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5「Seriously《本気》」
しおりを挟む「ちょっと雁野さん! 聞いてたでしょ!?」
雁野さん、とは私のことだ。
私のフルネームは雁野 源造。あんな稼業だが、きちんと戸籍もある本名だ。
パンの成形が終わってちょうどオーブンをセットしたところ、少し会話に混ざろうか。
「聞いてましたよ。出来るだけ暗くなる前にカオルさんには上がって貰うようにしますね」
「そうしてあげてよ。女の二人暮らしじゃ心配だもんね」
カオルさんはシングルマザー。
旧姓に戻って杭全 薫がフルネーム。
随分前に離婚、さらにどうやらその後で元御主人は亡くなられているそうだ。
……私が調べた訳ではない。喜多の奴が『念のため』調べたんだ。
『こんな稼業だ、慎重にやらなきゃならねんだ』というのが喜多の言い分だったかな。
「でもそれじゃあ……」
「なぁに、ウチは売り切れたらそこで閉店のパン屋ですから。早仕舞いしたって時給減らしたりはしませんよ」
明白にホッとした顔のカオルさん。素直で正直、すぐ顔に出るとこも素敵だ。良い。
「店長! ほんとロケットベーカリーで雇ってもらえて良かったです!」
「僕もカオルさんに来てもらえて嬉しいです」
うっかり本心からそう言ってしまったが、雇い主が従業員に投げる言葉としてはそう問題あるまい。
「……へぇ。雁野さん……へぇ、そうなの」
意味深に千地球のママがそう言うが、特には触れずにやり過ごそう。
「ママ、店の方いいんですか? もうパンは受け取ったんですよね?」
ちらりと時計を見やったママが言う。
「こないだベーコンエピだけ買ってった人、来ないの?」
ベーコンエピ? ……ああ、喜多の事か。
「たまにしか来ませんよ。どうしてです?」
「いや、どうって事はないんだけど、ほら彼ってハンサムだから目の保養にと思って」
喜多は確かに二枚目だ。さらにフランクな人当たりが余計に魅力的に見えるらしい。
千地球のマスターに告げ口してやろうか、という気持ちを籠めつつ見詰めてやると、あろう事かカオルさんに話を振りやがった。
「カオルちゃんだってハンサムは好きでしょう!?」
「確かに喜多さんはハンサムだけど、あたしは店長の方がタイプかなぁ」
――――――
い――一瞬意識を失った。
この私の意識を一瞬とは言え奪うとは……カオルさん、貴女は……
「ちょっと雁野さん! 気失ってる場合じゃないわよ! 今よ今! なんかカッコいいこと言うの!」
「な――にににを言ってるんですすすすせせ千地球のママまマママま――」
確かに壊れた電話みたいになってる場合じゃない。カオルさんも当然軽い気持ちで言ったに違いないんだからライトでスタイリッしゅににににナニかひとことととととと――
ダメだ! なんも言えねぇ! 脳が死んでる!
「喜多さんみたいに線の細いハンサムより、店長みたいなガッシリした男の人の方がカッコいいじゃないですか。顔だってよく見れば整ってるし」
……わ、分かってる。
カオルさんは一般論レベルで自分の好みを言ったに過ぎない。私個人を好んでいると言った訳ではない。
しかしもう、今すぐに死んでも良い。
ぺんっ――
「……はっ――!」
ママに頭を叩かれ意識を取り戻すと同時、タイミングよくからんころんとドアベルが鳴ってカオルさんはいらっしゃいませおはよーございまーすと接客に戻った。
「雁野さん、ちょっとこっちおいで」
袖を引かれて店内の端、小さな二つのテーブルにそれぞれ二席だけのイートインコーナーへと連れて行かれて座らされた。
対面に座ったママが顔を寄せ小さな声で言う。
「雁野さんあなた……本気なら全力で応援しちゃうけど、どう?」
……私と、カオルさんを……という意味か――!?
それは無理な話だ。
私の裏の稼業は殺し屋。そんな甘い幻想を抱く訳にはいかない。土台からして無理な話なのだ。
「ど――」
「ど……?」
「どうぞよろしくお願いします」
私の体は心とは裏腹に、深々と頭を下げてしまったのである。なぜだ。
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