3 / 71
3「呪い、有り〼」
しおりを挟む今日の良庵せんせはもう一つの方のお仕事です。
良庵せんせは毎日ずっと野巫三才図絵を読んで過ごしたいそうですけれど、それだとおまんまの食い上げです。
野巫医者では口に糊するほども稼げていませんからね。
こう見えてこのせんせ、剣術の先生なんぞもやっておるのです。
巫戟の才はからきしですけど、やっとうの才は大したもの。稼ぎの九割方はそちらですから、もっとしっかり働いて頂きませんとね。
えいやっ! とう!
なぞと威勢の良い掛け声が私の耳にまで届きますが、その中には良庵せんせのお声はありません。
この田舎町にいくつかある剣術道場の中でも一等良い腕なんですが、良庵せんせには覇気が全くありませんから聞こえてくるのは全て門下生の声。
らしいっちゃらしいですけどね。
それでこそ良庵せんせ、なんて感想すら抱くあたしが居ますもの。
稽古も終わって門下生を帰し、良庵せんせがお庭で汗を拭っていたところにご近所の定吉がひょっこり顔を覗かせました。
門の所から顔だけ出してお庭を覗く定吉少年。
三度の飯どころか六度の飯よりやっとう好き、そう公言して止まないちょっと可笑しな子供なんです。
「おう定吉、遅かったじゃないか」
汗を拭う良庵せんせを目にした定吉少年は、あからさまにがくーんと肩を落としてこう言いました。
「おいら配達が長引いちまって……、良庵先生のとこだけだよ! こんなに短い時間でお開きなのは!」
それは確かに定吉の言う通り。
こんな田舎町にも――田舎町だからですかね――あと三つ四つの道場がありますけど、週に二日だけ、しかもせいぜい一刻ほど稽古するのみなのはここだけ。
高くはありませんが勿論お月謝も頂いていますから、定吉少年は見学だけでもさせてもらおうと頻繁に駆けて来るんです。今日は間に合わなかったようですけどね。
「そりゃしょうがないよ。僕の本業は医者なんだから」
……医者の方が本業だったんですね。
夫婦でちょっと認識にずれがあったみたいで戸惑いを隠せませんが、まぁ副業だろうとなんだろうと稼いで頂ければ特に問題ありませんか。
「医者ったってこれだろ?」
門の所にぶら下げた縦長二尺ほどの札の文字――
『痛みや病いに効く呪い、有り〼』
――を指差す定吉少年。
「呪いってなんか怖いじゃん」
「それは呪いでなく呪いと読むんだ」
やはり居ましたね。
『まじない』でなく『のろい』と読んでる人が。
つい先日もね、良庵せんせとその話をしたところだったんですよ。
やはり振り仮名を振るべきか……、そう呟いた良庵せんせがバッとお顔を上げてあたしを見るなり言いました。
「お葉さん、すみませんが僕の筆入れを」
「ええ、ただいまお持ちしますね」
庭から縁側の床に腰を下ろし、ヒョイと手を伸ばして文机の上の筆入れを取り上げて、よいしょと小さく声を上げてお庭に戻ります。
すると良庵せんせも定吉少年も、ぽぉっと頬を染めてあたしを見詰めていました。
「なんです二人して? ちょいと端なかったとは思いますけど」
「だって……なぁ定吉」
「うん……ねぇ良庵先生」
二人揃って頬を染めてそんな曖昧なお返事。
あ、もしや筆入れを取るときに裾が割れて中身でも見えちまってたかしら。
「すらりと伸びた腕が色っぽくて……」
「真っ白いふくらはぎが色っぽくて……」
「――あ、こら定吉! 僕のお葉さんのそんなとこ見ちゃいかん!」
あらあら。あたしが思った以上に初心なお二人さんでしたね。
「ごめんなさい、気をつけますね。はい良庵せんせ」
おほんと空咳ひとつを挟んだ良庵せんせが受け取った筆入れを帯に手挟んで、それの頭のところをずらして筆を取り出しました。
「定吉、ちょっと札を支えておくれ」
「こうかい?」
良庵せんせは定吉少年が支えた札に手を添えて、さらに筆入れの先端をパチンと開いて筆先に墨を染ませます。
「あ、矢立になってんだ」
「なかなか良いだろう? これ僕のお手製」
良庵せんせお手製の筆入れは一見するとただの木箱なんですけど、先端にそれと分からないような墨壺もついてて洒落てるんですよね。
思えばこの筆入れと看板が縁であたし達は出逢ったんですよ。
サラサラスラリン、と『呪』の横に『まじな』とルビを振りました。
これでお客さんがもっと来てくれます――
――と良いんですけれどねぇ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる