていた。
やがて、その子犬はルアの隣にとことこと歩いていき、ちょこんと丸くなって眠り始めた。ルアも何も言わず、その隣に身を寄せる。
「……ふふ、なんだか、本当に双子のようですわね」
クラリッサはそっとその寝顔を見つめながら、声を潜めてつぶやく。
「自由奔放で、甘えん坊……でも、どこかあたたかくて、やさしい子……」
ルアと並んで眠る姿に、ふと心が緩む。
「……じゃあ、あなたは“フィロ”でいいですわね。ルアとおそろい、双子の名前ですの」
その名に、返事をするように、子犬のしっぽがふわりと揺れた。
クラリッサはくすりと笑って、そっと立ち上がる。
「フィロ、ルア……今日は、よく頑張りましたわ」
もふもふたちの静かな寝息が、カフェの午後にやさしく溶け込んでいく。
* * *
ここまで読んでくださりありがとうございます🌿
ご感想やお気に入り登録、とても励みになります。
ぜひ一言でも残していただけたら嬉しいです…!
11
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる