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番外編①「アネロナの王」
しおりを挟む「その様な身なりでどちらへ行かれるのでござるか?」
「ちっ。バレちまったか」
なんとな~く胸が騒いだものですから、何か面白ろ――何か大変な事でも起きなければ良いのですがと思ってアネロナまでやって来たんです。
すると早速おかしな様子のジンさんを見つけたんですよ。
「まぁ良いや。ノドヌ、オメエも来い」
「どこへでござる? それがし愛する妻の下へ一目散に帰りたいのでござるが」
そうそう。ノドヌさんも結婚したんですよね。
アレクがアイトーロルへ婿入りの予定でしょう? ですから故国ザイザールの復興はもう当面は難しいという事で、ノドヌさんもアネロナに根を下ろすつもりでお嫁さんを貰ったんですよ。
「オメエんとこはよ、色っぽい嫁さんで良いよな」
「? 何が良いんでござる? 王には大陸一の美貌を誇るキスニ王妃がいるではござらんか」
「…………まぁ一杯やりに行こうや。残業つけてやるからよ」
お忍びでお酒を召しあがろうとのお考えでしたか。
だからあの頃の様な武闘着だったんですね。
皆様ご存知の通りアネロナは大国です。
女神ファバリンを強く信仰するお国柄ですから基本的には清らかな国ではありますが、大国ゆえ当然、僅かにですが濁った部分もありますの。
「ちょっ、ちょっと王――」
じろりとノドヌさんを睨むジンさん。
「じゃなくってファモチ殿! この様な所へ行かれるのでござるか!?」
「当たり前だろうが。こんなとこじゃなきゃ顔バレすんだろうがよ。そんでも念のため『王』も『ジン』も呼ぶんじゃねぇぞ」
二人が向かったのはアネロナでも最も濁った、ガラの悪い飲み屋や娼館の立ち並ぶところ。
ちょっとさすがに不味いんじゃないかしら、とも思いますけど元々ジン・ファモチという男はそんな、無頼を自認する男ですものね。
日もすっかり暮れ、さらにこんなところですから街を歩いても顔バレする心配もなくなったからか、一際堂々と歩くジンさんが一軒のお店に入って行きました。
バカだバカだと思ってはいましたが、これ相当バカですよ?
もしバレたらタダでは済まないでしょうに……。
だってジンさんが入ったの、まさに娼館なんですもの。
「おやファモチの兄さんじゃないのさ。珍しくおツレさんと一緒かい?」
「おうよ。ちったあ儲けに貢献してやろうと思ってよ」
しかも見るからに常連じゃないですか。それはもう艶っぽい美人さんと楽しげにお話していらっしゃいます。
これはキスニ王妃、泣いちゃいますよ。
「貢献! はっ! だったらたまには女の子も買ってって下さいよ。なんだったらアタシでも構いやしませんよ?」
……あれ? 普段から女の子買ってる訳じゃないのかしら?
「今度な、今度。まぁいつものを二人分くれよ」
そう言って慣れた様子で娼館へ上がり、案内も請わずに奥の一間へノドヌさんを連れて入って行きました。
んん? どうなんです? 無罪ですか? それとも有罪ですか?
「おぉ、姐ちゃん色っぺえな。こんなヤローじゃなくて姐ちゃんと呑みてえなぁ」
すれ違いざま、娼館の娘らしき茶髪の女の子にそんな軽口を叩いています。
これはやっぱり有罪ですか?
普段はそういう用途に供するであろう個室。
けれどベッドでなく二人はテーブルセットに腰掛けました。ベッドだったら驚きですけどそれはそれで見ものです。
先ほどの艶っぽい美人さんが、お酒と水、グラスに氷なんかと簡単なおツマミだけ置いて去りました。
お酌なんかも頼まないんですね。
「ファモチ殿! やはり不味いでござるよ!」
「なにが不味いんだよ。俺ぁここで酒を呑むだけだぞ? 別に場所なんてどこだって良いじゃねえの、楽しけりゃよ」
「……ホントに呑むだけでござるか?」
「もし女買うならオメエなんか連れて来ねえだろうが」
それはそうですけどね。
『ノドヌの分も出すから黙っとけよ』
なんて言い出すんじゃないかと思ってましたよ、私。
「それがしが居なければ買うでござるか?」
「買わねえよバカ。オレには――……がいるしよ」
え、今なんて言いました? そこが重要でしょうに!?
「何がいるって言ったでござる!? ちゃんと言って下され!!」
私と同じ意見ですけど、ノドヌさんがやけにアツく食って掛かりますね。どうかしたんでしょうか?
「……なんだよおい。なんでそんな必死なんだよ」
「重要な事でござる! この国とファモチ殿の未来が掛かってるでござる!」
「大袈裟な奴だな……。分かったよ、言や良いんだろが。一回しか言わねえぞ。オレにはキスニがいる! だから女買うなんてしねぇ!」
かなり大声でそう言い切ったジンさんは、少し肩で息をしながら一息で水割りを飲み干しました。
タンっ! とグラスを置いたジンさん。
両掌を組んでハラハラと涙を流すノドヌさん。
……泣いてますねノドヌさん。情緒が不安定過ぎて心配になりますよ。
「……大丈夫かよおい。やっぱ今日はもう帰るか?」
「いや、呑むでござる! そ……それがし、嬉し呑みでござるよ!」
グイッと一気に呷るノドヌさん。思ってたより度数がキツかったらしくてケホケホと喉を焼いていますが、それでも言葉度通りに嬉しそうです。
「なんなんだオメエはよ」
「なんなんだはそちらでござるよ! ならなぜこんな所に来るのでござるか!?」
「なぜってオメエ……。白粉の匂いが好きなんだよ。ただそんだけだ」
「……そんなしょうもない――キスニ王妃に塗って貰えば良いではござらんか……」
慣れない政務のストレスを癒す、なんて目的もホントはありそうですけどね。
白粉についてはノドヌさんが正しいです。
ジンさんたら人騒がせなんですから。
「アイツにゃ白粉なんて似合わねえよ。顔はとびきり可愛いが、色気がちっともありゃしねえんだから」
ジンさんもなんとなく嬉しそうに、ほんのり微笑んでグラスを傾けました。
と、その時。
コンコンコン、と叩かれたドアがゆっくり開いて先ほどの艶っぽい美人さんが顔を見せました。
「お寛ぎのとこ悪いんだけど、ちょっとこの子に酌させてやってくれないかい?」
美人さんの後ろ、さっきジンさんが軽口叩いた茶髪の娘さんですね。かなり化粧が濃いですし俯き気味ですけど、こちらもたぶん相当な美人さんですよ。
「ん? いらねえいらねえ。儲けにならねえオレの相手させる事ぁねえよ」
「まぁそう言わずにさ。そちらの兄さん、もう潰れちまったみたいだしさ」
「あん?」
ジンさんが視線をやると、早くもテーブルに突っ伏して健やかな寝息を立てるノドヌさんの姿が。
何かにせき立てられる様に勢い良くガブガブ呑んでましたから。
「んー、じゃちょっくら構って貰うか」
「良かった! じゃあとはよろしく頼むよ!」
艶っぽい美人さんもノドヌさんと同様に、何かにせき立てられる様に慌てて出て行ってしまいました。
「……なんなんだよどいつもこいつも。訳わかんねぇ」
そう言ったジンさんの側へ、残された娘さんがツツツと近寄り、ごく自然に、ジンさんの太腿に腰掛けました。
え? そこに座るんですか?
「お、おい! 近過ぎるってレベルじゃねぇぞ!? そういうサービスいらねえからこっち座れ!」
隣の椅子の天板をバシバシ叩くジンさん。めちゃくちゃ慌てててちょっと可愛げがありますねぇ。
「ここで良いの」
「バカ、ふざけてんじゃねえよ」
少し語気荒くそう言ったジンさんへ、茶髪さんが俯いた顔を上げて言い放ちました。
「まだ分かんない?」
「はぁ? 何のこったよ!?」
「キスニがここで良いって言ってるの!」
………………
沈黙が流れ……
「ぎゃぁ!! オ、オメ、オメエなんでこんなとこに!?」
バタンと椅子ごと倒れて叫ぶジンさんへ、体を預けて共に倒れた娘さんが茶髪のウィッグを取り去り地毛を見せつけました。
ウィッグの下は、お人形さんの様な鮮やかな金髪。
「バカジン! でもキスニ……キスニ信じてた!」
キスニ王妃がガバリと抱きついてキス!
半年前の凱旋時と同じです!
「い……一体なんなんだよホント……」
当時と違うのは、ジンさんがキスニ王妃の好きにキスさせている事ぐらいでしょうか。
「なぁおい。キスも良いけど分かるように説明してくれよ」
キスニ王妃はそれを無視!
ちゅっちゅちゅちゅっちゅちゅキスの雨を降らせ続けます!
すると再びドアが開いて、また一人の艶っぽい美人さん。
「私から説明しましょう」
現れたのはボラギノ女史でした。
女史の説明はこうです。
月に一二度、夜の街へこっそり彷徨い出るジンさんの姿は既に目撃されており、しかもどうやら娼館へ出入りしている事まで調べはついていたそうです。
そこで現場を押さえるべく、ジンさんの動きを見張っていたと。
「ならコイツもグルかよ……」
未だ眠るノドヌさんの脚を、倒れたまま踵でゴツンと蹴り飛ばします。
「キスニは信じてたからね!」
そしてまたちゅっちゅちゅキスの雨。
「……なぁおい。もしも俺が女買ってたら……」
「……この娼館の周り、二千名のアネロナ兵が取り囲んでいるわ。もしもの場合は、即、斬首せよとの仰せで――」
「誰の仰せだよ」
「…………キスニは信じてたからね!」
「オメエかよ……ったく。俺にはオメエだけだっつうの」
そしてお開きという場面。
「あー、ボラギノ姉ちゃん」
「なんです?」
「コイツだけ連れて帰ってくれよ」
飲みつぶれたノドヌさんを指差すジンさん。
「王と王妃はどうされるのです?」
「――遊んでく」
「遊んで?」
「こんな色っぽいキスニ、そのまま帰すにゃ勿体ねえ」
そう言ってジンさんがキスニ王妃を抱え上げ、そのままベッドへドサリ。
そして後ろ手で、シッシッシッと『早く帰れ』とボラギノ女史へ。
クスっと微笑んだボラギノ女史がノドヌさんを連れて出て行きました。
さすがに憚られますから私もここでお暇しましょうか。
でね。
この十ヶ月後、待望の第一子が産まれたんですよ。
場所はロクでもないですけど、その夜の王はいつも以上にとっても優しく激しかったと、後日キスニ王妃が微笑みとともに語ったそうです。
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